第37話 青薔薇


大進攻の際に壊れてしまったと言っても立派な城であることに変わりはなかった。

客室や大広間と言った部屋があり、冒険者達は不便なくここに滞在していた。

食料も転移魔法で定期的に運べるため、困ることはなかった。

大広間で食事をしながら、会話をする冒険者達がいた。


「赤月の奴らは出ていたのにいつまで待機なんっすかね!」

「文句を言うな、俺達の役目はここを守ることだぞ」

「それにしてもぜっんぜん取り返しに来ないっすね!魔族は自分達の土地を取られても何とも思わないっすかね!」


大進攻から半年が過ぎようとしていた。

それでも魔族が攻めてくることは一度もなかった。

しかし、変化はあった。


「あの双子が言った通り、近くに馬鹿共の亡骸があったわけで魔族がこの周りを彷徨いているはず」


会話をしていた冒険者の所にギルド黄光(きこう)のリーダーであるアピス・レギルンがやってくる。


「で、ですね!リーダー!そろそろ取り返しに来るかもしれないですね!」


そんな中、声が聞こえてくる。


「急いで戦闘準備をしろ!!!奇襲だ!!!」


たった今、話をしていたことが現実となり、冒険者達は急いで城の外に出た。

城の周りには何体もの魔族がおり、こちらを見ていた。

城の外にも冒険者がいたはずなのにこの状況から察してしまう。

アピスは矛を持つ手に力が入る。


「かかってこいよ!魔族ども!相手をしてやる!」


城の入口を取り囲むようにいる魔族の多さに冒険者の一人が怖気付いてしまう。


「だ、大丈夫ですか?ものすごい数ですよ」

「一体も残らず、叩き潰せばいいさ」


と強気な発言をし、手に持つ大きな矛を地面に突き刺す。

そんな彼女に向かって歩いてくる者がいた。


「なんだい?お嬢ちゃん?」


重圧を放っているアピスの前にエリーナがやってくる。

肩に乗っている黒い兎が肩から降りると、エリーナは空間から黒い剣を二本取り出す。

それを見たアピスは周りを伺う。

周りにいる魔族は何もせずにただこちらを見ているだけだった。


「ほう、俺と一騎打ちをするというのかね?」

「あなたを倒す」


短く答えたエリーナは剣を構えた。

それに応えるようにアピスも地面に突き刺さった大きな矛を手に取り、構える。

そして、ほぼ同時に両者は地面を蹴った。

矛先と剣先が交わり、火花が散る。

何度か交錯した後、アピスは距離を取り、もう一度周りを伺った。

先程と同じように他の魔族は見ているだけである。


「まさか、本当に一騎打ちだったとはね!魔族が粋なことをしてくれるじゃないよ!」

「卑怯なことをするのはニンゲンだけ」

「よく言うじゃないか、奇襲をしておいてさ!」


アピスが矛を振り下ろすが、エリーナはそれを体を後ろに飛ばして距離をあけて避ける。

それを見たアピスは矛に力を入れて突き攻撃に変えた。

咄嗟の攻撃に対してエリーナは黒い剣で防ぎ切る。


「やるじゃないか!」

「そっちも」


エリーナの姿勢が低くなる。

その姿を見たアピスはやはり獣だなと思う。


攻撃も速度はあるが、粗さがある

あの華麗な斬撃とは大違いだ


脳裏に公国の英雄が浮かび、アピスは頭の中で舌打ちする。

さらに矛を持つ手に力が入る。

攻撃を仕掛けようとしたアピスであったが、異様な光景に動きが止まってしまう。

エリーナは黒い剣から手を離し、空間からもう一本黒い剣を取り出していた。

そして、どういう原理なのかアピスには理解できなかった。

手を離した黒い剣はそのまま地面に落ちることはなく、エリーナの周りを漂っていたのだ。

動きが止まっていたアピスは出遅れる。

エリーナはその隙にアピスの懐へ潜り込んだ。

さらにエリーナの周りを漂う黒い剣も攻撃を仕掛けて来る。

そこに規則性はなく、本能のままに攻撃をしている感じであった。

二刀流が三刀流になったことで純粋に手数が一つ増える形となった。

次から次へと来る不規則な攻撃にアピスは圧倒されてしまう。


くっ!防ぐので手一杯……!


また、斬撃だけではなく、打撃まで飛んでくる。

人間では考えられない威力の蹴りが直撃する。


これが魔族の身体能力かい!


思わず、片膝を着いてしまった。

その瞬間、勝負は決してしまう。

次のエリーナの攻撃を防ぐことが出来ずにダメージを負う。

防具を着けていたが、その上から体を貫通され、血だらけになりながら、地面に倒れた。


「くっ……こん、な、お嬢ちゃ、んに……」


エリーナに喜怒哀楽はなく、無表情で見下ろしていた。

その表情が公国の英雄と重なり、アピスは笑みをこぼす。


また、勝てなかった……



城から出て来た者の中に体格は細く、ローブを着てフードを被っている者がいた。

目尻付近までフードがあるため、目元は見えないが、恐怖心と焦りを漂わせる。

そして、城の中へ逃げ出した。


冗談じゃない!ここで死ねるか!

あのデカ女が一対一で負けると思うか!?

くそ!見ていないで黄光と連携すればよかった!


その場にいた他の冒険者達も城の中に逃げて来た。


「どうするつもりですか!?」


戦った場合、すぐに負けることはないが、あの数だ

数的不利でいずれ負けるのは目に見えている


「転移魔法でここから逃げるしかない!」


冒険者の中で随一の魔法使いである俺でも構築するのに時間がかかる

でも、生き残るのにはそれしかないだろう


魔法陣が作れるくらいの広い場所に辿り着く。

玉座が見えたが、ここで激しい戦闘があったのかボロボロになっていた。


場所が広ければ何でもいい!


付いて来ていた冒険者に指示を送る。


「ここでいい!準備するぞ!」


指示された冒険者は頷き、すぐに準備を始めた。

しかし、冒険者ではない何者かの姿が見えた。

見えた者は城の周りにいた兎でも牛でもあの少女でもなかった。

頭にハサミのような大きな角とマントのような大きな羽が特徴的であった。


もう追っ手が!


魔法陣の構築中であったが、他の冒険者に任せ、短縮詠唱をする。


「グラビティバウンス!」


重力で相手を押さえ込もうとする。


「重力系の魔法か」


その者は何事もなかったように向かって来る。

そして、周りを見ながら呟く。


「懐かしい場所だ」


くそ!なんで動ける!

時間を!時間を稼がないと!


「一体、何者だ!」

「久しいな、ニンゲン。魔王ベルゼブブだ」


ま、魔王だと!?

ますます、まずい!


「お、おう!俺はギルド青薔薇リーダーのアビ・ソルセル!」

「ギルド?そうか、あいつの」


あいつとは?とアビは疑問に思うが、止まることなく、近づいて来る魔王ベルゼブブに恐怖を抱き、魔法を放つ。


「ライトニングボール!」


電気を帯びた球が魔王ベルゼブブに飛んで行く。

魔王ベルゼブブは左手を前に掲げた。


「妖術 暴食(グラトニー)」


電気を帯びた球は魔王ベルゼブブの左手の中に吸い込まれてしまう。


「今のニンゲンはこの程度なのか、残念だ」


魔王ベルゼブブから黒い靄が広がったかと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。





佇んでいるエリーナにアリシリアが声をかける。


「どうかしましたか?」

「それがその」


エリーナは故郷であるこの地を奪い返したのに何も想わなかったことに内心驚いていた。


ここで過ごした日々を忘れたわけじゃない

昨日のことのように鮮明に思い出せる

でも、それだけで悲しくも嬉しくもない


「この土地は話した通りに譲りましょう。貴女はここではなく、他の所へ行くべきです」

「私はアリシリア様と共に居られればそれでいいです……」


後始末を終えた魔王ベルゼブブがアリシリアに問う。


「これで終わりではないのだろう?当初の目的はここではなかったはずだ」

「流石ですね、その通りです。ですが、当初の目的は達成できないでしょう」

「どういうことだ?」

「すぐにお分かりになりますよ」


アリシリアの背後の方から魔王ベルゼブブの目に見覚えのある姿が見えた。


「何?リヴァイアサンが何故ここに?」

「向こうも〜決着が着いたみたいよ〜」

「そうですか、報告ありがとうございます」

「ちょっと待て。話が見えないのだが、どういうことだ?」


魔王リヴァイアサンも魔王ベルゼブブに気が付き、茶化す。


「あら〜こんな所にいるなんて〜珍しいこともあるものね〜」

「うるさい。少しだけ気が変わっただけだ」


この二人が共謀していたのは薄々分かってはいた

だが、これは一体?


「それよりも決着とはなんだ?」


魔王リヴァイアサンはアリシリアを伺うような素振りをする。


「魔王アモスが死にました」

「そういうことよ〜」


と答えが返ってきた。

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