第3話 勇者


この者はかなりの実力者だ……


必死の思いで倒そうとしていた魔王をいとも簡単に倒してしまった。


「聞いてもいいか?なぜ、俺たちまで殺す必要がある?」


少しでも時間を作り、何か作戦を考えなくては……


「今回の目的が勇者と魔王を殺すことだからです」


こちらの質問に答えてくれた

相手が会話をする気があるなら、会話で時間を作ろう


勇希は目で仲間に合図を送る。

ミアは勇希の合図を汲み取って、話し出す。


「なによそれ!なんで私たちまで!?そんなのおかしいじゃない!」

「なぜ、おかしいのですか?」

「魔王たちはこの世界を壊そうとする連中!私たちは世界を守るために戦っているの!だから、私たちまで殺すのはおかしい!」

「それはあなた方の立場から見ている世界の事でしょう?」

「はぁ?何を言っているの?」

「魔族達の立場からすれば、あなた方人間は世界を壊そうとする悪なのです」


ソフィアが会話に割って入る。


「そんな事はあり得ません!私達には神様の御加護があります!だから、私達は正義なのです!」

「ええ、その通りです。あなた方は正義です。誰もが正義であり、自分自身は正しいと思ってます。それは魔族達も同じです」


この女の言っている事は間違ってないかもしれない

壁を壊し、侵攻した際、魔族の国の住民は俺たちと変わりない生活をしていた

子どもも多くいて賑やかな町だった


「ただーー」


アリシリアの声のトーンが変わる。


「この世界は美しくない」


とても冷たい声。

そして、冷たい目を向けられ、勇者たちは身構える。


アリシリアは呆れたように溜め息をつく


「この世界はバランスが悪いんですよ?とてもね」

「……バランスだと?」

「この世界において、人間と魔族は対立関係にあります。あなた方言うように人間を正義とするのであれば、対する魔族は悪です。この正義と悪の対立関係が均等じゃないのです。残念ながら、魔王が一体死んだことでさらにバランスが悪くなってしまった」


なんという無茶苦茶な……


「魔王サタンを倒したのはおまえだろ!」

「そうかもしれません。でも、私が倒さなくてもあなた方が倒しましたよね?」

「その通りだが……」


魔王サタンを倒すためにここに来たのだからそんなの当たり前だ


「正義と悪。バランスが良い世界こそ、美しいのです」


この女は何を言っているんだ……


「それで俺たちも殺すって訳か」


何という理不尽


「はい。バランス調整をしないといけませんので……それで、何か良い案は思いつきましたか?」


気づかれていたのか……


「おかげさまで思いついたよ」


さて……ここからだ


「そうですか……嘘は良くないですよ?」


すでに他の三人は戦闘体勢入っていた。


「古より存在する炎の化身よーー」


ミアが詠唱を始めると、足元に魔法陣が展開される。

ソフィアは短縮詠唱で魔法を発動させる。


「ヘイスト!」


強化魔法(エンハンスマジック)で周りにいる者の身体速度を向上させる。


ヘイストの効果を受けた半蔵がアリシリア目掛け、物凄い速度で走り出す。

今までアリシリアを守っていた黒い物体たちは動かない。


動かない……?

無数の剣での攻撃が来るのか?


半蔵は警戒しながら走り、飛び道具である手裏剣を使う。

アリシリアはその攻撃を避ける様子がない。命中すると思われた手裏剣はアリシリアの手前で消えてなくなる。


「なんだと!?どうしてや!」


また知らない魔法か?それとも別の何かか……


リアの詠唱ありの魔法が発動する。


「その姿を現せ。ファイヤドラゴン!」


リアは召喚魔法(サモンマジック)で全身に炎を纏った赤い竜を召喚する。

炎の竜は炎の燃える音のような叫び声をあげる。

リアは炎の竜に命令を下す。


「ドラゴンブレス!」


炎の竜の口から強烈な炎の塊が放たれ、アリシリアに襲いかかる。

しかし、目前で消し炭となり、手裏剣同様に消えてなくなる。


「また無効化された!?」


先のサタンの自爆を無効化したように謎の空間に遮られた。


あれはなんだ!?


「そんなに不思議がらないで下さい。これくらいの攻撃、私には意味がないという事です」


これくらいだと……?

こっちらとしては最大級の攻撃だぞ……


「勇希……どうする……?」


ミアが不安そうな顔を見せる。


本当にまずいかもしれない……

しかし、まだ手はある……


「俺のスキルを使う」


やれるだけやってみるしかない


「わかったで」


半蔵が答えると後ろの二人も頷く。

勇希はスキルを発動させる。


「必中の加護!半蔵頼むぞ!」


勇希のスキルは様々な種類の加護を扱う事でできる。

そのうちの一つ、命中の加護は攻撃が必中するようになる加護であり、半蔵に付加させる。

半蔵も詠唱をする。


「我が影よ、実体となり、具現化せよ。影分身」


半蔵の影が伸び、四人の半蔵が現れる。

全部で五人となった半蔵は一斉にアリシリアへ飛びかかり、全方向から手裏剣を投げる。


加護によって強化された攻撃だ……

さて、どうなる?


先程と同じく、アリシリアは動く様子がない。

そして、またしても手裏剣はアリシリアの目の前で消滅する。


「これも駄目やと!?」


必ず当たるようになる加護の力でも攻撃が効かないだと!?


「今度はこちらの番です」


アリシリアがそう言うと、自分達と同じ黒い物体が消えてしまい、魔法陣だけが残る。


今度はなんだ?魔法陣は消えてないが……


アリシリアの目の前に黒い物体が現れ、変化し始める。

黒い物体は自分たちと同じ大きさくらいの先が尖っている長い筒になる。


なんだあれは?まるで巨大な槍のような……まさか!?


アリシリアの合図と共にその黒い槍が勢いよく飛んでくる。


まずい!!


「防守の加護!」


慌ててスキルを発動させ、勇希の体が光に包まれる。


防守の加護はあらゆる攻撃を防ぐことができる加護であり、黒い物体を受け止める。


こっちだって攻撃を無効化にはできる手段はある

だが、数が多いな……


また、アリシリアの周りに複数の黒い物体が槍のように変化し、現れる。


スキルは強力だが、一日に使用できる回数が決まっているため、連発は避けたい


「わたくしがお守りしますので、勇者様は温存してください!」

「ああ……だが、防げるかどうかーー」


加護では防げたが、魔法で防げるかはわからない


「必ずお守りします!」

「そうよ!信頼しなさい!……ソフィア、守りは任せたわよ!」

「はい!」


信頼はしている

だが、油断は禁物だ

未知数すぎてどうなるかわからない

防御魔法無効化の攻撃かもしれないのだ


黒い槍が飛んでくる。


「プロテクト!」


光の壁が現れ、飛んでくる複数の黒い槍を全て受け止めることに成功する。


「よくやった、ソフィア!」


よし、これで防御は大丈夫だ

あとは攻撃をどうするか……

無効化された攻撃はどれも遠距離からの攻撃だ

そう、まだ近距離からの攻撃を試していない


勇希は走り出す。

盾を前に構えながら、アリシリアとの距離を縮めていく。


今までは自分達と同じ姿の黒い物体や剣が邪魔で近づけなかったが、それがない今ならチャンスだ!


また、黒い物体が召喚され、変化を始める。


変化が終わる前にあの者の元へ


近づくに連れて違和感を覚える。


なんだ?体が重くなってきている……?


攻撃範囲に入る事に成功し、聖剣を振る。

しかし、軽く避けられてしまう。


体が重いせいのか、いつもより攻撃速度が遅くなっている?


勇希は危険を察知し、後ろへ下がる。

黒い槍が追うように飛んでくるが


「プロテクト!」


光の壁が黒い槍を受け止める。


斬撃を避けられたが、無効化にはされなかった……

近距離からの攻撃なら、通用するかもしれない


勇希はこれまでの事を整理する。


尻尾や角がなく人型ということは同じ人間だと推測しよう

まず、何もないところから現れたあれは移転魔法(トランスマジック)の可能性がある

そして、無数の剣と形を変える黒い物体を召喚するチカラ

この召喚物による攻撃が主な攻撃方法だと思われる

気になるのは二つ同時に使用してない点だ

片方を使用した際、もう片方は機能せず、その場に止まっていたり、消えている

そして、厄介なのがこちらの攻撃が効かないという点だ

謎の空間があの者の周りに存在していて、遠距離からの攻撃が全て無効化にされた

また、加護も通用しなかった

あとは俺達の事を知っているというよく分からない事だ

これはハッタリの可能性もあるが……


「そろそろ終わりにしましょう」


アリシリアはそう言うと、空間にひとつの剣が現れる。


「なんだ?ひとつだけ?」


純白で刃が透明に透き通った剣をアリシリアは手に取る。


今までの剣とは様子が違う

それに剣を自ら持ったことはなかった

様子を見るべきか?

いや、こちらの近接攻撃に対する対策かもしれない


「攻めるぞ!」


勇希の言葉を合図に半蔵が影分身たちと共に先陣を切って突撃し、その後ろに勇希が続く。

そして、後衛にいるミアが詠唱をする。


「ファイヤサイクル!」


アリシリアの足元を炎の渦が襲う。

アリシリアにはその場から離れる。


そういえばそうだった!

足元からの攻撃も無効化せずに回避をしていた

さすがミアだ!

普段は馬鹿うるさいが、意外と冷静に周りを見ている

英雄という名は伊達じゃない!


「いくぞ!半蔵!」


手数で押して防ぎれなかったところを狙う!


ミアの魔法を回避し、隙のあるアリシリアに半蔵達は攻撃を仕掛ける。

しかし、アリシリアは右手に持ってる剣使わずに攻撃を避ける。

そして、攻撃し終わった半蔵の一人に反撃してきた。


「なんやと!?」


半蔵の驚きの声に反応し、ソフィアがすぐさま詠唱する。


「プロテクト!」


長年パーティを組んできたからこそわかる味方の危機。

攻撃されそうになっている半蔵とアリシリアの間に光の壁が現れる。

防げると思ったが、透明な刃は光の壁を通り抜け、半蔵の右腕が切り落とされる。

半蔵は苦痛で顔を歪ませるが、叫び声はあげない。


「くっ……」


本体がダメージを受けたことで影分身は消えてしまう。

勇希は驚きのあまり目を見開く。


防げなかった!?

何よりも危惧していたことが起きた

ソフィアの魔法で防ぐことがてぎない攻撃

さらに半蔵の影分身が見破られた!?

本来なら、身を守るために本体は一番安全な所にいるのが鉄則だが、そのことを逆手にとって狙ってくる者もいる

なので、あえて危険な所にいることで裏をかくことができる戦法であり、半蔵がよく使う戦法ではあった

しかし、あの女は迷うことなく攻撃をしてきた

まぐれか……?


「半蔵!さがれ!」


勇希は半蔵を後退させるために間に割って入る。


「これは私の剣です。今までのとは違いますよ」


「半蔵様!大丈夫でしょうか!?」


ソフィアが駆け寄ってくる。


「大丈夫そうに見えるか!?」


傷口を押さえているが、血が地面に流れる。

半蔵の右腕は完全に切断され、地面に転がっている。


「待って下さい!今、治癒魔法(ヒーリングマジック)を!」


ソフィアは魔法を詠唱する。


「ヒール!」


半蔵の体が緑色の光に包まれ、傷口が徐々に塞がっていく。

勇希は、盾を持つ手に力が入る。


「私の剣?どういうことだ!あの無数の剣と何が違う!?」


見ためが違うが、それはあの無数の剣もそうだった

同じ物は一つもなかった


「特別に教えてあげます。あなた方は何か勘違いしているみたいですので」

「勘違いだと?」

「何かを背負っているのはあなた方だけではないという事です。魔王サタンもそうでしたが、皆が皆、何かを背負って戦っています。勿論、私もです。私の場合は殺した者たちの想いです」

「なんだと……?」


今度は無数の剣がアリシリアの周りに現れる。


「一本一本、形が違うのはそれぞれの想いが違うからです。そして、この剣は私の想いであり、私自身の剣と言うことです」


勇希はアリシリアが持っている剣と空間に浮かぶ無数の剣を見比べる。


「つまり、その剣はおまえの物だが、無数の剣は殺した者達だと言うのか?」

「ええ、そういうことになります」


数えきれないほどの剣の数……

この者はそれだけの命を奪ってきたのか


「ふざけるな!おまえは命を何だとーー」

「何を?貴方も散々命を奪っているでしょう?」

「それは……」

「何が違うのですか?魔族なら良いと?それとも数の問題なのですか?」


勇希は言葉に詰まる。


「私はあなた方の行いを非難している訳ではありません。しかし、私にもすべき事があります。今回はその想いが一致しなかったというだけです」

「だからと言って死ぬつもりはない!」


この者の言う通り、俺にだって想いがある……

何としても、透明な刃の攻撃をどうするか考えないと……

何か策があるはずだ

透明な刃の攻撃は加護なら防ぐことができるのか?

試してみるしかないか……


アリシリアの周りにあった無数の剣は消える。


なぜ?無数の剣は消えたのか?

これも同時に使用することができないということなのか?


勇希が距離を詰めるとアリシリアが攻撃をしてくる。


「防守の加護!」


スキルが発動し、勇希の体が光に包まれる。

盾を前に出し、透明な刃を受け止めにいく。


普段なら盾に接触する感覚がある間合いであるが、何も感じない


咄嗟に別の加護を発動させる。


「転身の加護!」


透明な刃が盾をすり抜け、腕に触れそうなる瞬間、自動的に腕が動き、透明な刃をギリギリで避ける。

転身の加護はあらゆる攻撃を自動的に全て回避する加護である。

勇希はアリシリアとの距離をとる。


危なかった……!

まさか防守の加護でも防げないとは……

だが、転身の加護は通用するみたいだ

あの透明な刃の攻撃は受け止めず、回避するしかないということか


「すみません!今はこれくらいしか……」


ソフィアが申し訳なさそうに言う。


「十分や!」


腕を繋げるには時間と魔力が必要になるため、今は応急処置として止血だけしたようだ。


「大丈夫か?」

「腕のひとつくらいどうってことあらへん」


半蔵は細長い刀を取り出す。


「みんな俺が前に出る!サポートを頼む!」


皆が頷いたのを確認するとアリシリアに向かって走り出す。

後ろにいるソフィアが詠唱をする。


「レイジングアロー!」


杖から光の矢が複数現れ、アリシリアに飛んでいくが、やはり、アリシリアの前で消えてしまう。

今度はミアが詠唱をする。


「まだよ!メテオレイン!」


炎の竜が叫び声を上げ、アリシリアの頭上に炎の隕石を降らせる。

アリシリアは持っている透明な刃の剣で斬り刻んで一瞬で粉々にしてしまう。


やはり、並の戦闘力ではないな……

戦い慣れている


勇希も魔法を詠唱する。


「ギガスラッシュ!」


聖剣が光を放ち、アリシリアを襲うが、またしても避けられてしまう。


やはり、普段と攻撃速度が……


アリシリアは回避しただけではなく、勇希の攻撃に合わせるように反撃をしてくる。


まずい……!


アリシリアの背後に半蔵の姿が映る。


気配を消して背後を取ったのか!さすが半蔵だ!


「いい加減、邪魔です」


死角であるはずの背後から攻撃をしようとしていた半蔵の体を何かが貫いた。


「ゴフ…!」


半蔵は逆流してきた血を口から吐き出す。

透明な刃が勇希の目の前に迫る。


「転身の加護!」


勇希はギリギリで透明な刃を地面に転がりながら避ける。


何が起こった……?

なぜだ?どうして?


地面から現れた黒い物体が半蔵の体を貫いていた。


黒い物体だと!?


心臓辺りを貫かれており、すでに半蔵の目に光は無く、意識は無くなっていた。


「お、おい!半蔵!!」


剣と黒い物体は同時に使用できないじゃなかったのか!?

どういうことだ一体……


アリシリアは半蔵に見向きもせずにこちらを見ている。


「あら?お仲間は助けなかったのですね」

「なんだと!?」

「その加護というものを使用すれば、助けることが出来たのでは?」


勇希の持つ聖剣が光を放つ。


「ギガスラッシュ!」


勇希はギガスラッシュを連続で使用する。

攻撃はかすりもせず、アリシリアは勇希から離れる。


自分でも分かっている

こんな感情任せの単調な攻撃では、この者に当たるはずがない

俺はこの者に腹を立てているわけではない

自分に対して腹を立てている

この者の言う通り、防守の加護を使っていれば、半蔵は死なずに済んだ

体が反応したが、自分にだけ加護を使用した

予期せぬ出来事だったとは言え、そんなの言い訳だ!


「勇希!冷静になって!ソフィアも大丈夫!?まだ戦いは終わってない!」


ソフィアは涙を拭う。


「……そうですね!半蔵様も分も……!」


その通りだ……


「すまない。少し取り乱した」

「少し?だいぶでしょ!」

「あはは……悪い」

「悲しむのはあとよ……」


ミアの目元にも雫が見える。


「そうだな」


もう一度、武器を構え直す。


「サポートを頼む!」


勇希は盾を構えながら、アリシリアに向かっていく。

アリシリアの青い目が青く光った。


「なるほど」


そう呟くとアリシリアは勇希をかわし、後衛の二人へ走り出した。


「なに!?」


あっという間に出し抜かれた

今までは半蔵が居たから後衛の二人が攻撃の対象になることがなかった

まずい!あの透明な刃は防御魔法(ディフェンスマジック)も防守の加護も通用しない

それに、転身の加護は自分以外の者に使用することができない!


「ミア!!ソフィア!!」


召喚した炎の竜がいるが、太刀打ちするのは厳しいかもしれない


ミアが魔法を詠唱する。


「ファイヤウォール!」


炎の壁が現れ、アリシリアの行く手を遮ろうとする。

しかし、お構えなしにその炎の壁へ突っ込んでいく。

そして、何事も無かったように炎の壁から出てきた。


「うそ!?」


ミアが驚きの声をあげる。


「なら!ドラゴンクロー!」


炎の竜の爪が光を放ち、向かってくるアリシリアに攻撃をする。

アリシリアはその攻撃をジャンプして軽々と避け、一振りで炎の竜の腕を切り落とす。

炎の竜は呻き声をあげる。


「光を照らせ、光を浴びろ。聖なる輝きを今ここにーー」


ソフィアが短縮詠唱ではなく、魔法を発動させようとする。


あの詠唱は……!


「シャイニングブロー!」


強い光が辺りを照らす。

ただの光ではなく、神聖なる光である。

邪悪な者、魔族や魔物に大ダメージを与える。

それだけではなく、その光を直接目で見ると目がやられるため、目潰しの効果もある。

しかし、仲間の目まで潰すわけにはいかない。

だから、短縮詠唱はしない魔法なのである。

詠唱で判断した勇希とミアは目を瞑って顔を背けた。


間近であの光を浴びれば、あの者の目は……


勇希は目を開け、状況を確認する。


どうしてだ……


ミアは口元を押さえ、涙を流している。

透明な刃がソフィアの体を貫いていた。


あの光の中をどうやって……


その疑問はアリシリアを見てすぐに分かった。


アリシリアも目を瞑っていたのだ。

目を瞑ったまま、透明な刃をソフィアの体から抜き、血を払う動作をしながら、今度はミアに向かって歩き始める。

ソフィアはその場に崩れ落ちた。

もう意識はなかった。


知っている


その言葉が頭の中に鳴り響く。


俺たちの手の内がバレている……

対策までされているというのか?


「ミア!逃げろ!!おまえの転移魔法(トランスマジック)なら逃げれる!!」

「な、なにを言っているの!?あんたはどうするのよ!」

「俺が引きつけるから急げ!!」


勇希はアリシリアの元へ走る。


冗談じゃない!

もうこれ以上は……!


アリシリアの背後を襲う。

高くジャンプをして上から斬り下ろす。


「魔神斬り!」


半蔵の時もそうだったが、背中に目があるのではと思うくらい簡単に避けられる。


くそ!!

だが、さっきより体は重くなかった

幾分かいつもより遅いだけで、最初の頃よりは速く剣が振れている

どういうことなんだ?慣れてきたのか?


アリシリアが勇希の方へ透明な刃の剣を振ってくる。


盾で防ぐことができないため、盾を使わずに回避するが、後ろへは下がらない。


集中しろ!!前へ!前へ……!!


斬撃の応酬となる。

勇希もいくつかの斬撃を繰り出すが、全く当たらない。

刃の軌道が読まれているのか、縦の斬撃は体を横にして避けられ、横の斬撃は当たらないギリギリの距離を取られ、避けられる。


くそ!!


「ギガスラッシュ!」


聖剣が光を放ち、魔法を使うもギリギリで避けられ、カウンター攻撃が飛んでくる。


先と同じだ……


まるで待っていたかのような絶妙なタイミングで合わしてくる。

初めて手合わせをしたはずなのに、何度も手合わせをしたかのような違和感。

透明な刃が目の前に迫ってくる。


これは避けられない!


「転身の加護!」


加護を使って緊急回避をする。


……はぁはぁ

今の攻防で分かったことがある

剣と剣が交わった瞬間が一度もない

意図的に透明な刃の剣で防ごうとしないのだ

間違いない……

攻撃が防がれることはないが、同様に相手の攻撃を防ぐことはできないのだろう

そして、あれだけの攻防をしたのにもかかわらず、この者は息一つ乱れてない

本当に戦い慣れている……

!?

アリシリアの左手に透明な刃の剣が握られており、右手がリアに向いていることに気がつく

まさか……!


リアの周りに無数の剣が現れる。


「リア!!回避行動をしろ!!」


その言葉を聞き、リアの体が反応する。

リアは襲いかかってくる斬撃を回避していく。

勇希は注意を引くためにアリシリアへ突っ込んでいく。


好き勝手やらせるものか!


リアの方で爆破が起こる。


何事かと思ったが、リアが魔法を使ったようだ。

炎の竜も剣を次々と粉々にしていく。

そのまま、アリシリア目掛け炎の竜が火の塊を放つ。

謎の空間で無効化させるかと思ったが、地面から黒い物体が現れ、火の塊を遮る。

火の塊と黒い物体が衝突した瞬間、黒い物体は粉々になり、爆煙が登る。

その爆煙でアリシリアの姿が見えなくなった。


なに…!?

見失っ……!!


爆煙の中からアリシリアは透明な刃の剣で勇希に攻撃をしてくる。


こっちに来たか!!


不意を突かれ、回避が間に合わないため、加護を使用する。


「転身の加護!」


攻撃を避け、距離を取る。


あの爆煙に紛れて、リアとの距離を詰めるかと思ったが、違ったようだ


徐々に爆煙がなくなり、視界が晴れてくる。

勇希は飛び込んできた光景に言葉を失う。

リアと炎の竜が半蔵同様に地面から伸びた複数の黒い物体に体を貫かれていた。

口から血を吐き、目は虚ろである。


まだ息があるみたいだ……


「…ご、ごめ…ん、ね。ゆ、うき。生き…て!」


リアは目を閉じてしまう。


「よくもおおおお!!!」


全身全霊でアリシリアに攻撃を浴びさせる。

だが、軽々と回避され、カウンターが飛んでくる。

透明な刃の剣ではなく、右足の蹴りが勇希に直撃し、吹っ飛ばされる。


ぐっ…!


金属音を鳴らしながら、地面を転がる。

鎧を着ていたのにとてつもない痛みが走る。

勇希は痛みに耐えながら、立ち上がり、武器を構える。

息を切らしながら、声をかける。


「はぁはぁ……本当になぜなんだ?それ程の力があるなら……皆を、全てを、世界を救う事だってできるはずではないのか!?」


周りにいた仲間たちはピクリとも動かず、横たわっている。


「はい?」

「いや、だから!それ程の力があれば、世界を平和にーー」

「平和ですか?確かにやろうと思えば、できます。しかし、お話したようにそんな世界は美しくない。どちらもあってこその世界であり、そのためにバランスは保たなくてはなりません。それに、正義だけにした場合も悪だけにした場も結果は同じでした」

「……結果?」

「様々な世界で試しました。どの世界も世界として成り立たなくなりました。正義があって、悪があるからこそ世界は存在する事ができるのです」

「そ、そんなわけ……」

「まだ理解できないのですか」


アリシリアの手に一枚のコインが現れる。


見たことのないコインだ


コインは上に投げられ、地面に落ちる。


「例えば、この場合、見ているほうは表になりますよね?そして、見えてないほうは裏です。何事にもこの表と裏が必ず存在します」


アリシリアは地面に落ちているコインを透明な刃の剣で突き刺す。

コインは粉々に砕けてしまう。


「このように表だけを消そうとしても裏も一緒に消えてしまうのです。一利一害、切り離すことはできません。切り離せば壊れてしまいます」


勇希は言葉に詰まる。


その通りなのかもしれない……

俺は自分が正しいと思っている

なぜなら、魔族は人間に危害を加える悪い奴らだから、それと戦う俺は正しい

そう、俺は魔族と戦うために存在しているのだ

もし、魔族がいなければ俺は戦っていないのかもしれない

そうした場合、勇者である俺の存在意義とは一体……


「さて、続きをしましょうか。あとは貴方だけです」


リアの最期の言葉が脳裏に浮かぶ。


たとえそうだったとしても……

死んでいった仲間たちために生きなければ!もう一度、集中しよう


勇希は深呼吸をし、集中する。


防守の加護が効かない攻撃……

代わりに転身の加護で攻撃をかわしてきたが、そろそろスキルが使えなくなりそうだ

だからと言って、あの剣捌きを加護なしで防げるとは思えない

痛感する……

それだけ実力の差があるということに

紛れもないバケモノだ……

間違えなく、今まで戦ってきた中で一番の強者

だが、足掻くだけ足掻いて見せるさ!

まだこちらにもとっておきがある!


勇希は詠唱を始める。

アリシリアは警戒したのか、後ろへ退がる。


「古より存在する竜の力よ、我が身を通して今ここに具現化せよ エクスチェンジ!」


勇希の体はオーラを纏い始める。


「それが最後の手ですか?」

「ああ、始まりの竜から授かりし、チカラだ!」


オーラは勇希の背中から翼のようなもの、頭には角のようなもの、そして、尻尾のようなものに変化する。

オーラが勇希を竜に変化させる。

この姿の間は魔力が継続的に消耗する。

その代わりに身体能力は向上し、聖剣を振ると竜の息吹のように斬撃が飛ぶようになる。

勇希は聖剣を力強く振る。

斬撃波が飛び、アリシリアを襲う。

アリシリアは体を軽く逸らして、それを避ける。

対象を捉えられなかった斬撃波はそのまま城の壁にぶつかり、壁が破壊される。


遠距離の攻撃を無効化せずに、避ける行動をした?

もしかしたら……いけるのか!?


勇希は聖剣を振り、斬撃波を複数飛ばす。

アリシリアはそれを全て避ける。


やはり、無効化せずに避けている

この攻撃は無効化できないってことか?


アリシリアが距離を詰めて攻撃をしてくる。

一瞬の出来事であったが、向上した身体能力は加護なしで反応することができ、その攻撃を避ける。


「いきなり、攻撃してくるとは余裕がなくなったか?」


勇希は距離を取る。

アリシリアは追撃をしてこない。


「いいえ、いい加減、終わりにしようと思っているだけです」


そうか

光明が見えてきたかもしれない


勇希は頭の中でどう攻めるか思い描く。

そして、実行する。

空中に高く飛び上がると斬撃波を飛ばす。

アリシリアが避けた瞬間を狙って空中から突撃する。

地面は強く叩かれ、衝撃で粉々になるが、アリシリアの姿はどこにもない。


いない……

避けられたようだが、これも予想通りだ


勇希は上を見上げるとジャンプをして空中にいるアリシリアを見つける。

続けてアリシリアに連続で斬撃波を飛ばす。


空中では避けられないはず……

これでどうだ!


空中にいるアリシリアの足元に黒い物体が現れ、足場となる。

それを利用して斬撃波を避ける。


「くそ!そんなのありかよ!」


勇希も翼を広げ、空中に飛び上がり、追撃する。

疾風の如く空中を飛び回り、聖剣だけではなく尻尾も駆使して数多の攻撃を仕掛ける。

しかし、アリシリアは黒い物体を足場にして空中でも地上のように避ける。


かすり傷ひとつもつけられない!

これだけの攻撃だぞ!

なぜ、ひとつも当たらない!?


交差し、すれ違う瞬間、相手の瞳が間近に映る。

全てを見通すような透き通った青い瞳がそこにあった。


まさか……この者は本当に?

そんなのあり得ない……

俺には自信があった

この逆境の中でもあきらめなければ、必ず勝てると信じていた

虚言であろうともそれが勇者の役目

皆の前に立ち、皆の想いを背負い、守るため戦う

そして、勝利する

だが……


いつの間に透明な刃が目の前に迫ってきていた。

向上した身体能力でも間に合わないと判断し


「転身の加護!」


咄嗟に加護を発動させる。

透明な刃をギリギリで避ける。


「考えごとをする余裕があるみたいですね?」

「余裕があるように見えるか?」

「いいえ」


残りの魔力も少ない

たぶん、この攻撃が最後になるだろう……

だが、やるしかない

この魔族の国にあった巨大な壁を壊したスキルをここで使う……!


勇希の体が黄金の光に包まれる。

光は体の右側へ移り、聖剣の握られている右手に移動する。

盾を構え、息を吐き、聖剣の矛先をアリシリアに向けるように構える。


「勇者の一撃」


放たれた一矢のように高速でアリシリアに向かって突っ込む。

勇希が通り過ぎた後ろには光の道が出来上がった。

突撃する最中、アリシリアの目の前に黒い物体が現れるのが見えた。

黒い物体に高速でぶつかり、物凄い衝撃が発生する。

しかし、黒い物体は壊れることなく、勇希の攻撃を完全に防いでしまう。

そして、アリシリアは黒い物体の後ろではなく、勇希の真横に立っていた。

勇希が気付いた時には腹部に激痛が走り、その場から吹っ飛ばされる。

金属音が響き、地面に転がる。


何が起こった……?

攻撃していた瞬間とはいえ、全く反応できなかった……

何故、真横に……

それに黒い物体を壊すことができなかっただと!?

あの黒い物体は炎の竜の攻撃で壊れたのを確認していた

だから、壁ごと貫けると思っていたのに……なぜ?


アリシリアがこちらに歩みながら、言う。


「避けても良かったのですが、避けるとこの城が壊滅するのでやめておきました」


避けるだと……?ありえない!

だが、実際に俺の真横に立ってたということは……

これでも届かないのか……

結局、一撃も食らわせることができなかった……


「く、そ……」


腹部の痛みは和らいてきたが、オーラは消え、魔力もスキルも使い果たした

疲労で体は動かない


「相手の切り札は最も警戒しなければなりません。対策は必須です」


勇希は思わず、笑みがこぼれる。


これから俺は死ぬというのに全力で戦ったあとの高揚感が心地良い


「聞いてもいいか?」

「何でしょうか?」

「俺たちの攻撃は全て読まれていたのか?」

「はい。あらゆる攻撃のパターンを知ってました。それに様々な事を仕掛けてました」

「仕掛けだと……?」

「はい。例えば、そこにある魔法陣」


アリシリアが指差す先には、未だに消えることがない魔法陣がある。


「ただのフェイクですよ?何かがあるわけではありません」

「な、んだと……?じゃあ、どうやって召喚を?」

「至ってシンプルです。私は魔法陣や詠唱など無くても召喚できるだけです。それと、剣と黒いモノは同時に使用できないというのもフェイクです。思わせただけです。他にも最後の黒い壁も壊せると思わせました。強度も自由に変化させる事ができます」

「………」


同時に使用できないのは最後の方で気がついたが、魔法陣も黒い物体も嘘だったとは……


「見たことないもの、知らないものというものはどうしても疑問に思いますし、様々な思惑を想定してしまう。それは良いことであって悪いことでもあります。考えすぎは良くないです。ちなみに私の周りに特別なことは何もしてないです」

「!?」

「それも貴方が勝手に思っていただけです。思い込みというものは時に誤解を招きます。

そこに無いものがあるように感じてしまう。まぁ、そうなるように仕向けましたが……」


アリシリアは勇希を上から見下ろす。


「何もかもあなたの手のひらの上ってことかよ」


これが知らないということか

勝手に困惑し、勝手に萎縮していたのだ

最初から知っていれば、別の結果にーー


「それと、これは個人的な理由になりますが、私が見ていた未来では黒いモノ達だけで片付いてしまっていたので、退屈でした。なので、別の未来であった私自身で戦う事を選んで良かったです」


アリシリアは微笑む。


「……は?見ていた未来……?別の未来……?」

「何でも知っていると言いましたよね?私の目は未来の出来事を知る事ができます。なのでこれから起こる出来事を選択できる。貴方の攻撃が一度も当たらなかったのはそういうことです」

「ははは」


もう笑うしかない

未来のことも知っているだと……

どう足掻いても最初から未来は決まっていたのだ


勇希は目を閉じる。


「これで終わりです」


透明な刃の剣が勇者の首を切断する。


「さて、次の段階へ」


そして、アリシリアは微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る