ワールドレコード〜勇者と魔王〜

大沢たくや

第1話 はじまり



この世界には人間と魔族が存在している。


人間。叡智に溢れ、優れた文明を持つ種族である。人間の国は全部で六つあり、英雄と呼ばれる者が各国に一人存在している。そして、英雄の中で最も優れている者を勇者と呼ぶ。


魔族。文明は人間に比べて劣るが、高い身体能力を待つ種族である。魔族の国は全部で七つあり、魔王と呼ばれる者が領土を所有し、国を統治している。


両種族は互いを軽蔑し、交わることをしない。

そのため、長く争いが続いている。

人間の国と魔族の国の間には大きな山が連なっており、ライン山脈と呼ばれている。

ライン山脈は両国の境界線の役割をしている。

戦いは主にこの山のふもとで行われていたが、現在は違う。


人間の大侵攻によって、ライン山脈から一番近い魔族の国エン・ヘリアルが戦いの場となっていた。

エン・ヘリアルの周りには外部からの侵入を拒むために巨大な壁が築いてある。

しかし、その壁は一部が壊されており、その機能は失われている。

人間の侵攻を許したエン・ヘリアル国内は地獄と化していた。

次々と火の手が上がっている。

火の粉で紅く染まった空、ぼろぼろに崩れてしまった家屋。

血と何かが焦げた異臭。


「女であろうが、子供であろうが魔族は全て殺せ!!あそこにも隠れているぞ!逃すな!」


兵士が声を荒あげる。

馬に乗る兵士集団に一人の兵士が声をかける。


「報告であります!騎士団長殿、こちらはある程度、片付きました」


騎士団長と呼ばれた者は町にそびえ立つ城を見上げる。


「よし、よくやった!あとは魔王のみだな、頼むぞ……勇者様」




城内に怒号が鳴り響く。


「小僧共がああ!」


怒号が衝撃波となり、周囲にダメージを与える。


迂闊だった……

人間共が近々、攻めてくるという情報は知っていた

だが、これ程の戦力だとはーー

城に侵入し、この王座の間まで辿り着いたということは壁は壊され、町まで攻め込まれている


脳裏に国に住む者たちの顔が浮かび上がってくる。


すまない……同朋たちよ……


「サタン!!」


盟友である同じ魔王ルシファーに声を掛けられ、魔王サタンは我にかえる。


まだ終わってない!

せめて、目の前の連中だけでも地獄に叩き落としてやる……!

同朋たちの仇を……


「魔王サタン、小僧ではないぞ。成人しているし、酒も飲める。それに神山勇希という名がある」


純白の鎧に身を包み、剣と盾を持つ男が言う。


あれが勇者か……

なるほど、他の魔王たちが警戒するわけだ

別格の強さが伝わってくる


「100年も生きられぬ人間ごときが……!」

「おまえはその人間ごときに敗北することになるやで?」


今度は口元を布で覆っている者が言う。


顔がよく見えないが、匂いでわかる……

男だ

忍びと呼ばれる者の姿をしている


「生意気な口を」


その後ろには杖を持つ赤髪の女性とまだ幼い顔立ちの金髪の少女。


装備から、魔法使いと聖職者だろう

相手は四人だが、厄介な連中だという事は間違えない


「ルシファー、厄介ごとに巻き込んですまない。どうやら、相手は勇者みたいだ」

「貸しは必ず返してもらうからな、生きるぞサタン」




現在、俺達が有利に見えるが、状況が予定と違う

目の前には魔王が二体いる。


魔王サタン。

翼があり、頭には二本の角。

そして、魔族特有の尻尾がある。

また、黒色の全身に赤色の血管のような線がある。

憤怒の名を持つ魔王であり、戦うことを好む存在とされている。


魔王ルシファー。

目付きが鋭く大きな翼があり、頭には一本の角。

サタン同様に尻尾がある。

また、白色の全身に緑色の血管のような線がある。

傲慢の名を持つ魔王であり、他者を見下す傾向があるとされている。


予定では魔王サタンのみの討伐だったが、まさか魔王ルシファーまでいるとはーー

同盟を組んでいるという噂があったが本当だったようだ


「予定通りではないが、魔王サタンを優先して討伐するぞ!」


その後、魔王ルシファーをどうするか考えればいい

まずは魔王サタンを討伐することを優先するべきだ

ここまで来たのはそのためでもあるのだから、何がなんでも討伐する……!


今まで見た事がない情景が目に写り、思わず声が洩れる。


「ん……?」


突如、魔王と勇者の間に黒い渦が生まれる。

その中から何者かが歩いてくる。

フード付きの黒いローブに身を包み、ローブの間から見える豊満な胸。

フードは被ってなく、左右で色の違う綺麗な髪。

全てを照らすような白と全てを呑み込むような黒。

そして、綺麗な青色の瞳ときめ細やかな透き通る白い肌。

そこには絶世の美女が微笑んでいた。


「失礼します。わたしの名はアリシリア。あなた方を殺すためにここに来ました」


絶世の美女に思わず目を奪われたが、その名を聞いた途端、威圧感を感じ、身体が震え始める。


なんだ……これは……?

何者だ……?


アリシリアは勇者達の方へ歩みを続ける。


こっちに向かって歩いてくるということは魔王達の仲間か?

だが、姿は紛れもなく人だ

魔族特有の角や尻尾などはどこにもない


「ち、ちょっと待ってくれや、いきなり、現れて何を言ってるや?」


口元を布で覆っている男がこの場にいる誰もが疑問に思う事を口にする。

しかし、返答は一切ない。

それどころか、歩みを止めると左手を挙げる。

美女の足元に見た事がない魔法陣が展開される。

そして、周囲に六個の黒い物体が現れる。


「おいおい、なんやあれ……魔法か?」


魔法とは、人間が魔力を消費することで使用することができる。

魔法には、様々な系統、種類が存在しており、中にはその者だけが使用できる特殊な魔法も存在する。


「召喚魔法(サモンマジック)?……しかも詠唱なし!?そんなのあり得ない!」


赤髪の女性が驚いた声を出す。

魔法を使用する際には詠唱をする必要があるのだ。

ただし、熟練の魔法使いになれば、詠唱を省略する短縮詠唱という魔法の名だけで使用する事ができる。

詠唱なしで魔法を使用した例は今まで確認されていない。


「スキルでしょうか?」


今度は金髪の少女が問う。


スキルとは、人間が使用することができる技のことであり、人間の中でも限られた者しか使用できない。

使用できる者はスキル持ち、スキル所持者と呼ばれる。

また、スキルは一日に使用できる回数が決まっている。

回数は使用する者の力量によって変わってくる。


「いや、スキルならスキルの名を唱えないと使用できない」


スキル所持者である勇者勇希が答える。


「なんや、じゃあ妖術か?それともアビリティか?」


妖術とは、魔族が使用するものであり、魔法と同様に様々な系統、種類が存在する。

生命力を消費して使用する事ができるとされている。


アビリティとは、言わば身体能力の事であり、高い身体能力を持つ魔族だけが所持している力の事である。


「妖術だったとしても詠唱は必要よ!アビリティは詠唱なしだけど、召喚系のアビリティなんか見たことも聞いたこともないわよ!」


その通りだ

俺も今まで見た事がない


勇者達が様々な憶測を立てていると、黒い物体が変化し始める。


「待て!……何だ?」


勇者たちはその光景に息を呑む。

目の前には自分達と同じ姿をした黒い者達がいた。


「俺達に化けたやと!?」


黒い物体は紛れもなく勇者達と魔王達であり、武器や防具も全く同じである。

違うのは全身が真っ黒であるだけだ。


擬態だと!?

それに何という禍々しさ……

邪悪なものそのものではないか……


「落ち着け、姿形が同じだけかもしれない。ソフィア頼む!」


ソフィアと呼ばれた金髪の少女が短縮詠唱で魔法を使用する。


「ライトレイン!」


ソフィアの持つ杖が数多の光の粒を放つ。

この魔法は光の力で邪悪な者にダメージを与える事ができる。

黒い物体から禍々しさを感じ取った為、有効だと判断した。

しかし、対抗するように黒いソフィアが魔法を使用する。


「プロテクト!」


防御魔法(ディフェンスマジック)を発動し、攻撃を無効化する。


「なんだと!?」


擬態というものは姿形を似せるだけで、魔法などといった能力まで似せることはできない。

しかし、目の前にいる黒いモノは魔法を使ってきた。

それもソフィアが使用することができる魔法をーー


「なによ、あれ!どうして!」

「私があなた方を知っているからです。英雄ミア」


こちらの質問に一切返答しなかった絶世の美女が今回は微笑みながら答える。


「どうして!わたしの名前を!?」

「貴女だけではなく、あなた方全員を知っています」

「おいおい、俺達は初対面のはずだが?それともどこかで?」

「ワールドレコード」

「なんだそれは?」


聞いたことがない単語だ……


「世界の全てを記録したモノです」


世界の全てだと……?


アリシリアは言葉を続ける。


「そして、私は知っている事をその子たちを通して、具現化できます。なので、その子たちはあなた方と同じ力があります」


何を言っているのだ……?

俺達と同じ力だと……?

そんなデタラメな力があるわけ……


「なるほど、意味がわからん」


だが、嘘を言っているようには見えない

とにかく謎が多すぎる……

そもそも情報が足りない


勇者勇希は魔王サタンの方に目を向ける。

魔王サタン達も同じように自分そっくりの黒い物体と見合っている。


魔王サタンの仲間ではないというのか?

魔王サタンを倒す為にここまで来たが、まさかこのような事態になるとはーー


ソフィアが声をかける。

「勇希様、どうしますか?」

「そうだな、未知の敵だ……」


一旦、間を置き、気の抜けた声を出す。


「逃げるかー??」

「アホかいな!」

「冗談はよしなさいよー」

「もう!何を言ってるのですか!」


皆が笑みを浮かべる。


こういう時こそ、リラックスするべきだ


「冗談さ、やれるだけやってみるさ!」


勇希は深呼吸をする。


「俺達はお前の事を知らない。けれど、俺達は冒険者だ!未知を知るために探求するのが冒険者だ!」


皆が武器を構える。


「最初から知っていたら、つまらないだろ?戦いながら、知っていけばいい!相手になってやる!」


俺はこの世界に転生し、勇者となった

こいつらとは沢山の冒険をした

笑いあったり、泣いたり、嬉しいこと、辛いことがあった

沢山のことを経験したんだ

その経験は未知と遭遇した時、力になってくれた

今回だって大丈夫なはずだ!

それに召喚魔法(サモンマジック)なら、対策はある!


「いくぞ!!」


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