第三十四話 この命の、終着点を探して

 守繁さんと彼の言っていた魂の専門家に早く合流しなければ。

 空間転移に介入され途中下車してしまった以上、この後は普通に移動する他ない。

 よって、僕は高天原と抑霊衆の拠点とを繋ぐゲートへ向け歩を進めていた。

 とは言え、天使と出くわすのを避けるために隠れながら移動しているのでなかなか先へ進めない。


「なんとか耐えてくれよ……妃香華」


 祈るようにそう呟いて、一歩を踏み出そうとしたそのとき。

 凄まじい爆音とともに、辺りが閃光に包まれた。

 同時に爆風が起き、僕たちは弾き飛ばされる。


「ぐは……っ!」


 一体、何が起きたのか。

 僕は、妃香華の無事を確認してから周囲を見回す。

 すると。

 ありとあらゆる障害物は消え去っており、見渡す限り更地となっていた。

 そして。

 その上空には、数多の天使が飛んでいる。

 彼ら辺りを見回し、一人がこちらを見つけると、皆一斉に視線を僕たちへ注いだ。

 なんというデタラメ。天使たちは僕たちを見つけるために、丈夫なはずの高天原の地形を変えてしまったのだ。

 そして何より恐ろしいのは、あの目だ。あの目にはなんの感情も込められていない。圧倒的な権能を持ちながら、その実彼らは神の命を執行するための機構でしかないのだろう。


「対象、発見。コレヨリ排除ヲ開始スル」


 天使の口が動く。

 どうすればいい。障害物が消され隠れる場所がなくなってしまった以上、先ほどのような目眩ましに意味はない。かと言ってこの数の天使たちに一斉攻撃されたら、さすがに防ぎようがない。

 何か手はないのかと必死に思考を巡らす。しかし、打開策など一つも得られぬまま──天使たちの攻撃が、無慈悲に射出された。

 しかし。


「八咫鏡」


 いきなり現れた一つの神器によって、天使達の攻撃は全て跳ね返された。

 唖然とする僕の耳に、聞き覚えのある声が響く。


「ねえ。もう敵対行動をとっちゃったけど、やっぱ怖くなってきた。謝ったら許してくれないかしら?」


「もう遅い。諦めて戦うぞ、お姉ちゃん」


「天照大御神、それに素戔嗚!」


 その二柱だけではない。他の多くの神々も、共にやって来ていた。

 中には、素戔嗚に認識阻害の術式をかけていたという神までいる。いつの間にか仲間に引き入れていたのか。

 しかし、それはそうと……


「素戔嗚、その……もう一人の僕は……」


 おそらく、あの状態では助からなかっただろう。そうとわかっていても、思わず訊いてしまう。だが、素戔嗚の返答は予想外だった。


「安心しろ、あいつはまだ存在している。もう力は失っちまったがな。ともあれ、その話は後だ。今はあいつのためにも、そこの霊を早く助けてやれ」


 そうか……助かったのか、あいつ……。良かった。

 憂いは消えた。ならばここは、素戔嗚の厚意に甘えるとしよう。


「……わかった。ありがとう、素戔嗚」


「おう」


 そして、僕は天使と神々に背を向けた。

 振り返らずに進むことが、今の僕にできる最善だと信じて。



◇◇◇



 私――中住古久雨が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。

 たしか私は、マモンに裏切られた。なんの力もない状態で、数多の神の権能を直接ぶつけられたのだ。

 ならば、生きているはずがない。つまりここは黄泉の国か、はたまた地獄か――?


「否。どちらでもない」


 唐突に、厳かな声がした。

 振り返ると、そこにいたのは高天原で一度も見たことのない神。明らかに普通の神とは格の違う、底なしの霊力を持つ存在だった。

 一体、何者なんだ……?


「我は、天之御中主だ」


 私の心の声に、その神は返答した。

 天之御中主神。日本神話における原初の神。そして私の使っていた中空の術式の基盤ベースとなった理論において核となる神だ。

 そんな神がわざわざ私の前に現われたとなれば、その用向きは一つだろう。

 それにしても、心の内を垣間見られるのは些かこそばゆいものがある。もし赦されるのなら、やめてもらいたいのだが。


「そうか。それは気が利かなんだ。では、これより心を覗くのはやめよう」


 その返答にホッとし、私は口を開く。


「お初にお目にかかります。天之御中主神」


「神々を散々苔にしておいて、今さらそんな堅苦しい言葉を使わずとも良い」


「そうか――ならば、本題に移らせてもらう」


 私は、いつも通りの口調で天之御中主神に問うた。


「あなたは、中空のことわりを悪用した私に沙汰を下しに来たのだな? 中空の主よ」


 私が使っていた中空の術式を構成する根本原理。それを構成する上で最も重要な神である天之御中主神が私の前に現われた。

 ならば、まず真っ先に思いつく仮説だ。

 しかし、それを神は否定した。


「否。中空の理なぞ、あくまで解釈の一つに過ぎん。

 我ら神々を構築する論理ロジックは星の数ほどある。それらを束ね、形作られた概念体、それが神々われわれだ。

 たかが一つの解釈に限定して術式を構築し利用しようと、そんなものは仮初かりそめの力を得るだけで終わる。

 多くの神々を取り込んだ貴様も、それを横取りした悪魔も、そんな行為には意味がなかったと、いつかわかる時が来るだろう。

 ともかく。神々われらを形作る論理ロジックの全てを理解して初めて、本当の意味で神々われらに干渉できる。

 貴様のやったことはすべて無駄骨だ。よって、神々われらはなんの損害も受けておらん。故に、沙汰を下す謂れもない」


 私の行為に意味がなかっただと? 神々はなんの損害も受けていないと?

 あれほどまでに高天原を混乱させ、取り込んだ神の力を自らの為に振るっていたというのに?


「……何を言っているのか全くわからない。一体どういうことなんだ?」


「それは当然だ。わかっていたのなら、貴様はこんなことにはなっていないだろう」


――本当に、何もわからない。ああ、私はこんなにも愚かだったのか。


 まあ、愚かだったのだろうな。

 意気揚々と黒霊衆を立ち上げ、伊梨炉秀を超える力を得るため必死に奔走してきた。その果てで、味方の裏切りにより死滅とは。情けないにもほどがある。


「ふむ。やはり貴様はとんでもない回り道をしているようだな。もっと素直になってみろ。貴様のしたいことは、一体なんだったのだ?」


「そんなもの、伊梨炉秀を超える力を手にすることに決まっている」


「そこから勘違いしているとはな。先ほど沙汰は下さぬと言ったが、気が変わった。これより貴様に沙汰を下す」


 あまりの愚かさに神も呆れたのか。まあいい。私のような人間には、どんな沙汰が下されても仕方がないか。

 そう思ったのだが、続く神の台詞は予想外のものだった。


「貴様の死期を少しだけ伸ばす。それによってできた猶予で、貴様が真に欲することを為せ」


「へ? 今、なんて――」


 わけがわからず、思わず訊き返してしまった。


「死ぬまでの間、好きなことをせよと言ったのだ。ついでに、我が力の一部を貸し与える。上手く使うがよい」


「それは一体どういう――」


 意図を聞き返そうとした瞬間、世界が歪む。そのまま辺りの風景が変わり、いつの間にか別の場所にいた。


「――ここは、高天原か」


 どうやら、私は本当に生き返ったらしい。あれから時間が経ったのか、マモンの悪魔憑きと玖導励志はいなくなっていた。


「真に欲すること、か……。一体、なんなんだ?」


 あの言葉は理解に苦しむ。私はずっと自らの野望のために力を振るってきた。それが真に欲することではないというのか。


「わからない。一体どうしたら……」


 もう黒霊衆には戻れない。しかも、私はあくまで死期が少し伸びただけだ。体もボロボロの状態であるし、もうすぐ死ぬことに変わりはない。

 一時間か、一日か……。残された僅かな時間で、私は自分が真に望んだことを見つけ出さなくてはならないのか。


「本当に難儀だな、まったく――」


 私は、ボロボロの身体と心を引きずって歩き始めた。

 この命の、終着点を探して。

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