第13話

ルカに慰められ続け、胸の中にたまっていた毒をすっかり吐き出してしまうと、ユイはさっぱりした顔になっていました。


「…なんだかすっきりしたわ。

 気持ちも軽くなったわ。

 安心したのかしら。

 なんだかお腹がすいたみたい」


 そう言って照れ臭そうに笑いました。

 その無邪気な愛らしい笑顔を見て、ルカはがっくりと力が抜けました。

 泣く気力さえ残っていませんでした。


「あたし、あなたの相手をしていたら疲れてしまって、とても食べ物の用意なんてできないわ。

 …どこかでおいしいものでも食べて帰ったら?」


 そう言ってユイを家から出すので精一杯でした。


 ユイが帰った後、ルカはぐったりとしていました。

 けれど、ルカはタコの夫婦の開いている食堂を手伝って働いていましたので、4また明日も仕事に出なくてはなりません。


 ユイには妹が二人もいたっけ…、

 …なぜ、二人も妹がいながら、あたしのところへなんか来たんだろう…、

 ユイだけが母人魚の死に目に会えなかったと言っても、同じ母親を亡くした姉妹同士だもの、いくらでも話を聞いてくれそうじゃないの、と今ごろ気がついて、ルカはユイを恨めしく思いました。

 あの娘には家族が四人もあっても、あたしはもうひとりきりだ…。


 けれどルカは、ユイの愚かさと身勝手な無神経さが羨ましくもありました。

 ひたすら自分のことのみを憐れんでいるだけで、世話をしなかった母親のことやほかの家族への思いやりもなく、何よりルカへの配慮のみじんもないユイが、とても幸せにさえ感じられました。

 一家でひとりだけ、大切な母親の死に目に会えなかったユイが、今度こそ自分に欠けた、生き物としてあるべきものに気がついてくれることなど到底無理とわかってはいましたが、せめていつか気がついてくれるよう祈らなければ、ルカにはもう、自分の気持ちの持って行きどころがありませんでした。


 言いたいことを思いっきりぶちまけて泣いたユイは、それからは母親のことを思い出すこともありましたが、これ以上誰かに助けを求めて説明するのを面倒に感じました。

 もう、終わったことだわ、あとは楽しんで忘れよう、と思うようになりました。

 そう思うと急に気が楽になって、辛気臭いことはもうどうでもよくなってしまったのでした。

 実際、ユイの心から、母人魚の面影は日ごとに遠くなりました。



            *          *


 ユイがまた派手に遊びまわっているという噂をルカが聞いたのは、それから程なくでした。

 働かせてもらっているタコの食堂で料理を出しているときに、お客の魚たちが話していたのです。


「この頃、若い魚たちの間で、船のそばまで泳いでいくことが流行っているそうだね。

 言い出したのは、人魚のユイらしいが」


 イワシが苦り切った様子で言いました。


「ああ、うちの娘も言っていたよ。

 まあ、スリルがあるってことだろうが…。

 だからわしは厳しく言ってやったんだ。

 どんなに誘われても、おまえは絶対にするなよ、ってね」


 ヤガラが怒ったように受けました。


「まったく、一度捕まったら、もうそれで終わりだっていうのに。

 最近の若い者は、一体何を考えているんだか。

 えさに食いつくわけではないから大丈夫だと思っているのかもしれんが…」


 カサゴが困って嘆きました。


「本当に愚かなことだよ。

 何かあってからでは取り返しがつかん…」


 三匹の魚たちは口を揃えて言うと、深いため息をつきました。


 怖い話だ、と黙って聞いていたルカは思いました。

 そんな危ない遊びは、早く廃れてほしい、と思いました。

 誰かが何かに会う前に。


 そのときは、まさかその「誰か」が本当にでてしまうなんて、そしてそれがあとうことかあのユイになるなんて、誰も思っていなかったのです。





 

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