第2話

 同じ海の少し離れたところに、ルカと同い年の人魚の娘が棲んでいました。

 名前をユイと言いました。

 ユイは美しい娘でした。

 人魚と言うものはたいてい美しいものですが、ユイのそれは群を抜いていました。

 海藻のように揺れる長い金の髪と、海と同じ深い碧色の瞳、赤い唇、ばら色の頬、何よりおひさまの光の降り注ぐ南の海に棲みながら抜けるように白いその肌は真珠と同じ色をしていました。


 ユイが泳いで行き過ぎるのに魚たちは見とれました。

 美しすぎて、みな言葉が出ないのでした。

 どんな巧みな言葉も、ユイの美しさを表すにはふさわしくないと思われました。

 すれ違う魚たちは誰もみなユイを振り返り、その後ろ姿をいつまでも見送りました。

 そして、美しいものを目にした幸せを、その日一日、大切にするのでした。


 しかしユイにはその分、欠けたところがあって、というより、美しさのほかには何一つ持ち合わせていなかったのです。

 例えばユイにはほかの生き物の気持ちと言うものが全く分からなかったのです。


 カサゴの小さな娘が、毒を持つ鋭い背びれのために友達の魚たちから仲間外れにされたとき、ユイは笑って言いました。


「ああら、いいじゃない。

 あんたは人間に捕まれば、ほかの魚たちよりずっとおいしく食べてもらえるらしいわよ」


 ユイは意地悪をしたのではありませんでした。

 可愛いカサゴを慰めたつもりでした。

 けれど、人間に捕まって食べられるということは海に棲む魚たちにとって最も恐ろしいことです。

 どんなに痛いか、苦しいか、想像もつきません。

 それに、もしそんなことになれば、小さなカサゴはもうどこにもいなくなってしまいますし、おとうさんにもおかあさんにも二度と会えなくなってしまいます。

 ユイにはそこまで考えることができませんでした。

 カサゴの娘はユイの心ない言葉におびえて、しばらく家から出られなくなってしまいました。


 また、あるとき、イワシの子がのど深く釣り針を飲み込んでしまい、それがやっと取れたときも、


「なんでもないわ、それくらいのこと。

 おいしいものをたくさんお食べなさいよ。 そうすればすぐに治ってしまうわよ。 

 ちょうどいいわ。あたし、これからパーティーに行くの。一緒にどう?」


と声をかけたのです。

 このときも、ユイにしてみれば精一杯励ましたつもりだったのですが、針が取れたばかりでまだずきずきと痛む、水も飲めないのどを押さえながら、イワシの子は驚きの余り、涙ひとつこぼせなかったのでした。


 そして、そういう言葉が出てくることさえ、ユイにとっては随分ましなことなのでした。

 誰かに何か言われても、たいていの場合、ユイにはそれが何のことなのかさっぱりわからず、


「この貝殻の首飾り、この間、買ってもらったの」


だの、


「次は赤いガラスの腕輪が欲しいの思っているの」


だの、全く関係のないとんちんかんなことを言っては、形の良い尾びれを翻して泳いで行ってしまうだけだったからです。

 その姿や振る舞いには、


「そんなこと知らないわ。わたしに関係ないわ。

 自分さえ楽しければ、それでいいの」


という冷たさがありありと現れていました。  

 

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