第51話 世界を超えて
自室に戻ったルーナルーナは、一人バルコニーで黄昏ていた。夜の気配が忍びより、見つめる空は茜色。この時間ともなると、コメットはもう下がらせている。
ルーナルーナはまだレイナスの言葉が信じられずにいた。不思議なふわふわとした感覚が体にまとわりついて離れない。と同時に、焦りにも近い強いある衝動が、彼女を支配して苦しめていた。
(サニーに会いたい)
大巫女の部屋から押収されたキプルジャムの在庫はまだ十分にある。だが、もはや一介の侍女ではなく、姫という重要人物になってしまったルーナルーナは、警護上の理由からも自由に身動きすることが許されていなかった。
今すぐにでもサニーのところへ飛んで行きたいのにそれができない葛藤。でもこれも、いずれ彼のものになるための準備なのだと思えば耐えられていたのだが、今日はどうしても気持ちを抑えきることができないでいる。
その時、ふっとルーナルーナに以前の記憶が蘇った。
(そうだわ! 念話を使えばいいのよ!)
一度、明け方の時間帯に、シャンデル王国にいるにも関わらずサニーから念話のようなものを受けとったことがあるのだ。
今のルーナルーナは、世界を超えてサニーの存在を感じ取れるようになっている。これは、サニーがルーナルーナへプロポーズした際に行使した魔法の効果だ。サニーが嬉しい気持ちになれば何となくそれがルーナルーナに伝わり、悲しい気持ちになればその影響はルーナルーナにも現れる。以前よりも二人の結びつきは強くなっているのだ。そして今は、次元の歪みが起こりやすい時間帯。ルーナルーナは、試す価値があると思った。
(今頃サニーはまだ夢の中かしら……)
ルーナルーナはサニーの存在を強く感じられるように、目を閉じて神経を研ぎ澄ました。
『サニー、おはよう! もし聞こえていたら返事して!』
遠くに見える山並みから城下町に向けて風が吹き渡る。それが海の波のような音を立てて押し寄せると、高台にある王城の四階にいるルーナルーナの髪をふわっと靡かせた。その刹那。
『ルーナルーナ?!』
『サニー、聞こえるの?』
『うん、本当にルーナルーナだよね? すごいよ! 住む世界が違うのに声が届くなんて!』
『サニー、ちゃんと私よ! どうしよう……本当にサニーと話ができるなんて、嬉しすぎてどうにかなりそうだわ』
これが、二人で実際に顔を合わせていたならば、熱い抱擁を交わしていたことだろう。ルーナルーナは、自分の顔が自然とニヤけてしまうのを感じていた。
『ごめんね、ルーナルーナ。ずっとそちらに行きたくて行きたかったんだけど、有能な側近と偏屈親父と、その他煩いジジイ共に手を焼いていて……』
ルーナルーナは、サニーに無理難題を言い渡すクロノスや、アレスやメテオの顔をすぐに思い浮かべることができた。
『大丈夫よ。サニーが苦労しているということは、何となく感じ取れていたから。私も何かできればいいのだけれど……』
『ううん、ルーナルーナは俺とずっと一緒にいてくれるっていう、それだけで十分なんだ。ただ、それを理解できない奴が多すぎて』
サニーの声には怒りが滲み出ている。ルーナルーナは、自分をサニーの妃として迎え入れるにあたり、サニーが周囲の説得にあたっているのだと当たりをつけた。シャンデル王国でも、王家以外の人間への説明は難航を極めていたので、サニーが直面している問題は簡単に想像ができる。
『やっぱり、持ち色のことで侮られてしまうの?』
『ルーナルーナの持ち色は黒だから、それ自体は歓迎されてる。でも俺は』
サニーはルーナルーナに心配をかけないためにも何も語らないつもりでいたのだが、やはり想い人の優しい声を聞くとボロボロと本音が出てしまう。サニーは少し事情を説明し始めた。
まず、サニーはこれまで王家の闇を担う裏稼業専門だったので、表の実績としては今回の異世界分離と異教徒の逮捕しか成しえていない。だからといって、裏稼業の性質上、その実績を公表するわけにもいかないのだ。
さらには、ルーナルーナの指摘通り、持ち色が白であるということから、それだけで偏見の目で見られている。例えば、白の男が妻帯するなんてもっての外だとか、持ち色が白の癖に生意気だとか。ルーナルーナからすると、笑ってしまいそうな理由ばかりだが、そんな下らない論理にもならない理屈がまかり通っているのが、今のダンクネス王国である。
『じゃぁ、サニー。いざとなれば変身してみるというのは?』
『変身?』
『えぇ。私も以前、心無い人達から逃げ出す時に使った手なの』
ルーナルーナは、自らの持ち色を変える魔法について話し始めた。サニーを信頼できない理由が色だけなのであれば、黒に変身することで、多少は鼻を明かすかせるのではないかという作戦である。これは高等な魔法なので、サニーの実力を見せることにも繋がるはずだ。
『魔法の術式の詳細は、紙に書いてリング様へ託すことにするわ。きっとサニーなら、ほとんど練習せずともできるはずよ』
『それは買いかぶりな気がするけどなぁ。でも、ありがとう。なんか、久しぶりに笑った気がする』
『私も』
心から笑顔になれることは、とても幸せだ。ルーナルーナとサニーは、また朝夕には念話を交わし合おうと約束して、話を終えた。
翌日、午前中にルーナルーナが面会したのはプラウだった。現在、シャンデル王国の神殿の大本山において大巫女の地位につきている。かつて、ユピテを巫女として見出したという彼女は、ユピテと同じくあり得ない程高齢の女性であった。しかし、ユピテ程のキプル漬けではないらしく、外見は美しい老女といった形である。
「ルーナルーナ様。ユピテ様の最期を教えてください」
プラウは、概ねのところはリングからの情報で知っていたが、やはり当事者から話が聞きたかったのだ。ルーナルーナは、記憶の限り、丁寧にその時のことを語った。プラウは涙を堪えながらそれを聞く。
「ユピテ様は幸せだったと思います。確かに彼女の悲願という名の野望は完全に果たされませんでした。ですが、こうして両世界を繋ぐ姫巫女をこの世に残し、思いを託すことができたのですから」
プラウは、ルーナルーナの手を両手で包み込む。しわがれた手には驚く程の強さが込められていた。
「姫巫女、ルーナルーナ様。想い合う心は、何よりも美しく尊く、そして儚いものです。世界を超えた愛を、ユピテ様の分まで成就させて、幾久しく大切にしてくださいね」
その後プラウは、神殿の総意として、ルーナルーナを姫巫女として認め、ダンクネス王国への輿入れに全面的に賛成していることを公表すると約束。その日の会談は終わることとなった。
そして午後。ルーナルーナは、何も予定がないと思ってゆっくりと昼食をとっていたのだが、そこへ突然の客が訪れる。
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