第35話 オービットの望み

 アレスとメテオは、それを『半身の神具』と呼ぶことにした。メテオは泥鼠の仕事もあるため、国中の遺跡や古文書から情報を集めるのはアレスが主担当となる。シャンデル王国の大巫女は、半身がシャニーの中にあると話しているが、大昔は二つの世界が一つだったことを考えると、ダクーにも手がかりがあるかもしれない。


 となると、自然と王城の図書館や魔道士棟の書庫にも頻繁に立ち入ることになる。そして、それがオービットの知るところになるというわけだ。


「私も手伝います」

「オービット様」


 図書館の一角で、アレスはいろんな意味で困り果てていた。自分よりも目上のオービットを邪険に扱うこともできないが、自分は本来第一王子派なのだ。この二人で仲良く調べものをする図を第三者が見ればどうなるか。間違いなくアレスが第二王子派になったと解釈され、ますますサニーの王城内での立場が悪くなってしまう。しかし、それを説明するわけにもいかず、アレスはそれとなくオービットから距離を取ろうとしているのだが、つきまとわれ始めて既に三日が経っていた。


「その古文書は私も目を通しましたが、特殊な古語で書かれているところが多いため、理解できたのは四分の一ぐらいでした」


 オービットは自分が役に立つことをアピールしたいようだが、アレスからするとその能力は中途半端だとしか言いようかない。苦笑だけして本音は語らないのがアレスの流儀だが、それだけでは回避できないことになってきた。


「恋と神具の関係ですか?」


 オービットは、アレスの傍らにあるテーブルへ山積みにされている本を眺め、こう総括したのである。アレスは頭を抱えたくなった。


 古くから神々は恋と愛と怒りと嫉妬、そして欲にまみれた様々な物語を紡ぎ出し、そこには多くの神具と呼ばれる不思議な道具が登場する。アレスはそこから半身の神具に関するヒントを探していたのだが、こんな時だけオービットの勘は冴えてしまったらしい。オービットはアレスの表情から自分の推測が正しかったことを確認し、年上の女性にモテそうな可愛らしい笑顔を浮かべた。


「兄上は良い出会いをなされたのですね。おめでとうございます」

「オービット様。恐れ入りますが、これはくれぐれも内密に……!」

「分かっている。兄上にこれ以上嫌われたくないし、兄上はそろそろ幸せになるべきだ」


 アレスは、オービットを白けた目で見ないように心がけてたが、うまく隠せていたかは自信がもてなかった。はっきりしているのは、オービットに不味いことを知られてしまったという事実だけ。


「オービット様、ご理解くださりありがとうございます」


 アレスは意識的にオービットへ殺気の欠片を飛ばした。オービットははっと息を飲んで後ずさる。そして図書館を去っていった。だからアレスは、これでオービットは完全に手を引いたと思いこんでしまった。むしろ、彼の好奇心と一方的な兄への思いを煽ってしまったとは、露とも気づかなかったのである。








 オービットが自室に戻ると、取り巻きの面々が一様に心配そうにして駆け寄ってくる。最近、彼の単独行動が目立っているため、自分達がオービットから見捨てられたのではないかと不安になっているのである。それをオービットは、そっと目を伏せてやり過ごした。


(兄上が羨ましい。たくさんの人に囲まれて育った僕は幸せかもしれないけれど、数人でも心から気を許せる人がいれば、もっと人生がカラフルで楽しいものになると思うんだ)


 オービットは、サニーのことを可哀相だとばかり思っていたが、実態を知ってからは羨ましく感じることの方が増えていた。自分にはアレスのような味方がいない。もちろん妙に忠実な部下や、オービットが何もしなくても蝿のようにどこへでも付いてくる信奉者はいるが、オービットに言わせればどれも『第一王子よりも優れているらしい第二王子』という甘味に群がる蟻と同じ。オービットも、それらを自由に踏みつけられるぐらいの象のような足があれば良いが、そんな力も度胸も無いのが実態だ。時に残忍な判断も即座に下すことができるサニーは、ますます憧れの存在となるのである。


(たぶん僕は、本来人を率いて良い者ではない。やはり、王位継承権第一位は兄上が相応しい。そして僕は……兄上の役に立ちたい。そしていずれは、アレス達の一員に加わりたい!)


 実はオービット、アレスに尋ねはしたものの、既に探し物の内容については把握していた。オービットの手の者がアレスを四六時中監視して掴んだ情報だ。アレスはメテオよりは人の気配に疎いため、これが可能だった。


(半身の神具……僕が見つけたら、兄上は喜んでくれるだろうか)


 その時、サニーの軽く十倍はある執務室の扉がノックされた。入ってきたのは宰相のラックである。


「そんなに慌ててどうした?」

「オービット様、ついに手に入れました!」


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