第5話 ゲームの失敗

『あははは! 良かったねぇ! あなたの望み通りになって!!』


 彩乃のあおりを聞いた学年主任の行動は素早かった。


「てめぇ!!」


 激高して校長の襟首を掴み、拳を振り上げる。


 だが――。


「私じゃない! 私はきちんと償うの方を選んでだした!!」


「せぇっ!! てめえが一番怪しいだろうが!! てめえじゃなけりゃあ……」


 校長ではない。


 瞬間的に沸騰した学年主任でもないだろう。


 ならば残っているのはひとりしか居ない。


「ない……なら……」


「…………」


 ゆっくりと、視線が残るひとり――教頭の方へと集まる。


「ふっ……くはっ」


 ふたりの目線の先では、教頭が口の端を吊り上げ、腹を抱えて嘲笑う。


 愉しくて、嬉しくて仕方がないというように、感情を爆発させた。


「ははははははっ!」


「福田先生……まさか……」


『ぴんぽ~ん。裏切ったのは教頭である福田先生でした。彼ひとりだけが責任からの逃亡を選んだので――』


 学年主任と校長のふたりは死ぬ。


「ふざけるなぁぁぁぁっ!!」


 教頭の頬に勢いよく拳が叩きつけられる。


 その衝撃はすさまじく、細身とはいえ大の大人が2、3メートルは吹き飛ばされるほどであった。


 なのに、


「あはっくくく……ハハハハっ!」


 笑い声は止まらない。


 狂ったように垂れ流され続ける。


「なんでこんなことをしたぁっ!!」


 だが校長の詰問を受けた瞬間、哄笑がピタリと止んだ。


「なんで?」


 教頭が幽鬼のごとく、ゆらりと立ち上がる。


 彼の瞳には愉悦の色は既になく、代わりに怒りの炎が宿っていた。


「なんでか分からないんですか!? 自覚すらしていないんですか!?」


「はぁ!?」


 心底わからないと、校長が首をかしげる。


 しかし、その無神経さこそが答えであろう。


「それですよ、それ! あなたは悪いとすら思っていないんです! 先ほど私に何と言いましたか!?」


 傷を与えた者は、そのことを自覚していないことが往々にして存在する。


 校長は教頭をいい様に使い倒し、責任だけ負わせて評価は自分の物としていた。


 しかも、それが当然と考え、気に入らないことがあれば先ほどのように昇進を邪魔すると度々脅して従わせてきたのだ。


 恨まれて当然。この結末に至るのは必定と言えた。


「――校長はまだしも俺だって居るんだよ。アンタの復讐に巻き込むな!!」


「あなたも自覚がないんですか! あなたの行動だって迷惑だったんですよ!!」


 そもそもこんなことになったのは学年主任がきちんと対策を取らなかったからだ。


 そしてそういうことは今までよくあった。


 問題にならなかったのは運が良かっただけ。


 教頭が色々なところに頭を下げて回ったからなのだ。


「ふたりとも居なくなってせいせいする! ああ、居なくなって当然の存在ですよ!!」


 教頭が罪からの逃亡を選んだのは、自殺した古賀優乃に対する責任感を持っていないからではない。


 むしろ3人の中では一番罪に思っていたといっても過言ではなかった。


 しかし、罪の意識などよりも、校長と学年主任のふたりに対する殺意の方が上回ったのだ。


 結果、教頭は悪魔に魂を売り渡し、ふたりの死こそを願ったのであった。


「おまえぇぇぇっ!!」


「どんだけ性根が腐ってやがるんだっ!」


「アハハハハッ! ざまあみろっ! 死ね、死んでしまえ!! アハハハハッ!!」


 再びけたたましい笑い声をあげる教頭に、学年主任と校長が殴りかかる。


 三人の男たちはひと塊になってもみ合い、醜く罵倒し合う。


 それでも未来は変わらないことを知っている教頭は、暴力を浴びせられながらも嬉々として哂い続けた。


『ところで今あなたたちのこと殺せないんだよね~。だって、首輪を爆発させるためのリモコンをその部屋に置き忘れて来ちゃったから』


 そう、彩乃が不吉なことを言いだすまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る