第3話 不可能な選択肢
「私は……!」
『さっきの会話は全部録音してある。それでもまだグダグダ言うつもり?』
お前が悪いと互いの罪を暴き合った結果、本来は表に出ることはない裏事情なども多数暴露されてしまった。
どんな組織であっても多少の本音の建前があるが、それが表ざたになってしまえば炎上は必至である。
いじめ自殺という問題が出て来た直後に起こるそれは、彼らの人生に致命的な汚点を残すことだろう。
「私じゃ……そうだっ! 担任の佐竹先生が――」
『それはもう殺した』
生徒が自殺をしたのだ。
最も管理責任を負うべきなのは担任に決まっている。
この場にそんな重要人物が居ない理由は……決まっていた。
『本当はあなたたち全員を殺したくて仕方がないんだよ。それでも一度だけチャンスを与えてやってるんだ』
「~~~~っ!」
『さあ、今すぐに、自分の未来を決めろ』
これ以上は何を言っても無駄だ。
容赦なく、ためらいなく、殺される。
逃げ場はもはや存在しない。
最終宣告が為され、ようやくそれを理解した男たちは口を閉ざさるを得なかった。
「わ、私は……!!」
だからだろう。
一番初めに取り乱した生徒指導の教師――
口は横一文字に引きしばられ、額には大粒の冷や汗がいくつも浮き出す。
固く握りしめられた手は、血の気を失って真っ白になっていた。
「私は関係ないっ!!」
「あっ」
「善見先生、何をっ!!」
善見は身を翻すと校長の愛用しているデスクを這って乗り越え、窓にかじりつく。
見苦しくあがく善見の背中を、残りの三人はじっと見守ることしかしなかった。
「わたしは……わたしは……!」
簡単な造りの錠を開けるのに二度三度と失敗する。
『……逃げるんだ』
「私はこの問題に一切関係ないんだっ」
挑発するような彩乃の声に怒鳴り返すと、窓を開けて身を乗り出した。
瞬間――。
「――あ?」
パンッと、爆竹が破裂するような、運動会で鳴らされるピストルのような、乾いた破裂音が鳴り響く。
遅れて善見の体が傾いでいき、頭から外へと落ちていった。
後に残ったのは、虚しく開いたからっぽの窓だけ。
その先にはいつもと同じ風景と陽だまりがあった。
「な、なに……が……?」
教頭がごくりと喉を鳴らして虚空を見つめる。
「そ、それは……」
「…………」
学年主任にはもう答えが出ていた。
いや、遺された三人全員が正しく理解していた。
ただ、言葉にできなかったのだ。
言ってしまえば、死が形となって自分たちの上に降りかかるかもしれないと思ったから。
『ああ、言うのを忘れてたんだけど校舎の外に出ても爆発するから。その首輪』
「そんな大事なことをあなたはっ!!」
『それは、教えてもらわなかったらあなたも逃げ出したかもしれないっていうこと?』
校長の激発を、しかし彩乃は一言で抑え込んだ。
『知っていても知らなくても、あなたたちのすることは変わらない』
他人を犠牲にして逃げるか。
全員が逃げて罰されるか。
それとも、向き合うか。
『あと、10分』
容赦のない彩乃の声が、再び校長室を凍てつかせた。
「あ……な……か……」
「…………」
「………………」
三人の男たちは視線だけで互いを牽制し合う。
先ほどまでいがみ合っていた者同士、素直に協力を申し出ることは出来なかった。
しかし、目の前に突きつけられた逃れられない死を前にして、やるべきことはひとつしかない。
それを誰もが痛いほど理解していた。
『あと9分』
「――ひっ」
冷酷に時間が刻まれる。
待っていても訪れるのは死だ。
その現実が背中を押した。
まず初めに口を開いたのは役職柄、開始の合図を告げることの多い教頭であったのは身に沁みついた
「ぜ、全員が命を賭して償うことを選ぶ……でいいですね」
「それは、も、もちろん」
声を震わせつつも学年主任に異論はない。
後の人生がふいになろうと、とりあえず命がある。
生きてさえいればなんとかなるだろうと、そう考えていた。
「……校長」
残るは校長のみだったが、彼は首を縦には振らなかった。
戸惑いがちに視線を窓へと向ける。
「ひ、ひとり犠牲になれば他は助かるのだろう?」
「アンタはまだそんなことを……!!」
「違うっ! し、死んだ善見先生に、犠牲になってもらえれば丸く収まるとは思わないか?」
「あ……」
生きている者ならいざ知らず、既に死んでいるのならば文句も出ない。
確かにそれが出来るのならば最適解ではあった。
全員の視線が窓へと集まる。
誰も責任を取らず、誰も死ななくていい都合のよい選択肢。
善見のカードを使って逃れる、という解決法がすぐそこにあるのだ。
ならば――。
『要望もあったし今度は先に言っといてあげる。外に出たら首輪が爆発しちゃうけどいいの?』
「――え?」
善見は窓を乗り越えた瞬間に首輪が爆発してしまった。
なので今現在彼の体は窓の外にある。
当然、彼の所持していたカードを回収するためにはどうしても校舎の外に出なければならならないのだが、それは男三人たちにとって死を意味していた。
「ぐ、ぬぅ」
「だめか……」
「ほ、他にはないか! 他には……!」
額を寄せあって考えたところで見つかるわけもない。
「だ、誰か犠牲になってもいいヤツは居ないか!?」
「バカかアンタは! 居る訳ないってさっきも言っただろうが!」
「そんなの! 私は死ぬのなんて嫌ですよ!」
『8分』
望みが絶たれて再び混迷へと転落する三人に、しかし彩乃は容赦なく残り時間を告げた。
「どうする!? どうすれば!?」
「全員が謝罪すれば助かるんじゃないのか!? そうだ、そうし――」
『7分』
「なんで短くなっているんだ! そんなの――」
『6分』
「また!!」
謝罪ですむタイミングは既に過ぎ去った。
真っ先に金をちらつかせ、交渉を始めた時から争うしかなかった。
「いい加減黙れよ! アンタがあり得ないことを言うからに決まってんだろうが!!」
今もまだ償う道を選ばずグダグダと逃げ道を探す見苦しい姿をさらし続ける以上、彩乃の逆鱗に触れ続けているに等しい。
むしろすぐにでも起爆されない方が不思議なくらいだった。
「今すぐ全員でカードに印を付けましょう」
教頭がポケットからカードを取り出して全員が見えるような位置でかざす。
カードには『命を賭して償う』との文言が書かれており、その下には銀色のスクラッチインクで円が描かれていた。
「全員で、一緒にすれば誰もだしぬけ――」
ないはず。
そう教頭が提案しきる前に、
『5分』
残り時間が更に短くなった。
「な、なんで……! 私はなにもしていないはずだ!」
『言ったはずだけど。他の人には、見せずに、提出する』
「そんな……」
『O・K?』
教頭が全員一緒に印をつけようとしたのは、正しい。
相手を信用していないことになるが、誰がどう見ても正しい判断だった。
なぜなら、誰かが犠牲になってくれるというのに、馬鹿正直に罪を背負うことはないからだ。
自分以外の誰かが命をもって償ってくれて、自分は一切の責任を果たさないで居られるのだからやらない方が馬鹿なくらいだ。
「そんなの、不可能に決まってるじゃないですか……」
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