最後の魔法
Miya
第1話
「レイラ、そろそろ中に入りましょう」
夕焼け空にサラの赤い髪がより一層赤く染まっている。庭の隅にしゃがみ込んでいたレイラが青い目をキラキラさせながら駆けてくる。その後ろから黒猫がついてきた。
「お母さん! 見て!」
レイラはサラに花びらの細いオレンジの花束を差し出した。
「あら。きれいなお花ね」
サラが花束を受け取り、家の戸に手をかけた。強い風が吹いて、空が暗くなる。サラとレイラに続いて黒猫も家の中に入っていく。
小屋の外は嵐が来ていて、ガタガタと戸が音を立てている。テーブルの脇で黒猫がミルクを飲んでいる。サラが黒猫に顔を近づける。目が合う。黒猫の黒い目がきらりと光った。優しく撫で、口元に手を当てた。だらっとしていた尻尾をピンと張って、何処かへ行ってしまった。
テーブルの上には、野菜の煮込みスープ、照り焼きチキン、活けた花束が置いてある。レイラはチキンにかぶりつき、サラは静かにスープを飲んでいた。静かだった部屋にドンドンという戸を叩く音が響いた。
「何かしら、風の音じゃないみたいね」
「お客さん!?」
嬉しそうに目を輝かせるレイラ。
「まさか。こんな天気の日に」
サラは扉を少し開けた。びしょ濡れの男の子が雨風と共に中に倒れ込んできた。
「まあ大変」
男の子はそのまま気を失ってしまった。
男の子は目を覚ますと、ストーブの前のソファで毛布をかけて寝ていた。起き上がると、レイラが気づいた。
「あ! 起きたよ!」
サラが洗い物をしながら振り返る。
「あら、レイラ話を聞いてあげて」
サラが言うまでもなく、レイラはリアムの元に向かっていく。
「きれいな黒髪ね〜あなたは誰? どうしてこんな日に外を出歩いているの? 何でここに来たの?」
レイラの勢いに圧倒され、何も言えない。
「ねぇねぇ」
「あ……俺は、リアム。リアム・ムーア。旅の途中で、嵐にあって、道もよく見えないまま進んでいたらここの明かりが見えたんだ」
「へ〜旅してるんだ! 私はここから離れたことないから、羨ましいなぁ〜」
「ずっとここに? 街に降りたことないの?」
「うん。お母さんが街は怖いから行っちゃダメだって。でもお母さんがいるから寂しくないよ! リアムは一人?」
リアムは俯き、「今は、ひとり」と言った。
リアムのお腹がなると同時にトマトスープを持ったサラが来た。
「残り物だけど、よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
スープを受け取る。
「客人用の部屋はないのだけれど、レイラの部屋でいいかしら?」
「いえ! お構いなく。俺はここで」
「おいでよ! 魔法のカーペットあったかいんだよ!」
「魔法?」
リアムの表情が険しくなる。
「さ、今日は早く寝た方がいいわ。疲れているでしょう」
サラがリアムに微笑み、レイラを少し睨む。苦笑いでごまかすレイラ。その様子を見ながらトマトスープをすするリアム。
「あちっ」
レイラがベッドに、リアムがカーペットの上で寝袋に寝ている。
「あったかいでしょ」
ベッドから乗り出してくるレイラ。
「うん……あったかい」
微笑んでベッドに戻る。
リアムがレイラの方へ寝返りを打つ。
「ねえ。さっき、魔法って」
「あ〜。本当はね。内緒なの」
レイラがまた乗り出してくる。
「でもね! お母さん、すごい魔法使えるんだよ。傷を治したり、動物を操っちゃったり!」
「じゃあ、君もその魔法を使えるの?」
「ううん。お母さんはお母さんだけど、本当のお母さんじゃないから。魔法は使えない」
「やっぱり、本当だったんだ……」
起き上がるリアム。
「逃げようレイラ」
「え? 何から?」
「君のお母さん、いや、君を育てていつか食べようとしている恐ろしい魔女から」
レイラには何を言っているのか分からず、ぽかんとしてしまった。それからクスクスと笑いがこみ上げてきた。
「お母さんが、私を食べる? ありえないよ。動物の肉だって食べられないんだよ?」
「魔女は人の肉しか食べないって聞いたことがある。50年に一度、人の肉を食べて、また50年生きるんだ」
リアムは至って真剣だ。
「だとしても、お母さんがそんなことするなんて想像つかないよ」
「飢餓状態になった魔女は自我を失うんだ。何も分からなくなっちゃうんだよ」
「嘘だ〜もう寝よ。おやすみ!」
「レイラ……ほんとなんだってば……」
話を聞かないレイラの説得を諦め、リアムも寝転んだ。
外の嵐の音だけが室内に響いた。
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