第148話
『茜……』
――ほーくん?
真っ白な世界の中で、彼が私の前で立っている。それ以外には何も見えなくて、ただ真っ白な世界がずっと続いている。何も無い虚空ではなく、全てが真っ白に染められてしまったような世界。
『……』
――何?ほーくん、聞こえないよ。
彼が何かを言っている。けど口は動いていても、声が私に届かなくなった。少し離れている事もあって、読唇術だって使う事が出来ない。
何も伝わって来ないまま、彼は少し微笑んだような表情を見せて手を中空に動かす。そして指先がこちらを向けられ、手皿にした手の平に彼は息を吹いた。
――炎が、私の方に。温かい
『……』
「っ!?」
ドクンと大きく脈が跳ねた時には、私の周囲を炎が蛇のように蠢いている。それはやがて複数となり、私の事を優しく包み込もうとしている。
だがそれに意識を向く事は無いだろう。何故なら、彼の姿が徐々に薄くなって行くからだ。まるで、そのまま消滅してしまうのではないかと錯覚してしまう程に。
薄く……そして消えて逝く。
――待って!ほーくんっ、駄目!逝かないで!!!
『……』
私が手を伸ばすと、彼は微笑んでいる。だが駆け出しても、近付こうとしても、その距離が縮む事は無い。それどころか、徐々に私の意識もその世界から除外されていく。
――
私は必死になって手を伸ばし続け、やがて辿り着くその直前で……――
――私は、現実へと引き戻された。
「こ、ここは……?」
「起きたっスか。茜さん」
「は、ハヤテ……さん?」
「はい、ハヤテっス。そしてここは、鬼組の屋敷の客間っス」
周囲を観察すると、そこは確かに彼が暮らしていた屋敷の景色だった。だが夢で見ていた風景が何故か脳裏から離れず、私は視界を霞ませる。
「うっ……っっ」
「ど、どうしたっスか!?俺、何か失礼な事したっスか?」
「ち、違うのっ!……夢でほーくんが遠くて……手が届かなくて、それで……っっ」
「落ち着いて下さいっス。ん?茜さん、今アニキの事……なんて?」
「え、だからほーくんがっ!……ほーくんが、あれ、記憶が……全部戻ってる」
私は自分の記憶が正常になっていて、内側に向けても自分の姿が見えなくなっていた。人間としての私の姿はなく、けど人間としてと妖怪としての両方の記憶が存在している。
そう思った瞬間、私はハッとして身を乗り出してハヤテに言った。
「は、ハヤテ!!……ほーくんはどこ!!!」
「アニキは……鬼門の向こう側に行って」
「っ!!」
「あ、茜さんっ!?」
ハヤテの言葉を最後まで聞かず、私は部屋から飛び出した。灰色に染まっている空の下で、記憶を辿って最後に彼と言葉を交わした場所へと向かう。
やがて辿り着いた場所には何も無くて、蘭鬼と彼が戦っていた痕跡、蒼鬼と彼が戦っていた痕跡しか無かった。
「……ほーくん」
私の呟いた言葉は虚空に消え、冷たい風がその場を包むように吹く。
「アニキは鬼門の向こう側で、戦いに向かったっスよ」
「私が気を失ってから、どれくらいの時間が経った?」
「ん、えーと、そうっスね」
「早く答えて!!」
「多分、三時間ぐらいっス!!」
「っ……」
その時間を聞いた瞬間、私はその場に力無く膝から崩れ落ちた。鬼門を開いたという気配はあっても、それが再び開かれたという形跡は無い。
それだけ視えただけで、私は冷静さを捨て去ってしまっていた。だってそうだろう。この不安感と私の状態で、全てを理解させられてしまう私が居るのだから。
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