第106話

 ――ドックン、ドックン。


 大きな鼓動が脈を打ち、私の身体が同時に大きく跳ね上がる。


 「っ……」

 

 暖かくて優しい炎に包まれている街中。その中心にある学校の屋上で、私は自分の胸を押さえながら座り込んでいた。彼の姿が視界から消えて、風が頬を撫でて自分の髪が揺れる。

 私は大きく跳ね続ける鼓動を押さえながら、自分の内側なかに居るであろう彼女に話し掛けた。


 「……貴女は、私なんですか?」


 そんな問い掛けをした瞬間、私の視界内で朝と同じ状況になった。だが今度は、瞬きした時には自分の居場所が変わっているように見えた。まるで世界が入れ変わってしまったような感覚に陥りながら、私は真っ白に変わった世界を見渡した。


 『そうだよ。私は貴女で、貴女は私。由良茜であり、もう一人の由良茜だよ』

 「っ……!」


 風が吹き、私の視界全体に花びらが舞い散る。やがてその花びらは一つの場所に集まり、一つの球体が出来上がった。その球体の内側から紅い輝きが差し込んで、私は衝動的に手を伸ばして球体に触れる。

 その瞬間、その球体の中から微笑んだ少女が現れた。真っ赤な髪に鈴を飾り、腰の位置まで伸びている結った髪を揺らす。私の目の前でゆっくりと着地した彼女は、目を細めて私の頬に触れて言った。


 『初めまして、未来の私……私は茜、貴女と同じ名前で由良茜よ』

 「……貴女が、私……?」


 私は彼女の姿を見た瞬間、何処か懐かしさを覚えていた。それと同時に、彼女の持つ雰囲気が初めて彼を見た時と同じ感覚がしたのだ。その瞬間、彼女が彼と同じ土俵に立っているのだと悟った。


 『……本当に記憶をごっそり消したんだぁ、ほーくん。あはは、酷いなぁもう』


 彼女は私の様子を少し観察してから、困ったような顔を浮かべて小さく笑った。彼女の言っている事が見えて来ないが、それでも彼が私に何かしたという事はなんとなく感じた。

 感覚的問題で根拠は無いけれど、そう感じていた事が彼女にも伝わったのだろう。彼女は私の頭に自分の額をくっ付けて、目を閉じて私に告げた。


 『……動かないで?今から私と繋ぐから』

 「繋ぐって、何を?――っ……!?」


 ――ドックンッッ!!!!


 そう告げられた瞬間だった。私の身体が先程よりも大きく、そして鋭く脈を打った。まるで高い場所から地面へと突き落とされたように……。

 そしてそのまま私は、気絶するように意識が途絶えた。夢の世界と呼ばれる記憶が眠る過去行きの列車に乗るように……――


 『「ごめんね。少しだけ身体、返してもらうね」』

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