第八夜「黒騎士・六人衆」

第71話

 ――待ってっ、行かないで!!


 誰かが遠くなって行く。炎に包まれる視界の中で、その誰かは笑みを浮かべて私の伸ばした手よりも遥か遠くへと消えて行く。やがて見えなくなった背中を見届けた後には、視界が霞んでしまって何も見えなくなって目覚めた。


 「……待ってっ!!――はぁ、はぁ、はぁ……」


 手を伸ばしたまま、私は自分の部屋の天井を見つめていた。夢を見たまま、飛び起きたのっていつ振りだろうか。そんな事を思いながら起き上がると、手の甲にポタポタと生温かい何かが落ちる。

 

 「あ、れ……?」


 それは紛れもなく、私自身の目から溢れ出ていた涙だった。確かに懐かしい夢だったと思うけれど、何処に泣く要素があったのかと自問自答を繰り返す。だが答えは出る事はなく、私は下の階から聞こえる親の呼ぶ声に応えた。


 『茜ー!そろそろ起きないと遅刻するわよー!』

 「は、はーい!今行くー!!」


 私は下の階に聞こえる声でそう告げ、布団から出て寝間着から制服へと着替える。そして髪の毛を整える為に鏡を見た瞬間、私はそれに気付いた。そこには紛れも無い自分の姿だと分かるのだが、何処か空気の違う自分が居た。

 長い紅い髪をなびかせて、狐の面を頭に着けて笑みを浮かべる誰かが立っていた。鏡なのにもかかわらず、そこに空間があるような雰囲気で私と視線を交わしている。だがそれは一瞬で、瞬きをした時には元の私に戻っていた。


 「今の……なに……?」


 そんな違和感に疑問を感じたものの、結局親の声に我に返って考える事を放棄する事になった。寝惚けていたと思う事にしたのだろうが、この時の私はその違和感が重要な事だという事に気付けなかった。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


 制服に着替え、学校へと向かった由良茜。だがしかし誰も居ないはずの部屋で、その違和感は再び鏡に現れていた。そこから出る事は出来ず、ただ鏡に手で触れて憂いた表情を浮かべるのみ。

 だが誰も居ない事に気付いたその者は、一人でに呟くように言うのである。


 「会いたいよ……ほーくん……」


 愛した者の名を、消え入りそうな声で――。

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