第64話

 ――私たち、何処かで会った事ありませんか?


 そんな言葉を聞いた瞬間、焔は表情を変えずに動揺していた。

 何故なら、彼女――由良茜の記憶に関して、焔は知っている事があるからだ。だが、人間というのは記憶を消しても完全に消える事はあまり無いと聞く。それは記憶に残って無くても、視覚的に記憶している時もあるからだ。

 

 通常。人間は記憶というのは四段階の仕組みによって、働き・活動を繰り返している。それは銘記・保存・再生・再認という機能が存在するのだ。

 記憶した物に名前を付け『銘記』し、それを『保存』して、時に思い出す為に『再生』して、その記憶が正しい物かを『再認』するという流れである。

 だが彼女――茜は彼に関する記憶である事を再認した。記憶上にある保存映像から情報を再生し、銘記されていない状態から探ったのだ。

 そして人間は、その朧気に記憶している景色との不一致という違和感に対してこう名称付けている。――デジャヴである。


 「……お前」

 

 何かを思い出したのか、と聞こうとした焔は言葉を飲み込んだ。やがて平常心を装いながら、焔は彼女の顔に視線を向けて言った。


 「――いや、会った事は無いはずだ。他人の空似じゃないのか?」

 「??……うーん、そうなんですかねぇ。(そうなのかなぁ。なんとなく、夢の人に似ているんだけどなぁ)」

 「無駄な時間を費やすと、飯を食う時間を失くすぞ。さっさと教室に戻れ」


 ――ぐぅ~~。


 「え、あぁ、はい。そうします!あはは」

 「ったく……」


 空腹感によって鳴り響いた腹の虫を押さえながら、彼女は屋上を後にして駆けて行く。自分で言った言葉を忘れて、さっさと屋上から離れて昼食を取りに行っている。その背中を見届けながら、焔は溜息を吐いて本を閉じた。


 「はぁ……」

 「彼女、何か違和感を感じ始めたっスね」

 「どうして声を掛けて来なかった?お前は空気なんて読む奴じゃないだろ」

 「どうしてっスか!俺だって、人の空気ぐらいは読めるっスよ!!」

 「……つまりは、わざと出て来なかったんだろ?」

 「うぐ……だ、だってアニキも悩んでたじゃないっスか!本当は茜さんとアニキ、面識があるって!!どうして本当の事を言わなかったんスか?」

 

 オレの隣でフェンスにぶら下がるハヤテは、疑念の込められた視線を向けながらそう問い掛けて来た。別に何も考えてなかった訳じゃないが、言う気が起きなかったというのが本心だろう。


 「言う必要は無い。あいつはあのまま、あっち側で生きればそれで良い」

 「でもアニキ」

 「くどいぞ、ハヤテ」

 「……はぁ、分かったっス。これ以上はもう言わないっスよ」


 そう言いながら、ハヤテは立ち上がる。やがてスッと姿を消し、気配が遠くなって行くのを感じ取った。ハヤテが立っていた場所に、ヒラヒラと左右に揺れながら一枚の紙が落ちてくる。

 オレはそれを手に取り、手元で広げて中身の内容へと視線を向けた。


 『――アニキは少し、彼女と行動を共にして欲しいっスよ。今回も俺らに任せて欲しいっス』

 

 紙にはそう記されており、オレは呆れつつも屋上を後にしたのである。

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