第49話

 ――懐かしい記憶だ。


 ボクが「魅夜」という名前を貰う前の記憶。その記憶を夢で見るキッカケを多分、さっきハヤテと戦う前に見た映像の所為だろう。

 

 「……頭が痛い」


 未だに頭痛が響く。お酒を飲み過ぎて二日酔いになった気分だ。

 ボクは自分の頭を押さえながら、寝転がった身体を起こした。だがその瞬間、眼前にスッと向けられた物体がボクの動きを制したのである。


 「……っ」

 「チビ猫。俺の言葉が分かるなら、右目を瞬き一回するっス」

 「……」


 ボクは言われた通りに瞬きをすると、彼はすぐにボクの眼前から切っ先を向ける事を止めた。先程まで戦っていた彼は、ボクが今居る鬼組の二番目に居る人物だ。

 実力差は歴然。――にもかかわらず、どうしてボクは彼に戦いを挑んだのだろう。その辺りの記憶が曖昧だが、確かに覚えている事がある。


 あの瞬間、ボクは――焔の事を殺そうとしていた。


 「色々言いたい事はあるっスけど……今は着いて来るっス」

 「分かってる。ボクに拒否権は無いし、抵抗する気も無い」

 「ならさっさと着替えるっス」


 彼はそう言ってから襖を閉めた。ボクはすぐに寝間着から着替え、この組に入った時の羽織に袖を通した。初めて袖を通したけれど、サイズも誤差が無い。着心地が抜群という事もあるが、それよりも袖を通した瞬間に驚いた。


 「……(重い。この羽織を身に纏う資格は、ボクには無い)」


 袖を通したが、ボクはそう思って羽織を脱いで畳んだ。そして羽織を身に纏わないまま、肌着に近い白装束に身を包んで部屋から出る事にした。


 「羽織を着なかったのか」

 「着ない。ボクにその資格は無いから」

 「……それを決めるのは俺じゃない。それを含め、直接アニキから聞くんスね」

 「うん……」


 肩を竦めながら彼は廊下を進み、ボクはその後ろを着いて行く。これから向かう場所は、焔を含めて組の皆が集まって会議を行う場所『大広間』だ。そこで決まるのは恐らくただ一つ。


 ――ボクという存在の処分について、しか無いだろう。


 未遂とはいえ、組のトップを殺そうとしたのだ。今回は目の前に居る彼が防いだけれど、今後に防げるかは分からない以上に野放しをする訳にはいかない。

 

 「アニキ、魅夜を連れて来ました」


 襖の前でそう声を掛ける彼の言葉には、いつもの軽薄けいはくそうな空気が一瞬で消えた。組の二番目となれば、ボクの立場は彼の直属の部下のようなものだ。彼なりのけじめなのかもしれない。

 ボクの犯した罪を、責任を取るつもりで居る可能性も無くは無い。だがしかしこれ以上、彼らに甘えるのはお門違いだ。


 「あぁ、入れ」


 その声と共に襖が開かれると、ボクは息を呑んだ。そこには鬼組幹部を含め、鬼組を中心とした協力関係である妖怪たちの姿もある。ボク一人を処分する為だけとはいえ、ここまで集まるのかと思考が停止した。


 「ご苦労だったな、ハヤテ。――魅夜、オレの前に来い」

 「っ……はい」


 ボクはそう返事しながら、大広間の奥に座る焔の前に向かうのであった――。

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