06 色々とおかしい王子
しばらく流浪の民の拠点の隅で考え事をしたクランは、どこかへ足を向けていく。
なまぬるい風がさあっと吹いて、小さな砂が舞い上がった。
顔にあたるそれに目を細めながら、あたしはクランの話を聞いていた。
「あのおばあさん、少し様子が変だったね」
そこ言葉にあたしは首をかしげざるをえない。
「そうか? 別に普通に見えたけどな」
「あの人は、何の目的もなく、人の輪から外れたんだ」
「そんなの、あたしらみたいなよそ者が珍しかったからじゃねーのか?」
「そうだとしても、そういった場合、僕達を見ているはずなんだけど。あの人は違ったんだ」
そんな細かい所、よく見ていたな。
記憶の中にある先ほどの中年女性の姿を掘り起こしてみるが、クランが抱いているような懸念材料は見つからなかった。
「彼女は僕達が来る前にわずかに体をこわばらせた、とくに怖い話をしていたわけじゃない。普通に会話していたはずなのに。それに僕達を見た時に全身を見回したんだ。ほんの一瞬だったけど」
「そんなとこまで……」
それなりの場数をふんできたと思っていたあたしは、そんなところを見ない。
それは暑さのせいや、流浪の民の気質のせいもあっただろうけど。
(まだまだ、どっぷり闇につかったわけじゃねーって事かよ。嬉しいやら複雑だ)
微妙な心境にならざるをえない。
けれど仕事として、あたしは言わなければならない。
「本気で怪しいと思ってんのか? あたしは曲りなりにも裏の仕事をしてんだ。あやしい人間の見分けは、それなりにつくつもりだ」
誰が言ってんだって話だけど、そう言わないと立場がないだろ?
それに、こんな大事な状況で思い込みで失敗したら、色々問題だろうし。
「悪人を悪人と見分けやすいのは、相手がてが罪悪感を抱いていたり、悪事を働いていると自覚している人間の事だ。開き直っている人間や、そうと思っていない相手には難しいだろうね」
「……」
言われた言葉に口を閉ざさざるを得ない。
ただしへの字で、だが。
どれだけ底があるのか知らないけれど、あたしがいた部分はほんの表層なんだろう。
同業者を見抜く目は持っているつもりだけど、逆に言うとそれは自分と同じ程度の人間しか分からないと言う事。
心の底から悪人として行動しているやつや、そうと思っていないやつ。どっぷりしすぎて何度も悪事を働いている人間は分からないのかもしれない。
プロとしてのプライドがあるが、そこで無駄に自分の意見を押し通しても意味がない事ぐらい分かっていた。
眉間にしわが寄るのを感じながら、クランに話しかける。
「要するに、敵はプロ中のプロってわけか。っつってもにわかには信じがたい感じだけどな」
「だから、僕一人でやろうとしたんだけどね」
いや、そこは普通逆だろ。
何回あたしにつっこませんだよ。
そんな事いうんだったら、そもそもなんであたしつれてきた。
(まさか玩具がほしかったとか、話し相手がほしかったとかそう言わねーよな)
クランなら言いそうで少し怖い。
そんな会話をしている間に、目的の場所についたようだ。
そこは、表向きは普通のテントに見える。
中から和やかな話声が聞こえてくるし、雰囲気も普通だ。
だが……。
あたしは警戒しながら、獲物に手をかける。
今回の仕事用に選んで持ってきた短剣だ。
「で? こっからの段取りは?」
「手早くスマートに、かな」
「気が早いこって」
言うが否や、目配せをしてテントの中へ入る。
和やかな会話をしていたらしき中の人物。
内部にいる人間は、二人、だ。
男性が、こちらに気が付いてちかよってきた。
「旅人の方で……」
そして、クランに話しかけようとしたが、あたしが剣を向けて相手の喉に突きつける。
「ちっ」
すると、そいつは舌打ち。
身動きしようとしたから「動くな!」と、刃先を喉に数ミリほど押し込んだ。
それで、目の前の男の行動は抑える事ができたが。
「調子に乗るな! 外の人間が!」
もう一人の男が、テントの中にあった荷物箱にかけよった。
「君達には、武器も爆発物も手には取らせない」
しかしクランがその男の足に剣を投げつけて、転倒させる。
そして、足に剣がささった男を、クランが組み伏せた。
「さて、色々と話をしてもらおうかな。重要な血管は傷つけていないから、時間はたっぷりとる事ができる」
組み伏せられた男は「話が違う! こいつ王子の偽物か!」と悪態を吐く。
(いや、残念ながら本物だよ……)
普通王子は、そんな事しないが。
(残念ながらこの王子はするぞ)
その点に関しては敵なのに、相手の気持ちが心底理解できた。
こいつ色々とおかしいんだよな。
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