第3話 さらば、陰鬱な日々 3
「やってもらおうかしら?」
今日はちょっとだけ懐が温かい。
そんなおとぎ話が本当のわけがないと思うけれど、それでも夢見てしまう。いつか素敵な誰かがあの家から自分を連れ出してくれるのではないかと。
そう。カトリーンもそんな夢見る乙女の一人だったのだ。
「それで」
昼間にもかかわらず、閉めきられた雨戸のせいで部屋には殆ど光が射し込んでいない。蝋燭の炎が揺らめき、天井に不気味な影を作り出している。
そんな中、じっと老婆の様子を見守っていたカトリーンは待ちきれない様子で身を乗り出した。
「どうですか? 見えましたか?」
鑑定前は透明だった魔法水晶は淡い青色の光を放ち、薄暗かった部屋全体にキラキラと無数の煌めきが舞っている。魔力を帯びた大気中の粒子が、魔法水晶の力に反応して輝いていているのだ。
「そうだねぇ」
水晶に手をかざしたまま黙り込んでいた老婆は、ゆっくりと顔を上げる。
そして、ビー玉のような灰色の瞳でカトリーンを見つめた。
「東だね。あんたのお相手には、東に行けば会える」
「……東?」
カトリーンは口を半開きにしたまま、老婆を見返した。
東? 東と言っても、対象範囲が広すぎる。
東のどこに行けばいいのだろう?
「他に何か手掛かりはないんですか?」
「見えたのは玉座に座る漆黒の鎧に身を包んだ男。あとは、異国の町並み……」
「漆黒の鎧? 異国。…………。それってもしかしてっ!」
カトリーンは息を呑む。
それはもしかして、遠い異国の地──ハイランダ帝国ではなかろうか。
つい一年ほど前、カトリーンの住むサジャール国の王女──リリアナ姫がこれまで国交もなかったような遠い異国の地、ハイランダ帝国の皇帝に嫁いだ。その嫁ぎ先の皇帝が漆黒の鎧に身を包んでいるとして有名なのだ。
王女殿下のご成婚お祝いの姿絵がハイランダ帝国からサジャール国に運ばれてきたとき、市中にも大量にそれらが出回った。カトリーンも何枚か町で見かけたが、どの姿絵を見ても輝かんばかりの笑顔を見せる美女と、頭から足元まで漆黒の鎧ですっぽりと身を包んだ男が描かれていた。
それに──、ハイランダ帝国は場所もここから見ると、東だ。それも老婆の予言と一致する。
「あとは、ワイバーンに乗っている景色が見えたよ」
「ワイバーンに乗っているってことは、貴族か魔導士かしら?」
カトリーンは顎に手を当てて首を傾げるが、老婆は「さあね」と素っ気なく言い放つ。
ワイバーンとはカトリーンの家にもいる、サジャール国の貴族や金持ち、魔導士が乗り物として使う生き物だ。
でもそこで、ちょっと待てよと思った。
王女殿下のご成婚以降、サジャール国からは複数の魔導士達が交代でハイランダ帝国に派遣されている。
その人達から聞いたという話を大きな声で義母とヘンドリーナが話しているのを、カトリーンも耳にしたことがある。たしか、ハイランダ帝国の人々はワイバーンに乗らないらしいと聞いたのだ。
「どういうことかしら?」
ぐるぐると頭を回転させていたカトリーンは、一つの結論に至る。
「なるほど。そういうことね」
これは、異国に魔導師として派遣されている青年と、同郷の娘が知り合い、二人が力を合せて困難(どんな困難かは知らないけど、たぶん困難!)に立ち向かい、その愛を深めるというシナリオに違いない。
乗り越える障害が大きければ大きいほど、愛は深まるものだ。
そう言えば今朝、ハイランダ帝国で増えてきたワイバーンに対応するため、お世話係を募集しているという広告が新聞に載っているのを見かけた。
小さい頃から使用人扱いされて自宅の動物やワイバーンの世話をしてきたから、それには自信がある。
なんという渡りに船! これはもう、行くしかない!
あの家にそんなに未練もないし。
「わかったわ! 私、ハイランダ帝国に行きます!」
拳を握ったカトリーンは声高らかに叫ぶ。
窓を開け放つと広がる空には、隊列を組んだワイバーンが飛んでいるのが見えた。もしかしたら、あの人達は今からハイランダ帝国に行くのかもしれない。ということは、あの中に運命の人がいるかもしれない。
待っていて、運命のダーリン!
カトリーンは胸の前で指を絡ませて両手を組む。
「あのね、ハイランダ帝国かどうかまでは、お告げで見えていないよ」
「そうに決まっているわ! 早速、父に伝えないと」
老婆が呆れたように呟くが、聞いちゃいない。
そう、カトリーンはなにせ、恋に恋する少女、夢見る乙女だったのだ。
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