第14話 抱いてください

 中堂の不安とは対象的に、生活そのものはリズムができつつあった。何もない時は、中堂が何かしらを作り、残り物がたくさんある時には小田桐が組み合わせの献立を考える。残り物は小田桐の弁当に。休みの前の日と、連休中日の日中は同じベッドに入る。


 徐々に、小田桐の方もこの関係に慣れてきたのか、彼の方が主導権を握ることも増えてきた。互いに相手の気持ち良いことを覚え始めている。中堂は自分が感じる快楽のままに腰を振って、そのまま気絶したように寝てしまうこともある。


 この日もそうだった。中堂が小田桐の背中に爪を立てて背中を反らす。小田桐も、少し息を詰めてから、長い息を吐き出した。相手の手が自分の前髪を避けるのを、中堂はぼんやりした頭で認識する。事が終わるといつもこうだ。だから最近では、これをされると、緩やかに現実へ意識が戻ってくる。

「聞いても良いですか?」

 隣で横になった小田桐が、中堂を抱き寄せながら言う。

「……なにをですか……」

 余韻に浸っているのに。怪訝そうに尋ねると、小田桐もまたどこか気の抜けたような表情で、中堂の頬を撫でながら、

「本当に気持ち良いんですか?」

「は……?」

 今更そんなことを?

「いまさら……だいたい、わたしがきみにそんなきをつかう、りゆうなんてないでしょうが……」

 今にも眠りそうな意識の中で辛うじてそれだけ言い返す。

「いや、そうじゃなくて、その、そこに挿れられるのって、気持ち良いのかなって……」

「ああ……そういうこと……」

 確かに、それは気になるだろう。中堂も神谷に初めてそれを言われた時は絶句したし、最初の内は全然気持ち良くなんかなかった。

「いいですよ、こんど、だいてあげますよ……」

 半ば、売り言葉に買い言葉で言い捨てて、中堂は今度こそ眠りに落ちた。


 小田桐を抱くというのは比較的現実的な話だった。体格で言えば中堂の方が勝っているのである。問題は、中堂の「その気」がずっと続くかどうかだ。

「やっぱり抱かれる方が良いです。抱いてください」

 と、言ってしまう自分の姿が想像できた。

 目が覚めて、まだ寝こけている小田桐の身体に触る。試しに、自分が抱く側と想定して覆い被さってみるが、違和感しかない。

「もう一押し欲しいですねぇ」

 すやすやと眠っている小田桐の顔。髭が伸びてきている。このざらりとした頬を掌で触るのが好きだ。撫でている内に、親指が柔らかいけれど乾いた唇に触れた。表皮が少し剥けてしまっている。何気なく、その端を親指で撫で付けたりしていると、小田桐が目を覚ます。

「なかどうさん……」

「おはようございます、小田桐くん」

 まだ寝ぼけているらしい小田桐は、中堂が覆い被さっているので、事が終わってすぐだとでも勘違いしたらしい。中堂の胸を掌で撫でる。鎖骨の辺りからお腹まで、そして腰に手を回した。

「もう朝ですよ。起きましょう」

「もうちょっと……」

「じゃ、私朝ご飯の準備しますから、できたらまた呼びます」

「んん……なかどうさんも、もうちょっといてください……」

「は?」

 とりあえず、上を取っている体勢が辛くなってきたので、横に寝そべる。

「どうしました? 具合でも悪いんですか?」

「悪くないですけど、もうちょっと……」

 胸にするりと入ると、そのまま脇の下から背中に手を回す。肩口に頬をくっつけた。

「あと五分……」

「あと五分って、君、私は母親じゃあないんですから」

 と、言いつつ、中堂も振り切れない。結局、五分では済まなさそうな寝息を立てる小田桐に、しばらく抱きつかれたままベッドで過ごした。

 自分にぺったり貼り付く小田桐のつむじに顔を埋める。薄れ始めたシャンプーの匂いと、彼自身の頭皮の匂いがした。重たい皮脂の匂い。すん、と鼻を鳴らすと、くすぐったいのか、小田桐がゆるゆると頭を振る。

「ふふ」

 笑ってしまった。何故笑ってしまったのかは、自分でもわからない。

 知らず、その背中を抱いていた。


 何だか、今日は小田桐がやたらと甘えてくる。コーヒーを淹れる後ろにくっついて肩越しに覗き込んでくるし、やたらと距離が近いし。

「何ですか。刷り込みのされた雛ですか?」

「いえ、なんとなく」

「邪魔なので座っててください」

「わかりました」

 コーヒーを二人分、カップに入れて持って行くと、小田桐はちらちらとこちらを見ている。何か言いたそうな……いや、言われたそうな感じだ。

「何ですか言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃいよ」

「昨日、寝る前」

「はい」

「抱いてくれるって、あれ本気ですか?」

「本気にしましたか」

 こう言う切り返しが咄嗟に出てくるところが自分の悪いところだと中堂は自覚している。自覚しているが、これで42年間やってきているので今更変えられない。変えたくても、かんたんには変わらないだろう。

 今朝も考えたように、可能ではある。ただし、回数を重ねないと慣れないものではあるし、自分の忍耐がどの程度保つかということ路もある。理性より忍耐の方が先に尽きそうだ。神谷は忍耐があったと思う。

「少し」

 小田桐はうなずいた。それから首を振って、

「良いんです。ちょっと気になっただけだから」

「そんなことに興味を持つもんじゃありませんよ」

 中堂は少しだけ後ろめたく思いつつも(そして後ろめたく思っている自分に驚いた)、澄ました顔でコーヒーを啜る。

「男の愛人か恋人でも持とうと思っているのでなければね」

 男の愛人か恋人。小田桐がそれを持つと思うと。心が何故だかざわついた。

「でも、予定はないでしょう? ツテでもあるんですか?」

「いえ、全く。中堂さんが飽きるまで、中堂さんだけだと思います。その後はどうかわかりませんけど」

 その後という言葉に腹が立った。この生活が終わった後のことを想像できるのか? 終わらせたい理由でもあるのか? そこまで考えて苛立ちを覚えるが、普通に考えれば、こんな生活さっさと終わらせたいと思うに決まっている。

「安心してください」

 だから、中堂はせせら笑うように返す。

「当分離してあげませんから」

 眉間に皺を寄せた小田桐の顔は、あんまり嫌そうではなくって、そのことに中堂は戸惑った。

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