クビの配達引き受けます #5
カチリと。
「では。僭越ながら、始めさせて頂きましょう」
スイッチが切り替わるように、サンジュの口調が落ち着いた。モード変換と言う事か。モリスは片眉を吊り上げる。
「まず大前提と致しまして、ラティナ家一族の皆々様は、遺伝的な疾患を抱えておられます」
「ほう」
モリスは本格的に感心した。その情報は、一族の中で厳重に秘匿されている筈だからだ。
「症状、その度合い自体は一族の一人一人ごとに異なります。中には幸運にもまったく発症されなかった方も居られた筈です」
背後の壁、モニタが灯る。斜め読む。難しい、ややこしい、けれども見慣れた文面。モリスは察する。これはラティナ家の秘匿カルテデータだ、と。
「発症された場合、初期症状としてまず四肢のどれかの末端が変色します。病状の進行もまた個人ごとにかわりますが、時間を経るごとに例外なく麻痺へと代わる。そして――緩やかな壊死へと至る」
サンジュは眼鏡を押し上げる。
かちゃり。フェイスシールドと眼鏡のフレームがぶつかり、音を立てた。
「そして、モリス様。アナタはラティナ家の歴史を紐解いても、特にその疾患が重篤な方であらせられた」
「そうとも。だがそれだけじゃあない。その遺伝疾患――『ラティナの証』がどれだけ深く刻まれているのか。それが僕達ラティナ家内部の序列を決める、重要なファクターでもあったんだ」
モリスは左手を掲げる。袖をまくる。まっさらな手首。目が細まる。もう戻らない、かつての身体。
「そしてその証が、幸か不幸か、僕には色濃く刻まれていた。発症から僅か半月で、両手足が動かなくなるくらいにね」
モリスは笑う。くつくつと、喉が震える。笑いか、自虐か。
どうあれ、続きをサンジュは引き継ぐ。
「……元来、モリス様の立場はラティナ家において高いものではなかった筈です。ですが、それが『ラティナの証』によって覆ってしまった」
「ク。言葉を選ぶじゃないかAI」
外様。傍流。妾の子。本来であれば見向きもされなかった路傍の石は、しかし下らぬ疾患と派閥の暗闘により、担ぎ出された。出されてしまった。
「折しもラティナ家は先の戦争で、当主とその周りに居た有力者達がごっそり欠けてしまった。立場、統制、自尊心――何もかもがバラバラになりかけた一族を纏めるために、最も解りやすく、かつ強力な旗頭が必要だった訳だ。あのままじゃあ、雲の上から落とされかねなかったからね」
「存じております。就任式典の映像も拝見させて頂きました」
「そうだろうね。だからこうして、あの時の恰好を演算できている訳だ」
モリスはもう一度自分の服を見る。大群衆。大歓声。ハリボテの舞台に立たされた、清潔なピエロの一張羅。
だが、今。
その一張羅すら、モリスには無いのだ。
あるのは、たった二つ。
貧乏貴族時代から従っていた侍従デミヒューマンの遺言と、アーマード・パルクールをどうにか従えさせている空手形。それのみ。
未だ虚構でしかないその二つを、確たるものにするために。
「ああ――それこそ無用な揺さぶりだったな。謝罪しよう。そして、改めて依頼したい」
「はい」
「僕を送り届けて欲しい。ラティナ家の本家へ。大至急でだ」
「解りました。モリス・ラティナ様。ご依頼を承ります。では、こちらにサインを」
電子捺印処理の後、深々と頭を下げる両者。
直後、部屋の外から響く。
「さてさて、露払いはこんなもんかな。ところで、どうして狙われてるんでしたっけ?」
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