ワケあり半分エルフの成長記

高遠まもる

第1章 未成年な半分エルフ成長期

第1話 とんがり帽子は回る

 今日は十歳の誕生日。


 何故かオレは、柔和な笑みを浮かべる見知らぬ男性と、向かい合わせで家の食卓に座っていた。

 両親は男性の後ろに立ちながら、心配そうにオレ達を見つめている。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あれからの七年、オレは両親に違和感を抱かれないように、細心の注意を払いつつも、様々な知識を身に付けていった。


 元冒険者だったという父からは、父が得意にしている弓や短槍の手ほどきと近隣の森で見られる限りの動植物についての講釈を受け、商人の娘だという母からは、この世界で使われている文字の読み書き、世間一般の常識や、様々な物の相場、簡単な計算などについて教わってきた。

 同じ村に暮らす同年代の子供たちと比べても、オレへの両親の教育は、かなり突出したものだったと思う。


 父が現役時代に蓄えた財産が有るため、日々の糧には困らなかった。

 おまけに父の狩猟で得られる獲物や、母が代書業で稼ぐ資金も有る。

 生活に事欠かないからこそなのだろうが、二人ともオレの教育こそが生き甲斐とばかりに、熱心な教師ぶりだった。


 そうして迎えた十歳の誕生日。


 母の説明によると、この世界では十歳になると、自分自身の身体に流れている魔力(オドと言うらしい)と、世界に満ちている魔力(こちらはマナと言うようだ)を結びつけるために『魔通の儀』という儀式を行うのだとか。


 この儀式は、魔法を使える者なら誰でも執り行える儀式で、エルフとして精霊魔法の使い手である父はもちろん、一般人に過ぎない母にしても生活魔法を使える以上は、一応可能な儀式らしい。

 なのだが、何故か父はわざわざ手紙を出してまで、昔パーティを組んでいたという、ゲームなどで見るような魔術師そのまんまの格好をした、三十前後の男性――アステールさん――を、この日に合わせて呼び寄せていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「じゃあ、カインズくん。早速だけど始めちゃうよー?」


「はい、アステールさん。よろしくお願いします」


 アステールさんは小さく頷くと、おもむろにオレの額に左手をかざし、そのまま右手に持った杖の先端を、ゆったりとした動作で中空で回し始める。


「杖の先から目をそらしてはいけないよー。何かしら見えたら声を掛けてねー?」


 アステールさんに言われるまま、オレは微動だにせず杖の先を凝視する。

 すると、体感で1分もしないうちに、ぼんやりと杖の先端に光が灯るのが見えた。



「アステールさん! 光が見えます!」


「お、了解。すごい、すごい! とんでもなく、早いねー」


アステールさんは、少し驚いた表情ながらも慌てずに、オレの額にかざした左手をゆっくりと離していく。


そのまま今度は右手に持った光る杖の先端を、オレの額に向ける。


「あと少しで終わるから……そのまま杖の先を良く見ててねー?」


 ……すると、杖の先端に灯った光が明滅し、紫の眩い光が灯ったかと思うと、今度は青・赤・黄・白・黒の順に、その色を変えて点滅しながら淡く光る。

 長い間、何度も点滅を繰り返した後、最後に、どの色よりも強く緑の光が立ち昇り……唐突に全ての光が掻き消えた。


「うん、どうやら終わったようだね。カインズくん、今度はどういう風に見えてたかなー?」


 やや動揺しながらではあったものの、オレは今見たばかりの現象を、アステールさんに説明した。


「へー、そりゃあ珍しいなー。七色……七系統全てに適性有りだなんてねー。上手く鍛えさえすれば、君は司祭にも、精霊使いにも、もちろん魔術師にだってなれちゃうよー。しかも、その年齢の割には、基礎魔力量自体も多すぎるくらいさー」


「良かったわね、カインズ!」


「さすがは、オレの子だ!」


 状況がいまいち呑み込めず、きょとんとしているオレを尻目に、大人達はものすごく興奮している。

 はしゃいだ父に叩かれた右肩が、実はとても痛かったのだが、嬉しそうに抱き合っている両親を見ていると、何だか文句も言いずらい雰囲気だった。

 アステールさんに至っては、何故だか椅子から立ち上がって、声を上げて笑いながら、その場でクルクル回っている始末だ。

 しばらく眺めていると、順々に我に帰った大人達だったが、アステールさんに促されて、みんな一先ずオレを囲んで着席する。


 アステールさんは、小さく咳払いをして、威厳を糺ただすと、先ほどの儀式の内容について説明を始めた。


「まぁ、難しいことは置いておくとして、ざっと話しちゃうからねー? まず、魔法自体への適性だけど…………」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アステールさんの説明を要約すると、体内魔力オドと、自然魔力マナの親和性=魔法行使適性は、1分足らずでマナの光が見えだしたことから、非常に高いことが分かるらしい。

 七色の光についてだが、これは属性相性=適性を持つ属性を示すそうで、それぞれ……


 青が水属性魔法。


 赤が火属性魔法。


 黄が土属性魔法。


 白が風属性魔法。


 黒が闇属性魔法。


 緑が精霊魔法。


 紫が神聖魔法。


 以上の属性に適性があるのかを、見えた光の色が示し、その見え方によって、相性を判断するそうだ。

 オレの場合は精霊魔法、神聖魔法、属性魔法の順に相性が良いとのこと。


 そして最後に基礎魔力量だが、これは今回、オレの儀式親になってくれたアステールさんが、自身が儀式で消費した体内魔力の量から、大体のところを導き出すのだそうだ。


 今回の儀式では、腕利きの魔術師(なんと、この国の宮廷魔術師団の一員らしい!)であるアステールさんの、総魔力の三分の一程度を消費したらしく、これは一般的な十歳児の約20倍ほどにあたる魔力が有ることを示しているのだという。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……と、まあ儀式の内容自体は、こんな感じだけど将来的に、就職とか進学をどうするのかは、ご両親とも良く話してみてねー? もちろんカインズくんが魔術師になるんなら、僕も力になれちゃうよー」


「はい、アステールさん。本当に、ありがとうございます」


「カインズ! オレの子なんだから当然、精霊使いだよな?」


「あら、カインズは私に似て、とっても優しい子だもの。例えばだけど立派な神官様にだって、なれるわよね」


「いやいや、僕としては断然、魔術師をオススメしちゃうけどなー?」


 またもやオレを置き去りにして、騒ぎだした大人達……。


 オレはまだ十歳……当然ながら現時点での人生設計など出来ているハズもなかった。


「ちなみに父さん達は、どうやって将来を決めたの?」


「うーん、エルフというのは、十歳になったら大人と一緒に狩りを始める。十五歳で一人前として扱われ、自分の人生を自分で選ぶのだ。オレは人族の街に出て、冒険者になったわけだが……普通エルフは、一族と共に暮らし、狩人兼一族の戦士として一生を終える」


「私の場合は父が商会を経営してたから、みっちり十五歳まで、父の知り合いの私塾で、読み書き、計算を教わって……商会は兄が継ぐ予定だったから、冒険者ギルドに就職したのよね。でも本来なら商人や職人になる場合は、十五歳を待たずに弟子入りするのが普通かしら」


「僕の場合は、精霊魔法や神聖魔法には適性無かったんだけど、属性魔法は、風、火、土の三属性にけっこうな適性が有ったから、儀式親になってくれた私塾の師匠せんせいが、魔法学院に推薦してくれたんだー。小さい頃は、騎士になりたかったんだけどねー」


「私としては、せっかくの才能だもの。どこか帝都の学校に行かせてあげたいわ」


「精霊使いになるなら、オレがみっちり鍛えてやれるが、帝都で見聞を広めるのは、確かに有用かも知れないな」


「そうね。魔法学院、神学校、冒険者養成所、帝立士官学校、官吏育成学究院……カインズは、どこに行きたいかしら?」


「どこに行くにしても、焦ったところで十二歳からしか入学出来ないんだから、とりあえず二年間はイングラムに精霊使いとしての訓練と狩人としての心得を学ぶと良いと思うよー」


「そうだな、オレはそのつもりだ」


「いざとなったら、商人でも通用するぐらいの知識も、必要よね。カインズは計算が得意だから、スゴく教え甲斐あるのよ」


「まったく……下手な私塾に通わせるより、君らの教えの方が、よっぽど役に立つんだからねー。ま、二年後どこに進学するにしても推薦状は、僕に任せてくれて良いよー?」


「すまない、アステール。世話をかける」


「イングラムは最初っから、そのつもりだったんだよねー? まったく、変わってないなー」


「二人に子供が出来たら儀式親は僕がする、って言ってたのは、アステール君じゃなかったかしら?」


「そうだったっけー? まぁ良いや。カインズ君、なんにしても十歳の誕生日おめでとう。プレゼント、持ってきたから受け取ってねー」


「オレ達からも、取って置きのプレゼントが有るからな!」


「そうね、そろそろ誕生日のお祝いを始めましょうか。お料理、温め直してくるわね。カインズは急いで、お友達を呼んでらっしゃい」


 その日の夕食は両親に加えて、アステールさんや、オレの同年代の子供たちも加えて、お祝いムードの中、いつもとは比べ物にならない、にぎやかなものになったのだった。


 父とアステールさんが酔っ払った勢いで、夜空に魔法を撃ち上げた。


 花火みたいで綺麗だったし、色とりどりの魔法光が闇を照らす光景に、子供たちは大いに喜んでいた。


 突然の異変に何事かと村中が大騒ぎになったり、慌てて飛んで来た村長に、二人とも盛大に叱られたりもしたのだが…………。

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