本宮花梨2

 食事を終えた陽一と花梨は、駅に向かった。


「まだ電車まで時間あるし、ちょっとお茶でもしようか」

「ああ」


 ふたりは駅前にあるカフェの、オープンテラスに席を取った。


「ちょっと、おトイレいってくるね」

「おう」


 ちょうど自分の紅茶を飲み終えていた花梨は、席を立つついでにカップを返却した。


 ひとり残された陽一はコーヒーのおかわりをし、2杯目を楽しむ。


「あれ、?」


 そこへ、彼に声をかける者があった。


「ん、リナちゃん?」


 それは事故に遭ったあと、見舞金を片手に訪れた風俗店で相手をしてもらった、風俗嬢のリナだった。


「ちょっと、プライベートではさやかって呼んでよね」


 本名を藤野ふじのさやかという彼女は、苦笑しながら陽一に歩み寄る。


「ここ、いい?」

「ああ、うん、どうぞ」


 そして彼女は、花梨がいた席に座った。


「お客さん、最近来てくれてなかったよね?」

「まぁいろいろ忙しくてね。また今度いこうか?」

「ぜひぜひー。私はもう辞めちゃうけどね」

「えっ、そうなの?」

「うん。もう若くないしね」


 聞けば彼女は、大学進学後に実家の事業が傾き、学費を稼ぐためにあの店で働き始めたらしい。


「でね、働き始めて気づいたのよ、私このお仕事好きかもって」


 それから彼女は学業よりも仕事のほうにのめり込み、結局大学を中退してしまった。


 以来半ばライフワークのように続けていた仕事だったが、20代も後半を過ぎると、徐々に指名が減ってきた。


一見いちげんさんはどうしても若い娘にいっちゃうよね。常連さんはいまでも指名してくれるけど、なんていうか面倒くさいこと言い出す人が増えちゃって」


 どうやら長くつき合いがあるせいで、仕事とプライベートの区別がつかなくなる客が多くなっているとのことだった。


「そろそろこの仕事も限界かなって思うわけよ」

「なんかいろいろ大変なんだな」


 退職の意思はすでに伝えており、新しい就職先が決まればいつでも辞められる状況らしい。

 ただ、大学中退から現在までの職歴を素直に書くわけにもいかず、そのせいで就活は難航しているようだ。


「貯金はあるからさ、べつに焦る必要もないし、お給料は安くても、こう将来が安泰な感じの職場がいいのよねぇ」

「うーん、いろいろ大変なのはわかったけど、なんで俺に話すわけ?」

「へ?」


 陽一の問いかけに、リナことさやかがきょとんとする。


 たしかに陽一は彼女を気に入り、何度か指名はしたが、だとしても風俗嬢リナにしてみれば、彼は多数いる客のひとりに過ぎないはずだ。

 なのに偶然出会って間もないというのに、気がつけば人生相談のようになってしまっていた。


「なんでだろ?」


 首を傾げて考えるそぶりを見せた彼女は、ふと思いついたように手を打つ。


「そういや私がプライベートでしたお客さんって、あなただけなんだよねー」


 そう言いながら彼女が浮かべた艶のある笑みに、陽一は一瞬ドキリとする。


「お客さんとのセックス、気持ちよかったなー」

「あはは……」


 妖艶な笑みのまま紡がれる言葉に、陽一は少し困ったように笑う。


 リナとのプレイ中にスキルを得た陽一は、【鑑定+】で彼女のを攻めてよがらせた。

 そしてプレイ終了後、リナに請われてホテルへ行き、プライベートでセックスをしたのだった。


「あっ、そうだ! お客さん、いまから時間ある? よかったらこのあと――」

「あら、ダメよ」

「――ぴゃあっ!?」


 自身の言葉を遮るように背後から声をかけられたリナは、妙な声を上げて振り返った。


 そこには、トイレから戻った花梨が立っていた。


「おまたせ」

「おう」

「えっ? ええっ……!?」


 突然現われた女性に戸惑うリナに対し、陽一と花梨はいたって平静だった。


「いや、あの……これは、その……」


 どうやら彼女が陽一の連れであると悟ったリナは、なんとか言い訳をしようとしたものの言葉が出ず、正面に座る陽一に鋭い視線を向ける。


(なんで彼女さんと一緒なのに相席許可したのよ!!)


 と言いたげな表情を浮かべるリナだったが、彼女の視線を受け止めた陽一にその意図は伝わらず、彼はぼんやりした表情のまま軽く首を傾げるにとどまる。


「ごめんなさいね、今日は予定があるから」

「あっ、その、いえ、こちらこそ……」

「またヒマなときにね、声かけてちょうだい。いくらでも貸すから」

「ええっ!?」

「おいおい、人をモノみたいに……」


 いたずらっぽく微笑む花梨と、あいかわらず鷹揚な様子の陽一に、リナはますます混乱を強める。


「あっ、そうだ。彼女いま就活中なんだけど、なんかいい仕事ない?」

「仕事?」

「そう。なんかあれば紹介してあげてくれないか。いい子なんだけど」

「ふぅん、アンタがそう言うんなら間違いないんでしょうけど」


 そう言って花梨は、じっとリナを見つめる。


「はぇ……?」


 いまだ状況が飲み込めないままキャリアウーマンふうの女性に見つめられたリナは、あたふたしながら花梨と陽一とのあいだで視線を泳がせた。


「うーん、あたしの前の職場関係で紹介してもいいけど……」


 そこでリナから視線を外した花梨は、陽一に目を向けた。


「アンタのほうが、もっと強力なコネ持ってるじゃない」

「コネ……? ああっ!」


 そこで思い出したように声を上げた陽一の手に、どこから取りだしたのか1枚の名刺があった。


「よかったらここに連絡してみてよ」

「えっと……」


 リナは差し出された名刺を手に取る。


星川ほしかわグループ……すえきち……って、メイド執事のセバッチャン!?」

「お、知ってたか」

「知ってるわよ、有名人だもの。っていうかセバッチャンと知り合いなの?」


 文也の秘書である瀬場は、メイド執事としてたびたび雑誌やテレビに登場していたので、結構な有名人なのだ。


 文也がカルロに拉致されたあと、瀬場はメディア露出を抑えて秘書の仕事に集中しようとしたようだが、受け入れられなかった。

 カルロが死んだいま、文也に迫る危機といえば一般的な社長のそれと大差はないので、瀬場が秘書、あるいは護衛としてつき従うほどのものでもないからだ。

 それに、念のため文也にはいくつかの魔道具を渡しているので、さして大きな問題はないのだった。


 文也自身が瀬場の活躍を望んでいることもあり、セバッチャンはいまなおお茶の間の人気者なのである。


「まぁ、いろいろあってね」


 そこで陽一が顔を上げると、リナのかたわらに立っていた花梨が腕時計を見て、小さくうなずいた。


「ってわけで、そこに電話して相談してみるといいよ」


 そう言いながら、陽一は席を立つ。


「えっ、いえ、ちょっと、お客さん?」

「じゃ、俺たちはもういくから」

「じゃあねー」


 そうして陽一と花梨は、戸惑うリナを置いて駅のホームへ向かうのだった。

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