第10話 レジスタンスのアミィ
「そうか、よくやった! すぐに向かうから、そのまま保護を頼む!!」
話を終えたエドに連れられ、陽一らはあのあとすぐに南米行きの飛行機に乗った。
プライベートジェットで、隣国へ直接降り立つ予定だ。
そして飛行機が離陸して間もなく、エドのスマートフォンが鳴った。
計器類には影響しない周波数でも使っているのだろう。
彼は気にせず電話に出たのだった。
「シャーロットを無事保護できたようだ」
電話を終えたエドは、陽一らにそう告げた。
「あちらに協力者がいてね。ミスター藤堂も、ありがとう」
「いえ……」
あちらの協力者になんとかシャーロットを保護してもらおうと躍起になっていたエドに、陽一は彼女の現在位置を教えた。
その結果、路地裏で座り込んでいたシャーロットを発見し、保護したとのことだった。
陽一がどのような方法で彼女の位置を特定したかについて、いまのところエドからの追求はない。
「よかった……」
エドの報告を聞いた実里は、涙を流しながら喜んだ。
いまはシャーロットのことで頭がいっぱいで、文也のことはひとまず気にしないことにしたようだ。
ほかの女性陣も安堵していたが、陽一だけは険しい表情を浮かべていた。
「陽一、どうかした?」
「いや、うん……まぁ」
その様子を不審に思った花梨の問いかけに、陽一は曖昧に答える。
それを見て、花梨は眉を下げて苦笑した。
「ま、落ち着いたら話してよ」
陽一はエドの話を聞いてから、ずっとシャーロットを【鑑定】し続けていた。
なので、彼女が危機に陥ったことも、なんとかそれを脱して路地裏に潜んでいたことも知っていた。
そして位置情報を伝えたあと保護されたことについては、エドより先に知っていたのだ。
その陽一が、シャーロット救出の報を受けても表情を崩さないということは、なにか気になることを知ってしまったのだろう。
「ああ、うん……ごめん……」
そんな自分の心情を気遣ってくれた花梨に、陽一はそう返したあと、エドを見る。
「あの、エドさん。協力者っていうのは?」
「我々が支援している組織があってね。簡単に言えばオゥラ・タギーゴへの抵抗勢力かな」
「レジスタンスってやつですか?」
エドの答えを聞いて、陽一は険しい表情のまま首を傾げる。
「なに、心配しなくても信頼の置ける者たちだよ。少なくともあの町ではもっとも安全な場所といっていい」
レジスタンスに不審を抱いていると感じたのか、エドは陽一と、彼の同行者たちを安心させるようにそう言った。
「いえ……その……そう、ですか……それなら、安心かな」
陽一の懸念は別のところにあったが、この場でこれ以上問答を繰り返しても意味はないと思い、エドの言葉に納得するそぶりを見せると、シートのリクライニングを倒して身を預けた。
ここに至っては花梨以外の女性陣も陽一の様子がおかしいことに気づいていたが、彼がなにも言わない以上ここで追求するつもりはないようだ。
(とにかく現地に行って、
そう思い直した陽一は、ゆっくりと目を閉じて深く息を吐き、到着まで眠ることにした。
数時間後、空港に到着した陽一らはエドの用意した自動車に乗り換えた。
国境を越え、陸路でネレクジスタス共和国に入る。
友好国である隣国からということもあり、簡単な身分証の確認だけで問題なく入国できた。
空港を出て1時間ほどで共和国首都に到着し、さらに30分ほどで少し古めのアパートに到着した。
「ここだ」
エドに続いてエントランスに入ると、そこには若者が数名たむろしていた。
「いよぉ、おっさん! ハッピーか?」
「ああ、おかげさまでな」
無遠慮に声をかけてくる青年に、エドは気さくに返す。
「ほう……」
アラーナが、小さく声を漏らした。
声をかけてきた青年を始め、この場にいる若者たちはだらけているように見えるが、彼女の目には彼らがなにかしらの戦闘訓練を積んでおり、自分たちを警戒しているように映った。
陽一もなんとなく、それに気づいていた。
どうやらこの建物がまるごとレジスタンスの拠点になっているようだ。
エドは迷いなく歩き、階段をいくつかのぼってとある部屋の前に立った。
「私だ」
ノックのあとに、呼びかける。
「はいよー」
若い女性の声が聞こえたあと、解錠され、ドアが開けられる。
「おやっさん、久しぶりっす」
エドを迎え入れたのは、年若い女性だった。
クセのある黒い髪をうしろで束ねた、まだあどけなさの残る褐色肌の少女は、エドを見るなり笑顔を浮かべる。
少女はTシャツにキュロットという格好だった。
Tシャツの袖やキュロットの裾から覗く褐色の手足は、若さがにじみ出たように瑞々しい。
少しサイズの大きなTシャツを、成長途中の胸が押し上げていた。
「よくやってくれた、アミィ」
「えへへ」
エドに頭を撫でられ、目を細めて喜んだあと、アミィと呼ばれた少女は、ほどなく陽一らの存在に気づく。
「ん?
「ああ、彼らは私の仲間だ」
「ふーん……」
警戒の目を向けられたトコロテンのメンバーは、全員揃って目を見開いた。
「なんっすか? アタイの顔になんかついてるんっすか」
「アマンダ……?」
実里が思わず呟く。
アミィの声やしゃべり方、そして容姿は、魔人アマンダにそっくりだったのだ。
「なんでアタイの名前を知ってるんっすか? あ、もしかしておやっさんに聞いたんっすか?」
そしてどうやら名前まで同じらしい。
アミィというのは愛称のようだ。
「いや、私は話していないが……まぁ、彼らならそれくらいのことは簡単に調べ上げるだろう」
エドの言葉を聞いた女性陣は揃って陽一に視線を向けた。
そして陽一はひとり、ため息をつく。
「ま、そんな感じです」
陽一は彼女のことを【鑑定+】によって知っていたが、女性陣には話していなかった。
彼自身鑑定結果を信じられず、本人を目にするまでは話す気になれなかったのだ。
実里の口から思わず彼女の名が漏れたのは、あくまでアミィが魔人アマンダに似ていたからである。
「ま、なんでもいいや。おやっさんの仲間ってことは、アタイらの仲間ってことっすもんね?」
そう言って快活な笑みを浮かべるアミィに対して、陽一を始めトコロテンのメンバーはなんともいえない曖昧な反応しか返せなかった。
○●○●
「アタイはアマンダ・スザーノ。アミィって呼んで欲しいっす。知ってのとおり、オゥラ・タギーゴのカルロ・スザーノはアタイのクソオヤジなんっすけど……」
アミィがスザーノ姓を名乗った時点で女性陣はそろって眉をひそめ、カルロをオヤジと呼んだと同時に全員が陽一を見た。
「……あれ、もしかしてアタイの素性は知らなかった感じっすか?」
女性陣からの問うような視線と、アミィからは戸惑うような表情を向けられた陽一は、軽くため息をついた。
「いや、俺は知っていたんだけど……ちょっと信じられなくてね。君に会ってからいろいろ判断しようと思って、みんなには黙っていたんだ」
その言葉に実里とアラーナは一応納得したようだが、花梨とシーハンは少しだけ責めるような視線を向けた。
苦笑しながら、ではあるが。
「ははぁ、そうなんっすね。ま、とにかくアタイはオヤジのやり方についていけない人たちを集めて、抵抗してるって感じっす」
それから陽一らも、簡単な自己紹介をした。
「それにしてもみなさん、アジア系みたいっすけど、もしかして日本人っすか?」
「ああ。ほとんどな」
「あー、さすがにそっちの銀髪の人はアジア系じゃないっすね……っつーか、お姉さんめちゃくちゃ美人っすね!」
「ふふ、そうか? ありがとう」
「あはは、なに言ってんのか全然わかんねーっすね」
魔道具のおかげでアラーナにはアミィの言葉を理解できるが、アミィにはアラーナの言葉が理解できない。
「あー、ミスター藤堂。以前から気になっていたのだが、そちらの女性はいったいどちらの出身なのだ?」
どうやらエドも、アラーナの正体が気になっていたようだ。
「えっと、それは聞かないでいただけるとありがたいです……」
「む、そうか。そういうことなら仕方がないな」
「ま、人それぞれ事情があるっすもんね。にしてもお兄さんはめっちゃ普通にしゃべってるっすね」
「たしかに、ミスター藤堂は英語も堪能だが、こちらの言葉もネイティブ並みに話しているな」
「あー、なんというか、語学は得意なんですよ、俺」
すべては【言語理解+】のおかげである。
「アミィ、すまないがシャーロットのところへ案内してくれるかな?」
自己紹介が一段落ついたところで、エドが切り出した。
「もちろんっす。こっちに――」
アミィが案内しようとしたところで奥のドアが開き、少し年配の女性が出てきた。
「おや、お客さんかい?」
「あ、おばさん。あのお姉さんの具合はどうっすか?」
どうやらこの女性がシャーロットの面倒を見ていたようだ。
「ちょうど目を覚ましたところだよ」
そう言った女性だったが、少し表情が険しい。
「ただ、熱が下がらなくてね……。厄介な感染症にかかってなけりゃいいけど」
「感染症……!」
エドが小さくうめく。
「まいったっすね……。抗生物質はいま切らしてるんっすよ」
「新しいのを手に入れようにも、そのあたりは連中に抑えられてるからねぇ」
医薬品の類はオゥラ・タギーゴに牛耳られており、そのあたりの必需品はエドの支援頼りらしい。
「おやっさん、持ってないっすか?」
「手持ちはないが、セーフハウスにいけば……」
「ならすぐに――」
「うぅ……」
部屋の奥から、うめき声が聞こえた。
「シャーリィ!?」
思わず、実里が叫ぶ。
「お姉……ちゃん……?」
「シャーリィ!」
実里は再び彼女の名を呼びながら、奥の部屋に駆け込んでいった。
エドとアミィ、陽一らもそれに続く。
「シャーリィ……シャーリィ……!」
陽一が部屋に入ると、実里はベッド脇で膝立ちになり、シャーロットの手を取っていた。
実里の手を弱々しい力で握り返すシャーロットの瞳に、少しずつ光が戻っていく。
「……っ!?」
そしてしっかりと実里の姿を捉えた彼女は、思わず息を呑んだ。
「……シャーリィ、どうしたの?」
心配そうに問いかけてくる実里に対して、どこか怯えたような表情を浮かべていたシャーロットだったが、すぐに小さく息を吐き、かすかに頭を振って力のない笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい……しくじっちゃった……」
「ううん、わたしのほうこそ、ごめんなさい……! シャーリィに無理なお願いしちゃった……」
「お姉ちゃんは、悪くないよ……シャーリィが、失敗しちゃっただけ……」
「悪くないよ……シャーリィはなんにも悪くないの……! よかった、無事に帰ってきてくれて……」
実里は両手で覆ったシャーロットの手を額に当て、ポロポロと涙を流し続けた。
年配の女性が言うようにシャーロットは熱があるのか、頬は赤く、目は虚ろだった。
そんな焦点のぼやけた彼女の視線が動いた先には、陽一とエドが並んで立っていた。
ふたりとも心配そうに、シャーロットを見つめている。
「シャーロット……!」
エドが歩み寄ろうとしたとき、彼女の口が動いた。
「ヨーイチ……」
エドは思わず、陽一を見た。
「ヨーイチ……ヨーイチ……!」
シャーロットは空いているほうの手を陽一に伸ばしながら、求めるように彼の名を呼ぶ。
ちらりとエドを見ると、彼は苦い表情のまま陽一に向けて小さく
「シャーロット……」
陽一は彼女の名を呼びながらベッドに歩み寄り、伸ばされた手を取った。
「お願い……ヨーイチ……」
シャーロットのただならぬ様子に、実里は彼女の手を離し、ベッドから離れる。
シャーロットはもう片方の手を、陽一の首に回した。
「いますぐ……して……?」
その言葉に、室内が一瞬ざわつく。
「お、おい、シャーロット、なにを言って――」
駆け寄ろうとするエドの前に、アラーナが立ちはだかる。
シャーロットの言葉にトコロテンのメンバーも一瞬驚いたが、彼女の意図を察したのか、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「申し訳ありませんがここからはふたりの時間でございます。みなさん、部屋から出ていってくださいな」
そう言ったのは、シーハンだった。
口調が違うのは、こちらの言葉をしゃべっているからだろう。
「な、なに言ってんっすか! そのお姉さん、結構ヤバい状態だったんっすよ?」
「アミィの言うとおりだ! とにかく、治療に専念しないと」
エドはなんとかシャーロットのもとへ行こうとするが、アラーナに阻まれて動き出せない。
彼自身、かなりの実力者だけに、驚きを禁じ得ないようだった。
「エドさん、すみません。ここは陽一に任せてもらえませんか?」
そんななか、花梨がエドにそう申し出た。
花梨とアラーナにまっすぐな目を向けられたエドは、少なからずたじろいだ。
ベッドの上ではシャーロットが蕩けた表情を浮かべている。
彼女に向き合う陽一の表情は、うかがいしれなかった。
ふと、エドはシャーロットと親しげだった実里に目を向けた。
彼女はエドと目が合うなり、深々と頭を下げた。
「ふぅ……」
エドは諦めたようにため息をついた。
「シャーロットになにかあったら、ただじゃおかんからな」
「あ、おやっさん……!」
彼はそう言って部屋から出ていき、アミィもそれに続いた。
「じゃ、あたしたちも出とくね」
「ヨーイチ殿、あとはまかせるぞ」
花梨とアラーナが部屋を出る。
シーハンはベッド脇に歩み寄り、どこから取り出したのかサイドボードに小皿を置いた。
上にはお香が乗っており、彼女がそれに火をつけると、煙とともに甘い香りが漂い始めた。
「この煙な、〈遮音〉効果があんねん」
どうやらそれは、お香型の魔道具らしい。
「1時間はもつ思うから、ごゆっくり」
シーハンはそう言って陽一の肩を軽く叩くと、そのまま部屋を出ていった。
「陽一さん、シャーリィのこと、よろしくお願いします」
最後に実里がそう言い残して、部屋を出た。
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