第6話 ファーストクラスでおたのしみ
メンバー全員と瀬場を連れて『グランコート2503』へ【帰還】した陽一は、すぐにスマートフォンを取り出した。
「文也くんを助けるって言っても、アテはあるの?」
花梨の問いかけに、陽一はニヤリと笑ってみせる。
「海の向こうのことを頼れる相手なんて、ひとりしかいないだろ」
言いながら陽一は、音声通話を開始した。
『……はい』
スマートフォンのスピーカーから、女性の声が響く。
言うまでもなく、相手は海の向こうの金髪美女だ。
「シャーロット、じつは頼みたいことがあってな」
『またですの……』
それから陽一は、文也に関することをできるだけ詳しく説明した。
『カルロ・スザーノ……!』
それまで落ち着いて話を聞いていたシャーロットの声色が、カルロの名を聞いた途端に険しくなった。
「どうした?」
『……いえ、なんでもありませんわ。昔エドと少し関わったことがありましたので』
能面のような顔が想像できるくらいに、声から感情が消えた。
「そうか」
もしかすると、任務で苦い経験をしたのかもしれない。
そんなふうに思いながら、陽一は話を続けた。
『それでは、そのフミヤさんとやらを助け出せばよろしいのですね?』
「できるのか!?」
事もなげに言うシャーロットに、陽一は思わず声を上げた。
実里や花梨ら、ほかの女性メンバーも驚きに息を呑み、瀬場も目を見開いてその声を聞いている。
『普通に考えれば無理でしょうね。でも、わたくしにはあなたがくれた道具がありますから』
この世界の
『とはいえ、せいぜいアジトから連れ出して、セーフハウスに隠れるのが関の山ですわよ? しかも、何日も隠れ続けるのは困難ですわ』
「それだけでも充分ありがたい……! それで、俺たちはどうすればいい?」
『共和国を出て帰還する、となりますと、エドの協力は必要不可欠ですわ。話を通しておきますので、合流してくださいませ』
「わかった。いつものモーテルで――」
『それはダメですわよ』
できるだけ早く合流するためには、いつものように【帰還+】でカジノの町へ行けばいいと思っていた陽一だったが、その案は却下される。
「どうして?」
『今回は国境を越える必要がありますわ。ならば、正規の手続きで日本を出国し、我が国へと入国していただく必要があります』
「それは……そうか」
米国からネレクジスタス共和国へ向かうには、中南米にあるいくつかの国を通らなくてはならない。
いくらエドでも、密入国者を連れて国境を越えるわけにはいかないのだ。
「それじゃ、到着までに調べられることは調べて伝えるようにするよ」
『ええ、お願いしますわね』
文也が囚われている場所や、そこの警備状況など、【鑑定+】でわかることをすべて調べ上げておけば、シャーロットの潜入に役立つはずだ。
「陽一さん、ちょっといいですか」
ひととおりの説明が終わったところで、実里が割って入る。
『その声は、お姉ちゃん?』
スピーカーにしているため、実里の声はすぐシャーロットに届いた。
「シャーリィ……文也のこと、お願いするね」
『うふふ、お姉ちゃん。弟くんのことは、わたくしにまかせといて』
文也が実里の弟であることは、すでに説明している。
だからこそ、シャーロットは彼を救出することに同意してくれたのだろう。
「無理は、しないで」
シャーロットの声がかすかに震えているように感じられたのか、実里の口からそんな言葉が出た。
『うん、大丈夫』
実里の心配を感じ取ったのか、シャーロットは相手を安心させるように、穏やかな口調でそう答える。
それからいくつかの事柄を確認し合い、陽一らはシャーロットとの通話を終えた。
○●○●
「残念ながら、ボクはお留守番だね」
正式な手段で出入国するとなると、パスポートを持っていないサマンサは同行できない。
陽一と花梨は自前のものが、アラーナと実里は以前エドに用意してもらったものがあった。
シーハンも、以前の上司である
「どうする? 工房に送ったほうがいいか?」
「んー、いいや。休暇だと思って、日本を満喫するよ。なにかあったら連絡ちょうだい」
そう言ってサマンサは、自前のスマートフォンを掲げた。名義は陽一になっているが、実質サマンサ専用機である。
彼女はすでにスマートフォンを使いこなせるようになっていた。
認識阻害の魔道具があるので異世界人とバレることはないし、仮に迷子になったとしても、マップアプリなどを駆使してここへ帰ってくることは、彼女にとって難しいことではなかった。
「坊ちゃんのこと、よろしくお願いします」
瀬場も、日本に残る。文也がいないいま、彼が社長代行としていくつもの会社を運営しなくてはならないからだ。
とりあえず体調不良ということにして、文也の不在をごまかすことにしていた。
「空港までは、私がお送りいたします」
「いや、瀬場さんもしばらく大変だろうし、べつにいいよ」
「いえ、せめてそれくらいはさせてください」
瀬場が食い下がったので、陽一は彼の申し出を受け入れた。
「どうぞお乗りください」
マンションを出ると、いつのまに用意したのか、ワンボックスカーが停まっていた。
「それじゃ遠慮なく」
「あ、ボクも空港までお見送りー」
救出に向かうメンバーに続いて、サマンサも乗り込んだ。
車内は驚くほど静かなうえに、瀬場の運転が巧みなおかげかストレスなく過ごすことができ、一行はほどなく空港へと到着した。
「吉報を、お待ちしております」
ターミナルの車寄せで一行を降ろした瀬場は、ひと言だけ言い残してその場を去っていった。
「おおー、これが国際空港ってやつかー」
「うむ、王都の
異世界人のサマンサとアラーナは、目を輝かせてあたりを見回していた。認識阻害の魔道具がなければ、さぞ目立ったことだろう。
そんなふたりの姿に、ほかのメンバーも温かい視線を向けていた。
険しい表情を浮かべていた実里も、ふたりのはしゃぐ姿に少し心が落ち着いたようだ。
「それじゃ、ボクは適当にぶらぶらしてから帰るよ」
「ああ、気をつけてな」
「あはは。それはボクのセリフだよー」
「それもそうか」
サマンサの言葉に、陽一をはじめほかのメンバーもクスクスと笑い合った。
「それじゃ、みんながんばってね。ボクにできることがありそうなら、いつでも連絡ちょうだい」
「おう。それじゃいってくるよ」
そのあと全員と軽く言葉を交わしたサマンサは、売店へと姿を消した。
「みんな、搭乗はこっちよ」
空港を利用し慣れている花梨が先導し、搭乗手続きを行なう。
チケットはシャーロットが用意し、搭乗に必要な二次元コードも各人に送られていた。
「むぅ……あの画面はどうやってだすのだったかな」
「これを、こうして……こう、だね」
「おお! ありがとう、ミサト!」
アラーナにも彼女専用のスマートフォンを渡していたが、サマンサほどには使いこなせていないようだ。
それから一行は、保安検査などを無事に終え、飛行機に乗り込んだ。
「ファーストクラスとは、豪勢だな」
「しかもこれ、貸しきりみたいなものじゃない」
シャーロットが用意してくれたのは、一機につき5席しかないタイプのシートだった。
陽一、花梨、実里、アラーナ、シーハンの5人で座席が占有される。
ほかに乗客のいないファーストクラスの空間は、花梨の言うとおり貸しきり状態となっていた。
「席の希望とかある?」
いちおう搭乗手続きでは座席の指定があったのだが、5人で占拠していることだし少しくらい替わっても問題はないだろう。
「ウチはべつにどこでもええよ」
「あたしもいいかな」
飛行機に乗り慣れているシーハンと花梨が、選択権を譲る。
「あ、じゃあわたしは窓側が……」
「私も窓側がいいかな」
実里とアラーナが希望を述べる。
前回は魔法もスキルもなしに金属のかたまりが空を飛ぶわけがない、と大騒ぎしたアラーナだが、すでにその恐怖は克服したようだ。
「俺は……」
「陽一は真ん中でいいんじゃない?」
「そうか? 悪いな」
座席の並びだが、中央は1席のみ、通路をはさんで左右はそれぞれ2席並びになっているので、陽一の座る中央の座席がもっともゆったりしている。
とはいえファーストクラスなので、2席並びでもかなりのスペースは確保されているのだが。
「おおー、さすがの座り心地だな」
中央の座席に座った陽一が、思わず声を漏らす。
「わぁ、ほんとにすごいですね」
「うむ、なかなかのものだな」
それぞれ窓側の席に座った実里とアラーナも、感嘆の声を上げた。
「やっぱりファーストクラスはちゃうなぁ」
「そうねぇ。あたしはよくてビジネスだったから」
「ウチもや」
陽一をはさんで左右の通路側の席に座ったシーハンと花梨が、自嘲気味な言葉を交わした。
「到着まで10時間以上あるし、みんなゆっくり休んでおいてくれよ」
今回向かうのはカジノの町ではなく西海岸の大都市だった。
大抵の便がカジノの町へ向かう途中に経由する空港であり、その後の移動も考えると、そこでエドと合流するのが早いと判断したからだ。
『それではみなさま、空の旅をお楽しみください』
キャビンアテンダントのアナウンスが流れ、飛行機は無事離陸したのだった。
○●○●
豪華な機内食を楽しみ、軽く映画を見たところで、陽一は座席のリクライニングを倒した。
到着までまだ6時間以上ある。休むには充分な時間だ。
(広いベッドもいいけど、こういう身体にフィットする感じのシートも悪くないよな)
陽一は心地よい狭さを堪能しながら、まどろみに任せて意識を手放した。
それからどれくらい時間が経っただろうか。
妙な寝苦しさを覚えた陽一は、ふと目を覚ました。
「んふ、起こしてもうたな」
目の前にシーハンの顔があった。彼女は笑みを浮かべて
「ちょ、おま……」
どうやらシーハンが覆い被さっているようだった。
スキルと鍛錬によって人並み外れた筋力を得た陽一にとって、女性ひとりを身体にのせるくらいは苦にならないが、重みを感じないわけではない。
寝苦しいことに変わりはないのだ。
「なにやってんだよ」
周りに気づかれないよう、極力小さな声で抗議する。
ファーストクラスとはいえ飛行音を完全に遮断することはできないので、小声で話していれば周囲に気づかれることはなさそうだ。
「添い寝や添い寝。最近ご無沙汰やん?」
「いや、添い寝って……」
いくらファーストクラスのシートが広いからといって、ふたり一緒に寝るには狭すぎる。
実際シーハンは、完全に陽一の上に乗っていた。
彼女は異世界にいるときと比べて肌の露出を控えたチャイナ服を着ていたが、少し視線を落とすとスリットから覗く太ももが見えた。
身体にかかる重み、衣服越しに感じられる柔肌の弾力と体温、互いに密着した部分からにじみ出る汗とそれが生み出す湿気、首筋にあたる彼女の吐息。
それらを意識してしまったせいで、陽一の鼓動は速まり、股間がムクムクと膨らみ始めた。
「ええ感じでおっきなってきたやん」
熱い吐息とともに、むふふと笑みを漏らすシーハン。
「お、おい、ここでやったら公然わいせつだぞ……!」
そう言いながらあたりを見回すと、ちょうど通路をはさんだシートで寝る花梨が寝返りを打ってこちらを向いた。
そして、花梨の目が開く。
「陽一……?」
「あ、いや……これは」
陽一が必死で言い訳を考えていると、花梨は少し呆れたようにため息をつき、再び目を閉じる。
「そろそろ寝ときなさいよ……おやすみ」
「へ? あ、ああ……おやすみ……」
そしてほどなく、花梨は寝息を立て始めた。
「……どういうこと?」
ひと目見ればシーハンがいることは明らかなのに、花梨はそのことに言及しなかった。
ただ夜更かしをとがめるようにひと言だけ残して、再び眠りについたのだ。
まるで陽一に覆い被さるシーハンの存在に気づかないように。
「認識阻害の魔道具、ちょい強めのヤツや」
言いながらシーハンは、首から提げたチョーカーを誇示するようにつまみ上げた。
「あっちも対策済みやで?」
シーハンの視線に誘導され、彼女がいたシートを見た。
彼女が目の前にいる以上、そこは無人のはずだし、実際だれもいない。だが、なにか違和感がある。
「ま、
明確にシーハンとわかるほどの偽装ではないが、消灯された客室の中、そこに誰かがいるとなればそれはシーハンだと思うのが自然だろう。
「もしかして、スミス工房にこもってそんなしょーもないものを作ってたのかよ」
「んふ、ええやろ?」
たしかにいろいろと諜報に使えそうなものではあるが、いま使うべきものではないだろうと、陽一は呆れた。
「ん……?」
ふと、股間に違和感を覚える。
「あ、ちょ……いつの間に……!?」
「ふふん、ウチをだれやと思てんねん」
「いや、だから、ここではマズいって……!」
「大丈夫や。添い寝添い寝」
陽一とシーハンは、ファーストクラスでの添い寝をまったりと楽しむのだった。
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