第7話 姫騎士にわからせる

「うう……あのヘンリーが……かわいかったヘンリーがそんなことを……」


 グリフォン便のカゴの隅で、アラーナが膝を抱えてブツブツと呟いていた。


「だから聞かないほうがいいって言ったのに……」


 そんなアラーナの姿を見て、陽一は呆れたように呟き、同乗するほかの3人も苦笑していた。


『ヘンリーのことを、詳しく教えてほしい』

『いや、でもなぁ……』

『私はヘンリーの姉として、なによりサリス家の一員として、弟の身になにが起こっているのか、知っておく必要があるのだ』

『後悔しても知らんよ?』

『ふふん。私はこれでも貴族の一員だし、冒険者としてもそれなりに名を馳せているのだぞ? 多少のことで驚いたりはせんよ』

『多少のこと、ってもんでもないんだけどなぁ』


 あまり気は乗らなかったが、アラーナの意思は固いようなので、花梨、実里、シーハンを含む4人で情報を共有することにした。


「ああ……ヘイゼル……申し訳ない……」


 その結果が、この落ち込みようというわけである。


 アラーナはあまりヘイゼルと言葉を交わしたことがない。

 それでも幼いころからヘンリーと親しくしていて、いまなお弟のそばにいる彼女を、アラーナは密かに妹のように思っていたのだ。

 だからこそ、ヘンリーのヘイゼルに対する行為を聞いて、ショックを受けたのだった。


「あの、アラーナのことは、しばらくそっとしておいてあげましょうか」

「そうだな」「そうね」「ま、しゃーないな」


 実里の意見に、陽一と花梨、シーハンは呆れ半分に同意する。


「しっかし話を聞く限りやと、アマンダっちゅうのに操られたヘンリー坊やが、ヘイゼルちゃんに抜いてもろうてスッキリした、っちゅだけのことちゃうのん?」


 なんとも身も蓋もない言いようだが、陽一の話を要約するとそう解釈できるようで、花梨も実里も苦笑しつつ頷いた。


「いや、それがそう単純な話でもないんだよ」

「どういうこっちゃ?」

「魔人の魅了ってのは、そう簡単にとけるもんじゃないんだ。それこそ、1発や2発抜いたくらいじゃな」

「でも、ヘンリー坊やとヘイゼルはひと晩中やりまくっとんねやろ? しかもえらいアブノーマルなやつを」

「あうぅ……」


 シーハンの言葉が耳に届いたのか、アラーナは耳を塞ぎ、膝に顔をうずめた。

 全員がチラリとそちらを見たが、各々すぐに視線を戻して話を再開する。


「1発2発が10発20発になろうが、結果は変わらんよ」

「めっちゃハードなプレイでも?」

「ソフトでもハードでも、だ」

「ほぉん」


 どんなに強くとも、セックスが与える快感はあくまで肉体的なものなので、精神を支配する魅了にはあまり影響がない。

 もちろん、強烈な肉体的刺激が精神に大きな影響を及ぼすことは多々あるが、それでも魔人の魅了を打ち破ることはできないのだ。


「陽一さんのスキルで、もっと詳しくわからないんですか?」


 こういった魔人の魅了に関する知識も、【鑑定+】によって得たものだ。

 しかしいくら調べても、ヘンリーがアマンダの魅了を逃れられる要因が見つからないのである。


「魅了耐性、的なものをヘンリーくんが持っているとかはないのかしら?」

「いや、ないな。仮にそういうスキルを持っていたとしても、アマンダの魅了にはあまり意味がない」


 それこそ陽一が持っているような『+』のついているスキルでもない限り。


「ほな、どういう条件やったら魅了に耐えられんねんな?」

「それなんだが……えっと……」


 念のため【鑑定】結果を確認する。


「本人が望んで他者からの強い支配を受けている状態、かな」

「本人が望んで? つまりヘンリー坊や自身が望んで誰かの支配を受けとるっちゅうこと?」

「……そう、なるな」

「せやったら誰が支配しとるんか、ヤンイーのスキルでわからへんのん?」

「それがわからないんだよなぁ……」


 アマンダの魅了が効かない以上、ヘンリーはすでに何者かの強い支配下にある、はずなのだ。

 しかも本人が望んだうえで、である。


 何者かに強制され、支配されているのなら、アマンダの魅了がそれを上書きするはずなのだが、あいかわらずヘンリーはギリギリのところで魅了による支配から逃れていた。

 そして本人の意思で何者かに支配されているにも関わらず、当のヘンリーにはその自覚がないのか、彼の思考を【鑑定】しても支配者の情報は出てこなかった。


「よし、お仕置きだ!!」


 突然、アラーナが立ち上がった。


「……どうしたの、急に?」


 いぶかしげに見る陽一へ、アラーナは決意のこもった視線を向けた。


「魔人だの魅了だのは、私にはよくわからん! しかし、ヘイゼルに暴力を振るうのは間違っている!!」

「いや、あのなぁ」

「か弱いヘイゼルに手を上げ、力ずくで犯すなど、サリス家男子の風上にも置けぬ行為! きっと私がやめさせてみせる!!」


 そう言って握りこぶしを作るアラーナに、陽一らは残念なものを見るような視線を向けた。


「あのねアラーナ。男女の関係には、いろんなかたちがあるんだよ?」

「下手に口出すと、馬に蹴られちゃうかも」

「せやで。男と女のあいだに、他人が首突っ込むもんちゃうで」

「他人だと!? 私はヘンリーの姉だぞ! それに、ヘイゼルのことだって、妹のように思っている! 断じて他人などではない!!」

「いや、そういうことちゃうねんけどなぁ……」


 話の通じないアラーナに、花梨と実里、シーハンの3人は顔を合わせて肩をすくめた。


 そんな女性陣の様子を横目に、陽一も肩をすくめた。


「なぁ、アラーナ。ヘイゼルちゃんは、べつに嫌がってるわけじゃなくてだな、望んでヘンリーくんの行為を受けているというか、なんというか」

「はぁ? なにを言っているのだヨーイチ殿。暴力を振るわれて喜ぶ者など、いるはずがないだろう?」

「いや、世の中には、いろんな嗜好の人がいてだな……」

「ふっ、ヨーイチ殿……」


 ふと、アラーナが少しばかり申し訳なさそうな表情で微笑み、陽一の肩にポンと手を乗せた。


「ありがとう」

「はい?」

「それに、カリン、ミサト、シーハンも」


 続けて、アラーナは花梨、実里、シーハンをそれぞれ見ながら、そう言った。


「えっと……」「んん?」「はぁ?」


 戸惑とまどう3人をよそに、アラーナは再び陽一を見る。


「ヘンリーの行為を正当化することで、私にかかる心の負担を軽くしようと、そんな馬鹿げたことを言ってくれたのだろう?」

「あ、いや、そうじゃなくて――」


 思い違いを訂正しようとする陽一の言葉を無視し、アラーナは彼の肩から手を離すと、両手でぐっと握りこぶしを作って空を見上げた。


「心配するな。どんなことがあろうと、私はヘンリーを見捨てたりはしない。そして、ヘイゼルが望むなら、どんな謝罪もいとわない」


 そして、彼女は陽一に向き直り、力強い笑顔を浮かべた。


「姉として、私ができることならなんでもしてみせるさ」


 そんな姫騎士の勇ましくも残念な姿に、陽一らはやれやれと頭を抱えるしかなかった。


○●○●


 夜の荒野で、モーターホームが揺れていた。

 いまその中には、陽一とアラーナのふたりしか乗っていない。



 実里の魔術支援を受けたグリフォン便がいくら速く飛べるからといって、1日で死の荒野を越えることは不可能だ。

 そこで一行は野営することになった。


 死の荒野での野営となれば、魔人襲来の際、移動で使ったモーターホームの出番である。

 空間拡張の魔術がほどこされ、優に大人5人でも寝られるベッドが備えつけられた寝室もあるのだが、現在花梨、実里、シーハンの3人はモーターホームの外にテントを張って、グリフォンとともに過ごしていた。

 もちろんそのテントもただのテントではなく、さまざまな魔術処理を施され、ホテル並みに居心地のいい空間となっている。


『えっ、ほんとにそんなことやるのか?』

『だってあの、口で言っても理解できないでしょう?』

『なんやったらウチがつどうたってもええけど? むふふ……』

『ああ、いや、うん……俺ががんばるよ』


 夕食のあとにかわされた女性陣との会話を思い出す。


『ふふ……みんな、私に気を遣ってくれたのだな』


 アラーナは、弟のことで落ち込んでいる自分に、ほかの女性陣が気を遣ってくれたのだと解釈していた。



「どう、した、ヨーイチどの? 動きが、鈍っているぞ?」


 考え事をしていて、行為がおろそかになっていたようだった。少しばかり申し訳ないと思いつつ、陽一はこれをきっかけにすると決めた。


 ――パシンッ!


 姫騎士の尻をめがけて、陽一は平手を打ち下ろした。


「ひぃんっ!」


 乾いた音が室内に響くのと同時に、アラーナの口から悲鳴が漏れた。

 ふたりはそのまま、いつもとは違って少し特殊な行為を楽しんだ。



「ヨーイチ殿……なぜ、あのようなことを? まだお尻がヒリヒリするぞ……」


 行為を終えてひと息ついたところで、アラーナは陽一にジトリとした視線を向けた。


「あはは、ごめんごめん。ああでもしないとわかってもらえないと思ってね」

「わかってもらえないとは、なにをだ?」


 寝転がったまま首を傾げる姫騎士を前に、陽一はベッドの上であぐらをかいた。


「アラーナはさ、さっきの、どうだった? 気持ちよかったんじゃない?」

「べ、べつにそんなことは……。あんなものは痛いだけで……」

「でも、途中から……ねぇ?」

「それは……うぅ……」


 恥ずかしそうにうめく姫騎士は、近くにあったシーツをたぐり寄せて顔を隠した。


「まぁ……悪くは、なかった」


 しばらく恥ずかしそうにうめいていたアラーナだったが、落ち着いたところでシーツの陰から目を出し、上目遣いに陽一を見ながらそう呟いた。

 そんな姫騎士の仕草を可愛らしく思いながら、陽一は話を続けることにした。


「世の中にはさ、もっと激しく叩かれても、それを気持ちいいと思う人がいるんだよ。それこそ殴られるとか、首を絞められるとか、すごいのだと、針で刺されるとか、鞭で叩かれるとかさ」

「……つまり、ヘイゼルがそうだと、いいたいのだな?」

「そういうこと。だから、あのふたりの、少なくとも男女の関係の部分は、放っておいてもいいんじゃないかな」

「ふむう……」


 しばらく考えるそぶりを見せていたアラーナの目元に、ふっと笑みが浮かぶ。


「そうだな。ヘンリーもヘイゼルも、子供ではないものな」

「そういうこと。わかってもらえたんならよかったよ。あと、調子に乗っていっぱい叩いてごめんな。もうしないから」

「えっと、それは……」


 陽一の言葉に、アラーナの眉がわずかに下がる。


「あれ……もしかして、クセになっちゃった、とか?」

「そ、そんなことはない! ただ、その……たまになら……」

「ふぅん、たまに、ねぇ」

「それよりもヨーイチ殿」

「ん?」


 アラーナの目が怪しく光った。


「うわっ……!」

「ふふふ……」


 そして気がつくと、陽一は仰向けに倒され、自分の腹にまたがるアラーナを見上げるかたちとなった。


「えっと、アラーナ……?」


 自身を見下ろす姫騎士の口元に、なにやら陰のある笑みが貼りついている。


「いやなに、やられたままというのは、性に合わんのでなぁ……」

「えっ? えっ?」

「ふふふ……心配せずとも、暴力を振るおうなどとは思っておらんよ。ただ、次は私の主導でやらせてもらおうかと思ってな」

「いや、その、さっきめちゃくちゃがんばったからさ。ちょっと休憩してからでも……」

「シーハンにな、教えてもらったのだ」

「え?」

「ここを押せば、ヨーイチ殿は元気になるのだと」

「おうっ……!」

 身体のとある部分を押された陽一は、声を漏らした。

 それはシーハンが房中術ぼうちゅうじゅつによって見い出した、陽一の勃起をうなが経穴つぼのあるところだった。

 ただ、その程度では完全復活に至らない。


「ほ、ほら……そんなんじゃ無理だって。ちょっと休憩してさ、普通に……」

「たしか、気とやらを流すのだったな。ふむ、魔力を込めればいいのか?」

「あ、ちょ――んほぉっ!!」


 いきなり大量の魔力を経穴に流し込まれた陽一は、復活を飛び越えて一度終わってしまう。


「ん!? まちがったかな……」


 しかし、アラーナはそれを予想していたのか、特に驚く様子もなく、顎に手を当て、わざとらしくとぼけた表情で首を傾げた。


「それ……わざとだろ……?」

「さぁて、どうかな……」

「なぁ、こういうの、よくないよ? 生兵法なまびょうほうはなんとやらっていうし……」

「ふふ……」


 顔を引きつらせる陽一に、アラーナは笑みを向けた。

 ただ、それは本当にわざとらしく人の悪い笑みだった。


「ひぃ……」

「安心しろ、私は天才だ」

「それ……絶対違うやつ――おほぉっ……!」


 再び魔力が流し込まれ今度こそ陽一は完全復活を果たす。


「さぁ、ヨーイチ殿。夜はまだまだ長いぞ?」

「いやあぁ……!」

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