第8話 特別待遇のお誘い

 ポーカーテーブルを離れてアラーナたちのところへ行こうとした陽一に、声がかけられた。


 振り返ると、人のよさそうな小柄な白人男性と、2メートル近い身長のヒスパニック系男子が立っていた。

 白人のほうは頭が半分禿げ上がった初老の男性だが、只者ではない雰囲気を漂わせている。


(えーっと、ここの支配人で、エドアルドさんね。元CIA!? すごいな……)


 長身の若い男性はマーカスといい、元海兵隊という経歴を持つ警備担当だということが【鑑定】の結果明らかになった。


「なんでしょうか?」

「失礼ですが、このままお帰りになるので?」


 どうやら陽一が帰り支度をしようとしていることはお見通しのようである。


「ええ、充分楽しみましたから」

「それはもったいない! 当ホテルの半分もお楽しみなられていないのに?」

「と、いいますと?」

「私、当ホテルの支配人エドと申します。よろしければスイートルームへアップグレードさせていただきますので、もうしばらくお楽しみいただければと」


 陽一がここに部屋を取っていることも把握しているようだ。


「いやいや、スイートルームに泊まったら今日の勝ち分がパーですよ」

「おやおや、お客様は勘違いしておられる。客室料金は当方で持ちますよ。ルームサービスもバーでの飲食も無料。よろしければショーの席もご用意いたしますが?」


 こういうカジノホテルではよくあるサービスのようだ。

 無論、ホテル代に相当する金額以上はカジノで絞り取る腹づもりなのだろうが。


「そういえば、有名サーカス団の常設ステージがありましたっけ?」

「ええ。世界最高峰の曲芸師団シルクを呼んでいますよ」


 実里がショーを楽しみにしていたことを思い出した陽一は、エドアルドの誘いに乗るかを考え始めた。


 と、そこでエドアルドの視線が陽一のうしろに逸れる。

 どうやらさきほどまで陽一がいたポーカーテーブルを見ているようだ。

 例のインテリ坊やがまた少しずつ勝ち始めてるようだった。

 こりずにまだ続けているようなので、陽一は彼らに対価を支払ってもらうことにした。


「ときにエドアルドさん」


 鋭い視線がふたつ、陽一に突き刺さった。


 視線だけで人を殺せそうなほど厳しい視線を放つマーカスもかなりのものだが、口元に笑みをたたえながらも目元は無表情なエドアルドのほうがはるかに怖ろしく感じられる。


 彼らの視線を受け、陽一はエドアルドが"エド"としか名乗っていないことを思い出したのだが、それでもいい方向に向かうだろうと期待しつつ、動じていないふりで言葉を続けた。


「スロットの通路から3台目の赤いベースボールキャップの男。クラップスを見物してる青いシャツの男。ブラックジャックで小銭を賭けては勝ち負けを繰り返してるやっすいスーツの男。ちょうど俺が座ってた席の真うしろで酒を飲んでるフリしてる黒いドレスが全然似合ってない女」

「……それが?」

「録ってるんですよね?」


 と、陽一は天井にある防犯カメラを指差す。


「失礼」


 エドアルド氏は俺に背を向けると、インカムでなにやらボソボソと指示を出しはじめた。


「申し訳ありませんがこのまま少しお待ちいただいてもよろしいですか。ああ君、この方にシャンパンをひとつ」


 陽一の返事は無用とばかりに近くを通った従業員の女性に声をかける。

 30秒とたたず、細長いグラスに注がれたシャンパンが運ばれてきたので、遠慮なくいただいた。


 それは南の町のバーで飲んだものよりもはるかに美味だった。


 グラスを傾けながらふとポーカーテーブルのほうを見ると、例のインテリ坊やがマーカスに引っ立てられているのが見えた。

 ほかのメンツもそれぞれ警備員に引き連れられているようである。


「お待たせしました」


 シャンパンを飲み干すころにエドが戻ってきたのだが、連れていたのはマーカスではなく、若い金髪の女性だった。


 ふわりとした長い髪を少しカールさせ、白い肌には少しばかり過剰と思われる化粧が施されていた。

 青い瞳の周りはマスカラかつけまつ毛と濃いめのシャドウによって装飾され、少し薄めの唇をより肉感的に見せるためか、グロスの入った濃い色のルージュがひかれていた。


 身長は陽一と同じくらいだろうが、高いヒールのせいで少し長身に見える。


 服装はほかのスタッフ同様、白いブラウスに黒いベスト、そしてタイトなスカートだった。

 あえてワンサイズ下のブラウスを着ているのではないかと思えるほど内側から押し上げられ、それを脇から押さえるように着られた黒いベストのせいで、より胸元が強調されているように見える。


 スカートのデザインはほかの女性スタッフと同じだが、明らかに丈が短く、太ももの中ほどからむっちりとした長い足を惜しげもなく晒していた。

 そしてスカートのサイズも小さいのか、張りのありそうな大きな尻のかたちがくっきりと出ていた。


(なんつーか、下手なコスプレみたいだな)


 そんな感想を胸にいだきながらも、陽一の視線はふたつほどボタンを外したブラウスから覗くむっちりとした谷間に釘づけとなっていた。


 そしてその視線に気づいたのか、その女性はクスリと笑みを浮かべた。


「トウドウさま、ショーのチケットは何枚必要ですかな」

「じゃあ、4枚で」

「かしこまりました。あとで部屋に届けさせます」

「すいませんね。あと」


 そこで言葉を区切った陽一は、エドに1歩近づき、声を潜める。


「連れがふたり、ワケありでして……」

「ふむ。では特別なチケットをご用意しておきますので、チケット以外はで来ていただければ、席までご案内いたしますよ」

「ほうほう。なにからなにまですいませんね」

「いえいえ、こちらこそお世話になりました。ではこちらのキャサリンが部屋までご案内いたしますので、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

「……一応言っておきますけど、もうカジノには来ないかもしれませんよ?」

「ご随意に。キャサリン、ご案内しろ」

「はぁい」


 キャサリンが甘ったるい声で返事をしたあと、エドが陽一にずいっと近づいてた。


「なにかございましたらこのキャサリンになんなりとお申しつけくださいませ」

「なんなりと?」

「はい、なんなりと。では」


 陽一の耳元でそう言い残したあと、エドはその場を離れていった。


「ではお客さまぁ、ご案内いたしますねぇ」


 エレベーター前まで案内されたところで、陽一はなにかを思い出したように立ち止まった。


「あ、すいません。トイレに行きたいんだけど……」

「おトイレ? お部屋にもありますよぅ?」

「いや、その……、ちょっと急ぎで……」

「はぁ。でしたらそちらに」

「ありがと! すぐ戻ってくるよ」


 陽一はトイレに駆け込み、個室に駆け込んだ。

 さすがにそこにはカメラがないことを確認したあと、【無限収納+】からスマートフォンを取り出した。

 これは出発前、空港で花梨が手配したものである。


 一応花梨とのあいだで連絡が取れるようにしており、陽一は早速花梨にショートメッセージを送った。


『いまどんな感じ?』


 メッセージを送って1分と経たず返事が帰ってくる。


『あたしはブラックジャックやってるよ。アラーナはバカラが気に入ったみたいだけど……、負けまくっていまはゾンビみたいにぐったりしてるわね……。実里は相変わらずスロットひと筋ね』

『そっか。一段落着いたらでいいから、みんなでモーテルに戻っといてくれる? あとで迎えにいくから』

『いいけど、なにかあった?』

『ま、いろいろ。でも心配しないで』

『わかった。あんま無茶しちゃだめよ?』

『わかってる』


 メッセージのやり取りを終えた陽一は、トイレを出てエレベーター前に戻った。


「じゃ、ご案内しますねぇ」


 少しだけ待ちくたびれた様子のキャサリンに案内され、陽一はエドアルドが用意した客室へと向かうのだった。

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