第5話 カジノの町へ
「あー、やっとついたー!」
陽一はホテルのベッドに身を投げ出し、大きく伸びをした。
「ふふ……。そういえば陽一と海外旅行なんて、したことなかったわね」
花梨は感慨深げにそう言いながら、ベッドに寝転がった陽一の隣に腰を下ろす。
「ま、あのころはそんな余裕なかったからなぁ」
花梨と一緒に行った旅行らしい旅行といえば、疎遠になる少し前の温泉旅行くらいだろうか。
あのときの宿は畳敷きの部屋がふたつ並んだ、
対していまいる部屋は、ふた間続きのあの部屋よりも広く、その中央にキングサイズのベッドがデン! と鎮座している。
高い天井に明るい色の壁紙、ふかふかのカーペット、天井吊り下げ式ではなく壁に備えつけられたシックなデザインの室内灯など、当時にくらべて随分いい部屋に泊まれるようになったものだと、陽一は我がことながら感心した。
(まぁ、人によっては風情のある温泉宿が好きってこともあるんだろうけど……)
大きな窓の向こうに見えるきらびやかな夜景を見ながら、陽一はぼんやりと考えた。
(こうやって海外のホテルに花梨とふたりでいるとまるで……)
「新婚旅行みたいね」
「――え!?」
「こうやって陽一とふたりっきりで海外のきれいなホテルにいると、なんとなくそんなふうに思っちゃった」
ベッドに腰かけた花梨は、寝そべっている陽一を見下ろしながら、ふわりと微笑んだ。
「新婚って……結婚もしてないのになに言ってんだよ……」
なんだか心の中を読まれたような気がして照れくさくなった陽一は、花梨から顔をそむけながら小さく呟いた。
「あはは、そうだった」
ちらりと花梨に目を向けると、彼女はいたずらっぽく笑い、舌を出していた。
そんな彼女の姿がなんとも愛らしく見えてしまい、陽一は思わず花梨に手を伸ばした。
「あん……! ちょっとぉ」
軽く身体を起こした陽一は、花梨の手を取って引き寄せた。そして並んで寝転がると、そのまま花梨の身体に腕を回して抱き寄せ、唇を重ねる。
多少の抵抗はあったものの、花梨はすぐに陽一を受け入れ、そのまま舌を絡め始めた。
しかし陽一が胸に手を伸ばすと、花梨は
「だめよ……。アラーナと実里を待たせてるんだからぁ……」
「…………だな」
名残惜しくはあるが、自分の部屋で待たせているふたりのことを考えると、ここで自分たちだけ楽しむというのもよくないだろう。
「しかし、ホテルでもパスポート提示が必要ってのは想定外だったな」
起き上がりながら陽一が呟く。
カジノ併設のホテルをとったのだが、人の出入りはかなり厳しく見られているようだ。
ホテルに入っていないはずの人間が部屋から出てカジノに向かえば、怪しまれる可能性は高いので、ここにふたりを呼んでカジノへゴー! というのは難しいだろう。
しかしどこか別の場所からカジノに入るとしても、入場時にパスポートの提示を求めらるだろうし、うまく入れたとしても巡回の警備員が結構頻繁に再提示を求めるようである
。
「実里なんかはこっちの人からだと未成年に見られる可能性もあるから、求められたときにパスポートを提示できないと、強制退去ってこともありうるのよねー」
「あー、なるほどなぁ」
クリアすべき課題はいくつもあるが、みんなで楽しむためにはなんとか乗り越えるしかない。
「とりあえず一度帰るか」
既に深夜を回っている時間だったが、【鑑定+】でふたりがまだ起きていることを確認した陽一は、花梨を連れてひとまず『グランコート』に【帰還】した。
「――というわけなんだけど」
「あ、だったらべつに私はお留守番でも……」
「ふむう。たしかにヨーイチ殿に迷惑をかけてまで行きたいとは思わんなぁ」
「いやいや、だったら俺らだけで言っても……なぁ?」
「そうね。あたしとしても、みんなで楽しみたいかな」
そもそも今回の件はアラーナを楽しませてやりたいということで思いついたことであり、弾薬の調達だけを目的とするなら、なにもあの町にこだわる必要はないのだ。
せっかくホテルもとったことだし、できればみんなで楽しみたいと陽一は考えていた。
「パスポートの偽装は……、ハードル高いよなぁ」
「やめときなさいよ。それだけは」
陽一のスキルをうまく使えばなんとかなるのかもしれないが、その手の違法行為のために考えを巡らすというのが面倒である。
密入国も立派な犯罪ではあるのだが、行き来するだけなら【帰還+】で簡単にできるので、楽な行為に対しては陽一もそこまでの抵抗はないようだ。
「とりあえずアラーナが持っている認識阻害の魔道具がどこまで通じるか試してみるか」
「ふむ。ならばもう少し性能のいいものを用意しよう。明日の朝メイルグラードに行ってもらってもかまわんか?」
「わかった。でもせっかくだから今夜はホテルに泊まっとく?」
人の出入りは厳しくチェックされているだろうが、室内まで監視されるということはない。
それについては【鑑定+】でチェック済みである。
「そういうことであれば、ぜひ」
「じゃあ私もお願いします」
というわけで、陽一は3人の女性を連れてカジノの町のホテルに【帰還】した。
「ほう、これはなかなか……」
「わぁ、すごい……!」
ホテルの部屋に着いたふたりは一様に感動していた。
「ふふふ、いいでしょ? 前に泊まってすごくよかったからさ」
このホテルを選んだのは花梨である。
さすが世界を股にかけるキャリアウーマン、といったところか。
有名カジノのホテルだけあって、そこまでグレードの高くない部屋であっても造りはかなり豪華であった。
「ここ、お高いんじゃ……?」
「それがそうでもないのよねー」
カジノ併設のホテルはその利益の大半をカジノで得ているらしく、宿泊費は意外と安かったのである。
そしてその夜は、いうまでもなく4人そろって親睦を深め合ったのだった。
――――――――――
コミックス第1巻が店頭に並び始めているようです。
お見かけの際はよろしくお願いします!
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