第四章
第1話 アラーナの服装
アラーナを連れて日本の町を歩く。
そう決まったところで、ひとつの問題が浮上した。
「服、どうしようか……」
アラーナが鎧の下に着ていた服は、こちらの世界だとクオリティの高いコスプレ衣装にしか見えず、変に目立ってしまう可能性が高い。
「私のを貸すわけにもいかないですし……」
「まぁサイズが――」
「身長がっ――」
「んんっ?」
「――身長が、全然違いますからっ!! ねっ!?」
「あー、じゃあ
とそこまで言ったところで、花梨は陽一の頭をペシっと軽く叩いた。
「ちょ、なにすんだよ?」
「あんたこそなに言ってんのよ。無理に決まってんでしょうが」
花梨は呆れたように自身の胸元をトントンと軽く叩いて主張した。
「あ、そういう……」
そこまで言われて陽一は、実里と花梨の服が身長以外のサイズ差によってアラーナには着られないだろうことを悟る。
「えっと、ごめ……いや、なんでもない……」
自分の胸を押さえて恥ずかしそうにうつむく実里を見て、陽一は謝罪の言葉を口にしようとしたが、寸前で飲み込んだ。
ここで謝っても花梨や実里がみじめになるだけだろう。
ひとりアラーナだけが、事情を理解できずきょとんと首をかしげている。
「なぁ、この服ではだめなのか?」
「いや、さすがにジャージは……あれ?」
アラーナは現在グレー地にピンクのラインが入ったジャージの上下を身に着けている。
異世界探索を始めて少し体格のよくなった陽一に合わせたメンズのものなので、サイズには少し余裕があった。
それでも胸のあたりはかなりの主張があり、ブラジャーを着けていないせいで形が浮き出ているため、どうしても視線がそちらへ吸い寄せられてしまうのだが。
「……意外とありなんじゃないでしょうか?」
「そうね、あらためて見るとありかもね」
「俺も、なんとなくだけどありな気がしてきた」
3人に確認してもらうように軽く両手を広げて立ったアラーナの姿は、整った顔立ちと抜群のスタイルのせいか、そこはかとなくスタイリッシュに見えた。
「上はジャージの下にブラキャミなんかを着れば問題ないかしらね」
「上下ジャージはちょっとアレなんで、下は無難にデニムとか合わせればいけそうな気がします」
「あ、じゃあ俺ちょっと買ってくるわ」
サイズに関しては【鑑定+】でわかっているので、それに合わせた既製品を買うだけでいい。
陽一は自転車を走らせてディスカウントショップへ行き、アラーナの体型におおむね合うであろうブラカップつきのキャミソール数点と、九分丈になりそうなデニムのパンツ、それに靴を数種類購入し、乗ってきた自転車も含めてまるっと【無限収納+】に収めて【帰還】した。
「どうかな?」
「「「おおー」」」
デニムに穿き替えたアラーナの姿は、少なくとも服装だけであればこの世界に問題なくなじめるものであった。
相変わらず胸の主張はかなりのものだが、ブラキャミを着たおかげでいい具合に収まっていた。
しかしいくら服装がなじんだからといっても、銀色の長い髪や整いすぎた顔立ちから、目立つのは避けられそうにないのだが。
「うむ、そんなことだろうと思ってな。じつは用意したものがあるのだ。すまないが私の鞄を出してもらえないか」
「あ、うん」
陽一は【無限収納+】から、アラーナが異世界で使っているバッグを取り出した。
「ふふ、これだよ」
陽一からバッグを受け取ったアラーナは、中からペンダントを取りだした。
それは革紐にシンプルなペンダントトップをつけただけの、アクセサリというには少し粗末なものに見えた。
ペンダントトップはこれといって装飾のないフレームに、少し光沢のある黒っぽい石を埋め込んだだけのものである。
アラーナはそれを首にかけると、ペンダントトップを軽く握り、なにかを念じるように目を閉じたあと、すぐに陽一のほうへと向き直った。
「どうだ?」
「どう……って?」
「なにか違和感はないかな」
「いや、違和感もなにも、全然普通だけど」
「普通、ね。では私がこのまま町に出ても問題ないだろうか?」
「そりゃ、まぁ。普通の格好だし、全然問題ないと思うけど?」
「ちょっと待って陽一、なにか変だわ……」
「変? そうかな? べつに変なことなんてないと思うけど……」
「あ! それが変なのよ!」
花梨がなにかに気づいたようにポンと手を叩いたが、陽一にはまだ彼女の言いたいことが理解できない。
「ふふふ……。この顔とこの髪は、こちらの世界だとかなり目立つという話ではなかったかな?」
「ん? あ、そっか。え? あれ? でも普通だしなぁ……。んん?」
「ふふ……」
混乱する陽一の
花梨だけはアラーナの意図に気づいたようで、関心したように何度も
そんな三者三様の反応を見せる陽一たちの様子に少し笑ったアラーナが、もう一度ペンダントトップを握って軽く念じた。
「あ、いつものアラーナ。いや、でもさっきも全然普通だったんだけど……」
「このペンダントはな、認識阻害効果のある魔道具なんだよ」
魔力がないため魔法が発動しないこちらの世界だが、どういうわけか魔道具は使えることが、意思疎通の魔道具によって判明している。
なので、認識阻害の魔道具も使えるのではないかというアラーナの予想は、どうやら大当たりだったようである。
「つまり、さっきはアラーナを見て髪の色なんかがまったく気にならなかったことが、おかしかったってことかぁ」
「そうなるんでしょうね」
「あー、なるほど……」
ようやく先ほどのアラーナに対する違和感の正体に気づいた陽一と実里が、感心したように何度も頷いた。
「だったら服装も気にしなくてよくない?」
「いや、あくまで認識を“阻害”するだけであって、“遮断”するわけではない。奇抜な格好をしていれば多少印象は薄れるにせよ、それなりに認識されてしまうだろうな。だから、この世界に合わせられるところは合わせたほうがいいのだよ」
「なるほど」
「それに、私も、その……、この世界の服をもっと、だな……」
「ふふ……。じゃ、今度、もっとゆっくりできるときに、たくさんお買い物しよっか」
「あ、いいね花梨。私もアラーナに似合いそうな服、選んであげたいな」
「う、うむっ!!」
少し恥ずかしそうにうつむいていたアラーナは、花梨と実里の提案に対して嬉しそうに応えるのだった。
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