第一章

第1話 見舞金の行方

「俺って駄目な男だよなぁ……」


 カードの支払が滞る可能性がある。

 早ければ再来月には。

 そんな中、10万円という予定外の収入。

 これを支払いに回せば、再来月もなんとか乗りきれるだろう。

 そして、来月あたりから徐々に仕事は増え始めるので、しっかりと節約すればその先しばらくは安泰になるかもしれない。

 そう、この10万円は陽一の命をつなぐといっても過言ではない、非常に重要なものだった。

 にもかかわらず、陽一はその夜、病院を抜け出していた。

 検査が終わったいま、外出を禁止されているわけではないので、抜け出す、という表現は適切ではないかもしれない。

 が、目の前にある建物がなんであるかを考えると、なんとなくうしろめたい気持ちになってしまうのだ。

 そこは、特別なマッサージ店だった。


 検査が終わった直後まではおとなしく寝て翌朝帰るつもりだったのだが、あの看護師とのアレがまずかった。

 中途半端にスッキリしたせいで、ベッドで寝ようとしてもムラムラして寝つけなくなってしまったのだ。

 そして、気がつけば現金を片手にここに立っていたというわけである。


 陽一は、繁忙期で収入が多いときに、よくこの店を利用していた。

 正月が明けて間もないこの日は『新年特別サービス』ということで、出費は1万円に満たない額だった。

 どうやら1月中旬くらいまではこの企画を引っぱるらしい。



「これくらいなら、出費のうちには入らないよな、うん」


 と自分に言い訳をする。

 こんなふうに小出しに使っていけばいずれは致命的な出費になりかねないのだが、陽一は考えるのをやめた。


 大事故から生還したお祝いも兼ねて、今日は奮発することにした。

 予約をしていなかったのだが、以前何度かお世話になってる娘が空いてたので、指名した。

 店内にはうっすらと雅楽のBGMが流れており、随所に門松や鶴亀などの装飾が施されている。


(これ、部屋の中でも流れてたら微妙だなぁ……)


 そう思いつつ部屋に入ると、BGMはまったく聞こえなくなり、陽一はホッとした。

 部屋の中では赤い振袖姿の女性が三つ指をついて陽一を迎えてくれた。


「あけましておめでとうございます」


 赤を基調とした派手な柄の、いかにもコスプレ衣装という安そうな着物を着た女性が、少し慣れない様子で正座したまま頭を下げている。

 振り袖は肩を出すように大きくはだけており、不自然なほど短い裾からムチムチとした太ももが見えた。


「あ、うん、おめでとう」


 彼女はゆっくり身体を起こし、陽一に向かってほほ笑んだ。

 明るい色の長い髪にはかんざしを差しており、頭を上げた際にその飾りがシャランと揺れる。

 少し大きく空いた着物の胸元から見える谷間に、陽一はドキリとした。


「あら、お客さんおひさしぶりです……よね?」

「うん。半年ぶりくらいかな?」

「あはは、よかった。勘違いじゃなくて」


 商売とはいえ、こうやって覚えててくれると嬉しいものだ。

 彼女の名はリナという。

 身長160センチほどで、少しふくよかな体型だが太っているというほどではない。

 胸はDカップ――自称だか誇張はなかろう――で、腰にくびれはないが、腹が出ているというほどでもない。

 お尻は大きめ、太ももはむっちりしてる。

 10人いれば4人は美人と評する程度の、容姿の持ち主だ。

 それなりに美人で男好きのする体型。

 仕事もしっかりしてくれるので、じつはかなり人気があるのだが、まさか予約なしでお相手できるとは思っておらず、陽一は幸運を神に感謝する。


(いや、神ってあれか……)


 そのとき思い浮かんだのは、間の抜けた和服の女性だった。


「着物、どうします?」


 リナは立ち上がると、襟元に手をかけて少しずらし、誘うような目で陽一を見る。


「あー、じゃああれやっていい?」

「あれ?」

「あーれーってやつ」

「あはは。男の人ってそれ好きですよねぇ?」

「あ、もしかしてさんざんやった?」

「あー、まぁ。でもそれでお客さんが喜ぶなら全然オッケーですけど?」

「よし、じゃあやろう」


 陽一は振り袖の帯を解くと、端を持って軽く引っぱった。


「あ~れぇ~」


 リナは嬉しそうに笑いながら、帯が引かれるのに任せてその場をくるくる回る。


 長い袖のたもとと長い髪がふわりと持ち上がり、ひらひらと揺れた。


「むふふ、よいではないか、よいではないか」


 新年早々陽一もノリノリである。


「あぁん、全部取れちゃったぁ」


 帯がすべて外れ、着物の前がはらりとはだけた。


○●○●


 なんやかんやで制限時間まであと40分と少し。

 しかしその程度では、残念ながら陽一は復活できない。

 では残り時間なにをするかというと、彼女に添い寝してもらうのだ。

 人肌の温もりを感じながら寝る、というのは、陽一にとって至福のときだった。


「時間になったら起こしてあげますね」


 陽一はリナの身体を抱き枕のようにして、眠りについた。

 

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