デジタル彼女とアナログ彼氏
John B. Rabitan
第1話
俺、内藤純一は、塾からの帰り道を急いでいた。
早く帰ってSNSをチェックしたい。
俺の家は人通りも少ない閑静な住宅街にある二階建ての一軒家で、夜になるとめったに車も走らないけれど、だからといって歩きスマホなんかしない。駅からそう遠くもないから、早く帰って自宅でゆっくりとSNSを見るつもりだ。
この時間になると電車もそんなに混んでいなかったので、電車の中で一通りTLチェックはしてある。といっても、どんどんTLは流れていくから追うのが大変で、またつぶやきたくなったり、リプが来たら速攻でリプ返ししないと気が済まないタイプだし。
なにしろ俺が今いちばんハマっているアイドルグループAO団の、ちょー推しメンのゆうりん本人のつぶやきは見逃せないし、オタ仲間からの情報も貴重だ。運営の公式発表も、見落としたら悲劇が待っていたりする。もっとも、よっぽど重要なのはFCからメール来るから情報漏れってことはないんだけど。
そんなことを考えてたら、家に着いた。
塾の最後の授業が終わっても事後処理ですぐは帰れないし、帰宅はもうほとんど深夜。だから、母親以外の家族は皆寝静まっている。その方がうるさくなくていい。
母親は居間で一人テレビを見ていたけれど、俺の顔を見たらにこっと(にやりと?)笑う。
「あれ? まだ起きてたの?」
「純一さんこそ、遅くまでご苦労だねえ」
そんで、俺の顔を見て安心したのか、お袋は和室の寝室へ行ってしまう。
居間のテーブルの上には簡単な夜食がラップをかぶって置いてある。塾の授業が始まる前に、コンビニで調達した結構本格的な夕食はもう食べているので、帰宅後はおにぎりとかで十分。
SNSの続きも気になるけど、まずは時間なのでテーブルの上のおにぎりをほおばりながらテレビをつけて、テレビがHDDを認識するまでまた「ある男の人が女の人を殺しました」なんてニュースとか見て、そんで実はもう始まっている毎週見ている異世界もののアニメを、追いかけ再生でCMを飛ばしながら見る。
アニオタとドルオタの兼任は結構つらいところがあって、毎月俺の小遣いの何人もいない諭吉さんがほとんどアニメグッズやイベント、そしてアイドルへと飛んで行ってしまう。ドルオタもAO団だけじゃなくって、昔からハマっているMCZ、それに最近は新しいグループのHNZ46も目が離せない。もっとも俺は、そんなに諭吉さんの顔を直接見ることはない。キャッシュレス派だから。
まあ、それはいいにして、アニメ終わったらやっと俺の書斎に入る。勉強部屋だろって? いや、書斎だお(笑)
SNSの続き。でももうスマホは充電差し込んだら机の上。そしてPCの電源入れる。自動で立ち上がるメールソフトには、めんどくさいメルマガばかり、ほかSPAMメールが十数通。メルマガもなんかの登録の時に知らない間に購読させられているようなのばかりだから、読みもしないでまとめて削除。友達からの大事なメッセはSNSのDMか、LINEで来るしね。そんなのは電車の中でチェック済み。アイドルのブログもとっている有料トークも電車の中でチェック済み。
じゃあこれからパソコン立ちあげて何を見るかって、今日の株の動向と株価の動き……てなもん見るわけないだろw。すぐにブラウザ立ちあげてSNS。スマホよりもやっぱパソコンの方が性に合っているし、もし書き込むときはスマホよりもパソコン入力の方が断然速い。
ん? DM? ミオからだ。
FFのミオは16歳の女子。もちろん、リアルで会ったことはない。
春休みに俺が相棒と男二人で横浜の赤れんが行ったことをつぶやいたら、リプ返してきたのがいつの間にか無言でフォロワーになってた。
「ええ? 私もじゅんくんと赤れんがデートしたいな」
これが最初の絡みだった。
だいたい俺のFFはアニメ関係、推しがかぶっているアイドルオタクのほかはリア友ばかりで、そのどれにも当てはまらないフォロワーはミオくらいしかいない。リア友はみんな高校生や一部中学生もいたりするから、ミオも年齢的にはそれと同じ。もっともドルオタ仲間はほんの一握りをのぞいてオンラインだけでの付き合いだから、リアルは間違いなくおっさんって人も多そう。事実、現場で連絡取りあって実際に会ったFFさんは、やっぱおっさんだった。
さて、そのミオだけど、俺が「春休みもそろそろ終わりなので黒染めしよう」ってつぶやいたら、ミオは「わー、じゅんくんって不良なんだ」って……別に不良じゃないんだけどな。だって、前にも同じようなつぶやきしたら、「×黒染め→○白髪染め」とリア友の女子がつっこんできた。もう、うるさいって感じなんですけど…。
それで最初にミオから年齢聞かれた時も堂々と「17歳」って答えたら、「私より一つ上かあ」って、これもリア友だったら「←おいおい」ってリプ来るだろうなあ。
でも、嘘は言っていない。俺は正真正銘17歳。俺の心は間違いなく17歳。自分は17歳だと確信している。去年も17歳だったし、来年も、再来年もずっと17歳であることは、自分の中では絶対に嘘ではない。
でもその後もミオは俺のことガチ17歳だと思ってくれている。でも、絶対に騙してはいない。だって、俺の中では自分が17歳であることは間違いないんだから。(ここ、大事だから2回言った)
そして今日のDM…
え?
[今度じゅんくんと会って話せませんか?]――
――まじか?…
ちょうどミオとは俺が推しているAO団やMCZやHNZ46とか、俺が大好きなアニメ「小野の妹」で話が合って会話がはずんできていたころだった。
さっき、ミオはドルオタでもアニオタでもないって言ったけど、たしかに最初はそんな感じの非オタだった。でもだんだんと、実はミオはアニオタでドルオタなんじゃないかと思えてきた。まあ、俺ほど強度でもないし、もしかしたら無理に俺に合わせてくれているだけかもしれないけど。
そんなミオから会いたいっていわれて一瞬喜んだし、俺も会いたいと思ったことは否定しない。でも、会いたくても会えない特殊事情があるんだ。
――[会うのは厳しいなあ。時間的余裕ないし。しかも、ネットで知り合った人とは会わない主義なんで]
嘘ばっか。前にも言ったけれど、オタ友のおっさんとは現場で会って、意気統合して呑みに行ったりもしている。
でも、まだ相手がおっさんっていうならば安心できるけど、JKってのがちょっとなあ…。もちろんJKが嫌いってわけじゃあないけど、いや好きなんだけど、なんかやばそう。ただの出会い厨ならいいけど,
ネットの世界はいろいろやばい話がある。ミオはプロフにFJKって書いてるけれど本当だっていう保証はないし、プロフ画像アップされてるけど本人かどうか分かったもんじゃあない。あまり認知されていない地下アイドルの画像持ってきて貼ったって、こちとら分かんないしな。それに世の中にはネカマっていう生き物も生息しているらしいし。最悪詐欺……突然の見ず知らずの人からのメールじゃないからそれはないだろうけど、ま、こっちに時間的余裕がないっていうのはガチだし。
そうしたらすぐに、[じゃあ、顔写メ交換しましょ!! 拡散しないんで]と来た。
今どき写メなんて言葉使う人あんまり多くないけど、それよりも困ったなあ。即答もなんだから少し間をおいて[ごめん。見せられるような顔じゃないんで]と返事。別に俺、二目と見られないようなブサメンってわけじゃあない。でも、イケメンというよりは自分で言うのもなんだけどダンディー? え、これ死語?
とにかく、写真はまずい。
息子の写真送るのもなんだかだし、俺の息子はまだ中学生だし……え?
「近所のおじさんですけれど、本人に頼まれて迎えに来ました」とか言って初めて待ち合わせた相手の女子高生を車に乗せて、変な所に連れ込んであんなことやこんなことして逮捕されたやつのニュースが実際にあったけど、俺はもちろんそんな悪いやつじゃあない。第一、もうそんな
それはいいにして、とにかく写真に関してはなんとかごまかすしかない。
それからも何回か写メ交換を促してきたけれどはぐらかしているうちに、ほかの話題になっていった。でも、あんまり催促されるとウザいって思うものだけど、不思議と彼女に対してはそんな感情は湧かず、むしろベクトルは逆方向に行っている俺だったんだ。ベクトルって知らないけど。
そういうわけで、今までの話で「?」と思った部分が、みんなそろそろ「!」になっていっていないかい? もうとっくに気付いていたよって人はいいけど、俺の姿かたちを脳内設定しちゃっていて、ここで設定し直さなきゃならないことになった人はごめんな。
でも口が裂けても、俺は実は……とか、本当の年は……とかは言いたくない。だって、俺の中では俺はまじで17歳なのだから……。
その日はもうそれで寝て、翌日太陽も高く昇ってから起きる。相棒と太ったおばさんはとっくに出かけて、母親だけがぽつんとテレビを見ていた。
相棒? もちろん中学生の息子のこと。太ったおばさんって、わかるだろ?
「おばあちゃん、いつも僕のこと待っていなくていいからね」
俺はお袋にそう声をかけた。実際にはもうお袋ではなく、おばあちゃんと呼ぶ。
「いや、たまたま目が覚めただけさ」
もう後期高齢者だから、そろそろ気をつけないといけないんだ。
俺が家を出るのは昼前。
塾に行く。そこが職場、一応教室一つ任された室長。だから授業よりも、大学生のアルバイト講師の管理の方がメインの仕事だ。
彼等ともけっこう話が合う。目ざとくオタクを見つけて、意気統合したりする。生徒はまだ中学生だからたまにずれる。
俺のSNSのフォロワーのリア友の高校生ってのは、ほとんどがこの塾の卒業生。もちろん塾に在籍生徒とSNSで絡むのは大学生の講師に禁止していることだから、室長が自ら破るわけにはいかない。それに、俺のフォロワー、JKじゃなくってやたらDKなんですけど……。もちろん、向こうから勝手に飛び込んでくるんだけど。
そんなわけで、毎日自然と中学生から大学生までと対等に接している。だから、オタクではない世間一般のいわゆるおっさん(あんまりこういう言い方はしたくないんだけれど、肉体的には俺と同世代の人)とは話が合わない。ものすごくジェネレーションギャップを感じる。
最たるものが、同居してる太ったおばさん。俺がこんな仕事してるから生活リズムが合わずに、同じ家に住んでいてほとんど顔を合わせないのだが、週に一度くらい会うとまず愚痴と文句の機関銃が飛んでくる。
そして時にはそれが俺のオタク趣味へと向かう。
「もっと歳相応の趣味を持ちなさいよ」
なんだ、その偏見! そもそも歳相応の「歳」って何だよ。自分の意志で、好き好んでこんな歳になったわけじゃあない。そんな理不尽な現実を俺は受け入れていない。「年齢なんてただの数字でしょ」なんて歌もあったけど、全くその通り! 「歳相応」を押しつけるなんて、そんなのGIDの男性(二次元では男の
だいたい年齢を聞かれて、さっと答える人たちの神経が分からない。俺も時々聞かれるので「17歳です」と答えるけれど、鼻で笑って「本当はいくつ?」としつこく何度も聞いてくるやつもいる。年齢を聞いて、どう見ても17歳に見えない人が「17歳です」と答えた時は、もうそれ以上きっぱりと年齢の話題はやめなければいけない。さもないと、人間関係こわすゾ。それって、女性に体重聞くのと同じだから……。
話がそれたが、だから塾で生徒や大学生講師と接している時の方が楽しいし、電車の中や帰宅後もSNSで同志と絡んでいる時の方が充実している。こっちの方がよほど俺にとっては「同世代」なのだ。ただし、男子ばかりでなく女子大生もいるけれど、決してそんな彼女らとリア充したいとは思わない。恋愛は二次元の中でのみ成立する、それこそが永遠なのだ。だから俺の嫁も二次元にいる。(それ以前に、俺ってリアルでも妻子持ちの既婚者だし……)
そう、そのようにリアルだろうがオンラインであろうが、女性への恋愛感情はない。むしろ推しに対しての方がガチ恋だったりする。でも、あくまで推しなんだよな。
そんな俺、いや、そうであるはずの俺だったのに、だんだんと俺の中で存在を大きくして言っている女性、それがミオだった。
名前はミオ(本名は知らない)、年は16(本当かどうか分からない)、性別…女性(本当かどうか分からない)、写真あり(本人かどうか分からない)……あの顔写メ交換を拒否してから、ばつが悪くなったのかしばらくそのミオからDMは来なかった。TLには時々短いつぶやきがあるけど、ほとんどが買っている猫のこととかネイルしてみたとか、アニメの話とかetc。たまに画像がアップされているけれど、顔は黄色いスマイルマークで口元が隠されている。プロフ画像は修正ないけれど全身写真だし、うつむいていて顔はよく分からない。でも、つぶやきやアップしている画像見る限り、やはり本物のJKかなあって思う。それに、口元を隠しているとはいえ、目だけでもちょーかわいい子なんだってことは分かる。
俺は思い切って、こちらからDMしてみた。実は、俺からDMするの、初めてなんだ。
――[こんばんは]
まずは、あたりさわりのないところからだな。
――[この間は、写メ交換、断っちゃってごめん]
見た目は似ているのに、SNSのDMはLINEと違って「既読」ってのがないから困る。読んだのか読んでないのかよく分からない。でも、びっくりするくらいすぐに返事は来た。
[気にしてな~い。やっぱだれだって、いやなことあるよね。それを無理強いされたらもっとやだよね]――
――[ま、無理強いって言ったら大げさだけどね]
[じゅんくん、まだ起きてたの? 何時くらい寝るの?]――
――[明け方の時も多いよ]
[え~~(ノ゜⊿゜)ノ 次の日、学校だいじょうぶ?]――
――[あんまりだいじょばない(笑) ]
[笑笑笑]――
――[帰りが遅いから]
[帰りが遅いって部活?]――
――[部活やってない]
[じゃあなんで? 塾?]――
――[そう、塾]
[そっかあ、じゅんくん、私より一年早く受験だもんね。私なんかやっと高校受験終わってせいせいしてるのに]――
――[わかる]
[でも、じゅんくんがネッ友でよかった。もし同じ学校でリアルに会ってたら先輩だからタメ口きけなかったし]――
それは最初の時に俺の方から言ったのだった。敬語はなしって。
――[ミオは? 部活は?]――
[テニス部。でも、あんまり行ってない。うちんとこは限りなく同好会って感じで、スポーツアニメみたいに県大会とかインターハイ目指して根性!根性!なんて感じじゃないから。楽しんでテニスやってる]――
――[いいなあ、それ。大会で勝った負けたって大騒ぎするのって、ばかじゃないかなって思うよ]
[それなー]――
延々ととりとめのない話は続く。最初は何を話せばいいのかって悩んでたくらいなのに、気がつけば一時間。だいたい女子とのこういったリレーを終わらせるコツって何なのだろうと思う。
もちろん自分がいやだったらいくらでも口実つけて終わりにできるけど、そんなことはしたくない。でも疲れたから眠い、その葛藤に苦しんでる。
ありがたいことに向こうから、そろそろ寝ると言ってくれた。そんで、ポンとスタンプが来れば、今日はとりあえずそこで終わり。
ネットでのリア友とはこんなDMで延々と話すことなんかないし、TLのつぶやきを見るか、たまに「いいね」するか、軽くリプつけるくらいだ。
次の日、塾に行っても俺、なんかずっとミオのこと考えてた。部分的にしか顔も知らないのに、ましてや声も聞いたことないのに……ミオのことが気になってボーっとしてた。
そもそも午後1時出勤しても、最初は事務のおばさんと、あともう一人専任講師がいるだけで、四時頃になってようやく大学生講師が出勤してくる。生徒が来るのはその後だ。生徒は主に中学生だけど、時々高校生もいる。当然、女子もいる。でも、塾の女子生徒に対しては何ら特別な気持ちなど持ったこともない。
はっきりいって俺はどちらかというとアニメでは「幼女キターーーー」って感じだけど、リアルのロリには興味はない。幼女は二次元に限る。「うちの娘」なんて異世界アニメにはとっぷりとハマっている。
塾の生徒はそれに対してかなり無機質だ。彼女らは顧客なのだ(正確にはその親がお客様だけど)。でもそんな彼女らと同じ歳の女子と夜中に延々とDMで会話しているなんて、まずは誰にも知られちゃいけない秘密だろうなと思う。
そしてその夜、家族が寝静まった部屋で、ミオとの会話のために一人パソコンのキーを叩く。
今夜はミオの方から先にメッセージが来た。
[やっほー]――
――[元気そうだね]
[元気そうじゃなくてマジ元気]――
確かに、なにを話そうか考える必要もなく、勝手に指が動いてキーボード押してる。やっぱスマホで入力してるんだろうミオより、俺の方が若干速いかな? なんて変な対抗意識燃やしたりして。
それで、話はほとんどアニメの話になった。やはりミオも最初は隠してたけど、実はかなり強度のオタクなんだなあと思う。でも、男子と女子では見ているアニメが違ったりして、時々話がかみ合わないこともある。俺、イケメン系は全く見てないしなあ。特にBLものはまじ勘弁って感じなんで。
[ああ、でもやっぱ、じゅんくんとは会って話したいよぉ。でも、無理なの? じゅんくん、どこ住み?]――
――[千葉だけど]
[私、静岡]――
考えてみれば俺、それも知らなかったんだ。
――[じゃあ、やっぱ無理だね]
[えー? 無理じゃないよ。新幹線に乗ればすぐでしょw]――
――[いや、新幹線高いしwww]
[ねえ、SNSのメッセだとなんかめんどいときもあるし、LINEの方が気軽でいいと思わない?」
――[ごめん、俺、LINEやってない]
実は嘘。でも、LINEだと突然無料通話で電話かけられたりするから、かかってきたら困るってとっさに思った。
[そっか。一応私の直電教えとくね。09078XX55XX]――
俺はあえてこっちの番号は教えなかった。教えてほしいってねだられもしなかったし。
でもその日の夜、布団の中で聞いたこともないはずのミオの声と会話していたような錯覚に陥った。実際は文字でのやり取りをしていただけなのに。
そして、なんだか胸が熱くなる。こんな感覚、久しぶり。何十年ぶりだろう? 俺の中ではミオはリアルな女子高生ではなくて、限りなくアニメキャラに近い存在なのかもしれない。だから胸が熱くなるのかも。
リアルの世界では決して美少女が空から降ってきたりはしないし、食パンくわえて走ってきて道の角で出会いがしらにぶつかったりはしないし、その後で学校に行ってそのぶつかった食パン少女が謎の転校生として紹介されることもない。ましてや自分の下駄箱に女子のぱんつ付きのラブレターが入っているなんてことも絶対にない。
だからこそ、今ミオとこんな長い文字の会話して至福の時と感じるなんて、リアルじゃないんだと思う。
その至福の時が、それからほぼ毎晩続くようになった。
俺だって、できることならミオと会って話をしたい。ミオが最初に言ったように、赤れんがデートもしたい。中学生の息子となんかじゃなくって、ミオと行きたい。
そう思うと、また胸が熱く焦がれる思いだ。ああ、遥か遠い昔にこんな気持ちになったことがあるような気もする。長いこと忘れていた感情を、ミオは掘り起こしてくれた。
でもそれを「年甲斐もなく」というふうには絶対に思いたくない。自分が17歳であるというのはガチなんだ。その俺が16歳の女子にガチ恋して何が悪い? 客観的に見たらキモいかもしれない。でも、誰にもキモいと思われない方法はある。それは、こんな気持ちを絶対に誰にも言わないことだ。また、実際にミオに会いに行くなどという行動をとらないことだ。
でも今の俺にとって最大の願望はミオと会うというより、その前段階のことだ。ミオと何の気兼ねもなく会えるようになるには……俺が本当の17歳になること。
もちろん心は本当の17歳だけど、見た目や肉体的にも17歳に戻ること……それが実現したら堂々とミオに会える。
どうしたら実現するのか……仕事中も、道を歩いていても、俺はそんなことばかり考えていた。もちろんそれは、ミオには言えない。
17歳に見えるようになる薬をある会社の人がくれるとか、異世界召喚で俺は17歳になっているとか(いや、異世界に行ってしまったらいくら17歳になってもミオに会えないので意味がないケド)、いやはやほとんどビョーキ!
ただ、唯一実現できるのは、ミオと文字での会話をしている時。その時は本当に17歳になっている。演じているというのも違うし、ミオを騙しているということにもならない。だってその時は本当に俺、17歳なのだからこれはもう確信犯。
――[ミオ、俺もやっぱ会いたいよ]
とうとう思い切って言ってしまった。
[私も、会いたい。じゅんくんと会いたい。たとえ遠くても。だから、電話して]――
俺はため息をついた。このため息は聞こえないはずだ。
――[わかった]
俺は言ってしまった。でもできるわけがない事情というものもある。
俺はパソコン画面から紙に書き写しておいたミオの電話番号を握りしめた。
この苦しさから抜け出るためには……ミオの間から消えるしかないか……もう二度とDMしないし、ミオをアクブロ……そんなことできるわけないじゃないかああああ!!!!!
右手にはミオの電話番号を書いた紙、左手にはスマホをぎゅっと俺は握りしめていた。ミオをアクブロなんかできないのなら……今すぐ電話しようか……。いや、そんなこともできるわけがない。
その時である。
頭の中に声が響いた。何だか老人のような声。
――想念は物質化する。
え?
深夜の部屋の中を見渡したけれど、誰もいない。
――強い想いは必ず形となって現れる……
次の瞬間、頭がくらっとした。直電の紙とスマホを握ったまま、俺は意識が遠のくのを感じていた。なぜか心地よかった。
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