世界と自分と
t20
第1話 その男、健脚につき
2020年1月14日
年明けのご挨拶も流石に終わったであろう、街の話題は既に節分、ある程度若ければバレンタイン迄あと1ヶ月。そんな日和に神奈川県某駅で夕方友人と待ち合わせる。約一年半ぶりの再会。幸か不幸かお互い見た目は30を超えた今でもあまり変わらない。
挨拶もそこそこに駅側の地下街へ。恒例化しているわけではないけれど、地下街の総菜屋さんでつまみ兼食事を買って目的地に向かう。買い物中に友人が目的地a.k.a恩師の御自宅に連絡するのも同様。「何か食べたいものはありますか」の問いに電話越しに以前と同じ答えが返ってくる「なんでも良い」。
適当に惣菜を購入して、目的地へ向かう。この道中にお互いの近況を話すのも私にとってはウォーミングアップ。お互いの近況報告兼前回話したことのおさらい。
以前にあったときはこう言ってたけど今はどう?此方は最近こんなことがあったよ。時々被るお互いの話の出出しに気を使いながら、テクテク歩く。お互い夜目が効かないという新たな共通点の発見はやはり年齢を感じる、と同時に左折地点。前回は夕暮れ時で曲がったため景色の覚えがあるのだけれど、夜目の効かなさから多少の不安を抱えつつ左折。よかった、見知った道に出た。
交差点を超えて登り坂の半ば、集合住宅の二階が先生の御自宅。
幾許か時を空けて、十数年前に多大にお世話になった方に会うのは、緊張もあるしワクワクもあるし、少しだけいつも不安を抱えてる。私達が直接お世話になった時には既に嘱託だった先生は、御年七十七歳。直接お目にかかるまでは何があるかわからんですから。
そんな不安を毎回即吹き飛ばしてくれるのもまた先生だった。玄関の隣が先生の書斎で、その窓からカーテンを閉めない限り、来訪者は全員先生から見える、逆もまた然り。このジジィ既に飲み始めてやがる。
「まぁまぁまぁ、あがれあがれ」
此方のご挨拶は早々に無視され、件の書斎へ通される。
毎回碌に挨拶もできず奥様には申し訳ない。
一先ず乾杯。ビールが美味い。先生はお世話になるずっと前から、「先生」である以前に「冒険家、探検家」だった。今でも変わらず、中国やインドの奥地に年に一度は旅に行かれている。去年は何処へ行った、と写真を沢山見せてくれる。都内安月給で
そんな最中、随分と古いと思われる写真(現代技術を私より使いこなせる先生は古い写真もPCに取り込み済みで、最新の色彩でプリントアウトしてある)を数枚見せてくれる。
「それ、お前らにやる。そのためにプリントアウトしたしな。あとこれも、それからお前が今使ってる灰皿も、俺はもうタバコもやめたし、持って帰れ。」
さらっと言ってのけ、急なお土産が複数出来てしまった。僕も友人も、はっきりとは言葉に出来なかった。目の前の先生は、今もピンピンしていて一緒にパカパカ酒を飲んでいる。でも、こんなにお土産を貰ったら、意識せざるを得ないじゃあないか。本当の「お別れ」と先生自身が向かい合い始めていることを。
そんな僕たちを察したのかはわからないけど、先生が独言る。
「俺自身は元気だがなぁ、奥さんがな。あの人は絵を描く人だから、最近目が一段と悪くなって、描きたいように描けなくて落ち込んでいる。」
先生の奥様は元美術教師。自分の目で捉えたもの、そしてそれを表現したもの、どちらにもピントが合わなくなることは、美術・芸術に深く携わってきた人にとってどれほどの絶望や悲しみを生むのだろう。年齢を重ねたからと言って、簡単に諦めがつくものではないことだけは、僕にも想像が出来る。
そんな奥様を見て、先生自身も様々なことに考えを巡らせたことも。
そんな憂いは何処吹く風とばかりに、話は現代情勢の愚痴や個々の近況に移り変わり、宴とお酒は進むよ何処までも。
それでもやっぱり、帰り路すがら友人とは「先生の見据えた先」について話さざるを得なかった。我々が憂いを帯びても仕方がない、と言えば其れ迄なのだけれど。
なんとも形容し難い心持ちのまま、下北沢で下車して二軒目に向かう僕と友人が居ましたとさ。
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