呉起 ――「死の力学」の兵法家

城 作也

1 三十人殺し

1-1

 剣の刃がめくれた。これで四本目になる。両手は血で濡れていた。

 呉起ごきは、懐から竹簡ちくかんを取り出した。竹簡とは、まだ紙のない時代に細く切った竹を巻きもの状に連ねた帳面である。

 竹簡には、今斬った男の名前が書かれていた。呉起はそれを男の血で塗りつぶす。その名前の右側には同様に、様々な濃淡の血で塗りつぶされた名前があった。

「……あと一人」

 呉起は、無機質な口調でそう呟いた。

 五本目の剣を袋から出して腰に差すと、音を立てずに走った。

 ある男を発見し、いきなり正面に躍り出て一刀の下に斬り殺した。そしてまた竹簡を出し、名前を消す。

 消して、呉起は竹簡を両手で引きちぎって捨てた。剣も捨てた。竹簡の名前が、全部消えたのだ。

「…………」

 言葉は出なかった。満足したとも途方に暮れたとも見える表情で、呉起はしばし佇んだ。

 やがて人が近づく気配があり、その場から静かに立ち去った。

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