ボンド・リゲイン

@kimikusu

第1話 謎の男

青年は走っていた。


ただただ一目散に「生きたい」。


そう思わせるかのように顔を歪ませながら。






彼の名はシーク。


この世界ロスフィルにおける小さな村、ヒキン村の出身の青年である。






......どのくらい時間が経っただろうか。


さかのぼると全てのはじまりは、彼の故郷、ヒキン村での出来事がきっかけであった。










ヒキン村は森に囲まれ、人も閉鎖的ではあったが、皆優しくのどかな村だった。


そして彼もまた、いつものように日常を楽しんでいた。






シークと幼なじみのティオは、村を見下ろす小高い丘で、他愛もない話をしていた。




ティオの銀の髪を風が踊らせる。


彼女のすんだ瞳はシークの目を見つめていた。






「もうすぐ、誕生日ねシーク」




彼女は口を開いた。






「なにか欲しいものとかあるの?」




口元に手をあてながら、彼女は問いかけた。






「そうだなあ、欲しいものか」






「隠さず言った方が、いいことあるかもよ」






「なんだよそれ」






「もしかして、欲しいものがないとか?」






「そうだな、僕はなんでも」 






「なんでもね、難しいな」






ティオはいつものように笑顔で、彼はその表情を見て照れ臭そうであった。


彼女が彼の事をどう思っているかはわからない。しかしシークは彼女に好意を抱いていた。






気がつけば丘から村を望む景色も橙色へ、美しい夕焼けへと姿を変えていた。


しばし無言のまま二人はぼんやりとその景色を眺めていた。






「ティオ、そろそろ帰ろうか」






「ええそうね、あんまり遅いとハレルが心配してしまうわ」






ハレルとはティオの双子の姉である。


双子の彼女達は瓜二つだが、ハレルの髪は肩にかからない長さでまとめられていた。






語り疲れた二人は村へ戻るとそこには人のわだかまりが出来ていた。


村の皆は真剣な顔をして何かを話しているようだった。






「ティオ、人が集まっているね。ちょっと行ってみようか。」






「うん、どうしたのかしら。」








駆けつけてみると、そこには知らない男の肩を抱えながら村へ連れてきた二人がいた。






二人とはハレルと、村の娘ソフィであった。


日課である薬草摘みの道中に怪我人の男を見つけて来たらしい。




連れてきた男は傷だらけで意識はなく、ボロボロの見たことのない服を着ていた。






......村では大きな問題になった。


外界から隔離されたこの村で、外部の者を連れてくる、そんなことは過去になかったからだ。






村では様々な意見が飛び交った。






「どうしようか」






「大分傷ついてるわね、危険な状態よ」






「しかし、外の者をかくまうのは村の掟に反する」






「これだけの傷だと、放っておいたら長くないかも知れないぞ」






動揺する村人のざわめきを切り裂くように、ハレルは言いはなった。






「放ってはおけないわ!」






「人として、あたりまえのことよ!」






ソフィもそう答えた。


二人の発言に、村の者も皆沈黙した。 






「とりあえず私の家に、連れて帰りましょう」






ソフィはハレルと男の両肩を持ち、自身の家へ連れて帰った。


シークとティオは一連の流れを見守っていた。






「とんでもないことになっているな」






「ハレル、ソフィさん......」






ティオは心配を隠せない様子だ。






「男の人、大丈夫かしら。とにかくまずはソフィさんのお家へ様子を見に行きましょう!」






「そうだね、急ごう」






二人はソフィの家へと向かうことにした。








家についてみると、ハレルは傷だらけのこの男にまず応急措置をし、ベッドに寝かせていた。ティオはハレルの元へ駆けつける。






「ティオ!帰ってきてたのね!話はあとで!今は余裕がないの!」






「ハレル、私達も何か手伝うわ!」






「僕はタオルを持ってくる!」






少しするとソフィは寡黙そうな青年を連れてきた。




アロフだ。


彼の燃えるような赤い瞳と髪は、内なる情熱を秘めているようであった。




寡黙な青年だが面倒見が良く、皆に好かれていた。ソフィとは古くからの付き合いでとても親交が深かった。






「ソフィ、その男だな」






「ええ、アロフ。この人怪我が酷いの」






「『術』を、使うのか?」






「そのつもりよ」






「そうか、ソフィが言うなら。俺はソフィの力になりたい」








------『術』




それはこの村が外界から遮断されている理由である。ヒキン村人にしか使うことの出来ない不思議な力、まさに傷部分の時間を巻き戻すような力だ。




この力は深い絆を持つ村の男女二人が力を合わせて初めて成る。


素質だけでは叶わない、並々ならぬ信頼関係、そして息の合った呼吸が必要であった。






「みんなありがとう。少し離れてて。アロフ、はじめましょう。」






「わかった」






二人は目をつむり、傷の男に精神を集中させた。暖かな赤い光が男を包む。すると、みるみる男の傷はふさがっていく。






「これで傷は大丈夫ね」






「ああ......少し疲れたな。傷は癒えたがまだ衰弱しているみたいだ。あとは、看病して目を覚ますのを待とう」






ハレルは二人を労りながら、






「二人は休んでて、あとは私が。ティオ、シークもありがとう。これは私とソフィがしたことだから。あなた達は各々家でまってて。多分、あの人もここに来るだろうから...ね?」




そう答えた。






「ハレル......また来るわね」




シークとティオは、ハレルの気遣いを察して一旦身を引き帰路に着くことにした。






_______






しばらくして、家のドアを叩く音が聞こえた。


そこには年老いた白髪の男性がいた。しかしその瞳は鋭い眼光を伴っている。ヒキン村の長、レンだ。






「ハレル、ソフィ。君たちは、何故この村が外界との関係を断っているのかはわかっているな?」






「はい、レン様」




ハレルは答えた。






「ソフィ、アロフ、君たちはその部外者の男に『術』をかけたんだね」






「......はい」






「そうか......。聡明な君たちのことだ。私は信用しているし、人を助けることは素晴らしいことだ。ただし、くれぐれも忘れぬよう」






「わかりました」






「君たちの事やその男の扱いについては、また連絡する」








レンはそう答えて、立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る