Ⅳ-世間で言う『普通』って何?
◆
「いやぁ、酷かった」
「もしかして『普通の女子高生』って難しいのかなぁ……?」
「京子ちょろいって言ったじゃん!」
「お、おかしいなぁ……」
ゲーセンから出た私たちは、早くも『普通の女子高生』の難しさにぶち当たっていた。
具体的に言えば、よく教室で見かけるような、可愛い顔でのプリクラが撮れていなかった。女子高生的に言えば「盛れてない」というやつだ。
入った筐体は当然、「盛れる」ことで今の女子高生には大人気の「花鳥風月」だ。──いや、正直に言うのならそんなことを知っていた訳ではない。京子が事前にリサーチしてきてくれたのを教えてもらったのだ。活字と京子だけを社交の窓とするこの私が、プリクラの筐体など知る筈もない。この会の「イマドキの女子高生」情報は殆ど彼女頼りだった。
「ねぇ京子、そろそろ疲れてこない? 甘い物でも食べようよ」
「ん、そうだね。それならほら、そこのシュークリーム屋さんに入ろう」
彼女が指差したのは、「ビアードパパの作りたて工房」。廉価で美味しいシュークリームが食べられることで今の女子高生には大人気の店だった。そもそもシュークリーム自体が流行っていることもあり、時間帯によっては行列が出来ているのを見かける。今は運良く並んでいなかったので、私たちは早々に一つずつシュークリームを買って店を後にした。
「シュークリーム久しぶりだなぁ。流行ってるから長いこと食べてなかったんだよね」
「すーちゃんそういう所あるよね……あたしもだけど。あ、そこのベンチ座ろっか」
京子はそう言ってベンチへ向かうと、リュック背負いにしていたスクバをよいしょと降ろす。不慣れな仕草に思わず笑みを零しながら、私もそれに倣った。
「ね、すーちゃん」
「うん?」
シュークリームの入った紙袋をゴソゴソやりながら、私は答える。
「さっきの話の続きなんだけどさ」
「うん。あ、これ私の分取ったから」
「おー、ありがと」
京子は紙袋を受け取ると、私と同じようにゴソゴソとやり始めた。
「クレーマーのおじさんとかっているでしょ? あの人たちってさ、自分の言い分が世間一般にも『普通』だと思って喋ってるわけじゃん」
「そうなの? ただ苛立ってただけかも」
「うーん……じゃあ何かとつけて『最近の若者は!』って言うおじさん達でもいいや。彼らの中にはさ、彼らが『普通』だと思ってるものがあって、それに当てはまらないから、『普通じゃない』ものを排除しようとしてああいうふうに言うんだよね」
「あー」
「それはさ、おじさん達の『普通』が間違ってるってこと?」
「そうはならないんじゃない?」
言いながら、シュークリームを頬張る。生地の表面にまぶされた粉砂糖の甘さが口の中に広がった。購買のメロンパンよりも品のある甘さだ。
「今の京子のは『これだから最近の若者はおじさん』が例えだったけど、例えばもっと些細ところで皆が思う『普通』の違いがあるでしょ」
「そうだよねぇ。でもそれってさ、全員がバラバラなわけでもなくて、みんなの共通認識として通ってるものってあるじゃん。これも極端な例えだけど、『人殺しはよくない』とか」
「倫理観みたいな話になってきたね。……京子、口の周りに粉砂糖ついてるよ」
「おっと」
慌てて口を拭う京子。
「えーっとさ、そしたら……みんな各々常識だと思ってる範囲があって、それはみんな少しずつズレてて、それがだいたい全員分重なってる部分が『普通』?」
「そうかも。その『普通』とされた範囲に全く被らない人もいるんだろうけど」
「多数決じゃん!」
「さっきも言ったじゃん」
例えばの話、どんな人間であれ、一人くらいは友達がいるのが『普通』だと思う人間が大多数だろう。だが当然、友達がいない人間だって存在する。
実際私のクラスには、常に彼氏はいるのに友達は一人もいない女の子がいる──彼女は友達がいないことを『普通じゃない』とは思っていないかもしれないし、常に彼氏がいることが『普通』だと思っているかもしれない。
更に極端な話をすれば、先程の京子の例えもそうだ。「人殺しは良くないことだ」と思わない人間だって、世界のどこかにはきっと存在しているのである。
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