Ⅲ-それってただの多数決
◆
斯くして迎えた翌週の放課後。
──京子は開口一番、私を指差して言った。
「すーちゃん普段何見て生きてんの?」
「えっ……活字とか?」
「そうじゃなくて」
盛大なため息と共に、手を広げて頭を振る京子。
「ルーズソックスの流行りは五年くらい前に終わったんだよ、すーちゃん」
「そうなの? 姉さんに今日のこと話したら履いて行きなさいって渡されたんだけど……」
「たぶんそれはお姉さんが現役女子高生だった頃の流行りだねぇ……」
そうなのか。
いや、実は私も薄々思ってはいたのだ。だって教室でルーズソックスを履いている人なんて見た事がないし。
だが、私と違っていつも流行に乗り、周りに溶け込んでいる姉が言うのならそうなのかもしれない──などと思い、言われるがまま履いてきてしまったのである。
ちなみに京子はというと、膝上丈に折ったスカートと腰に巻いたカーディガン、緩めたリボン、安物のアクセサリー、そしてリュック背負いのスクールバッグ──と、完璧にイマドキどこにでもいそうな『普通の女子高生』に擬態していた。いつもはふわふわの髪も真っ直ぐにブローしてあり、遠目から見ればとても彼女だとは分からない。
私の方も、ルーズソックスによって五年ほど時代が下がっているものの概ね京子と同じような格好だった。当然髪を三つ編みにしてはいないし、いつもの瓶底メガネを外してコンタクトを着用している。
「仕方ないなぁ、すーちゃんは」
「ごめんって……買いに行く?」
「ううん、行かなくて大丈夫。なぜなら」
そう言って京子は、何やらゴソゴソと鞄を漁り始めた。そして──
「はいっ! すーちゃん、これあげる」
彼女が取り出したのは、新品の紺色の靴下だった。しかもメーカーはしっかりイーストボーイである。
「ありがとう……でもなんで新品の靴下なんか持って」
「こんなこともあろうかと思ってねー。……っていうのは嘘で、イマドキの女子高生御用達の二大ブランド、イーストボーイとプレイボーイ両方買ってみたくなっちゃったの。せっかくだし」
何のせっかくだ。
「まぁ役に立って良かったよー、危うく未開封でお蔵入りするところだったからね」
「ただの紺色靴下なんだから履けばいいのに」
「やだよぅ、誇りを持って変人女子高生やってるんだから。今日はそれを証明しに来たんでしょ?」
私は思わず笑みを零しながら、「そうだったね」とだけ返した。『普通じゃない』ことに固執しているのは私たちで、『普通』でないことを選んでいるのも私たちの意思だ──そう言い切るための後ろ向きな叛逆を、今から始めるのだ。
「よし、靴下履き替え終わった。行こう、京子」
「うん、行こう! ……あ、でもその前にひとつ」
彼女は一歩前に出ると、こちらを振り返って「めっ」のポーズをした。
「女子高生なんだから『紺色靴下』じゃなくて『紺ソ』だよ、すーちゃん」
◆
「やっぱり女子高生といえばプリクラだよねぇ」
そんな京子の一声で、私たちは手始めにゲームセンターへと向かった。京子はごくたまにユーフォーキャッチャーをやるくらいだし、文学少女で通している私に至っては普段近づきもしない場所だ。特に用事もないし、何より大きな音が得意ではない。
目的地が近づくにつれて若干足取りが重くなる私の様子に気付いたのか、京子が口を開いた。
「すーちゃんも気になる?」
「何が?」
「スカート」
横を見てみれば、何とも所在無さげに脚をもじもじさせている京子がいた。
なるほど、ゲーセンの方に気を取られていたが、確かに足下を抜ける風が気になって仕方が無い。普段は脚の露出など絶対にしない私たちにとって、今の格好は脚が晒し者にされているに等しかった。
「大丈夫だよ、京子は脚綺麗だし」
「やだぁ、すーちゃんのえろじじぃ」
……とんだ冤罪である。勇気づけようと思っただけなのに。
そんなことを思ってふくれていると、京子がふと呟いた。
「でもさぁすーちゃん、普通って何だろうね」
「えっ今更?」
ちょろいとか言ってなかっただろうか。一週間くらい前に。
「あたしたち今こうやってさ、よく見る女子高生の格好してるけどさ」
「うん」
「そんなのただの多数決じゃん」
「うん。……違うの?」
「うーん」
首を捻る京子。相も変わらず『普通』に対して漠然と『世間一般』みたいなイメージしか持っていない私は、彼女に何も言えない。
「すーちゃんさ、小学校の学活の時間とかで多数決取ったことあるでしょ」
「うん。何でも多数決で解決しようとする先生とかいたなぁ」
「そそ。でさ、そういう時思ったことない? 『多かったら偉いの?』って」
「あー……」
確かに心当たりはあった。明らかに別の案の方が良い選択に思えるのに、何を言っても先生は「多数決で決まったことだから」の一点張り。幼いながらに多数決に疑問を覚えたことは少なくなかったような気がする。
「多いだけで『普通』だなんて、ちょっとどうなのかなって」
「でも京子、『普通』が正しいなんて誰も言ってないじゃん」
「……それは、確かに」
「『
「おお、文学少女ぽい。……うーん、そっかぁ……」
そう言いながらも京子は、どこか釈然としない顔をしていた。そしてそれから私たちは、無言のままゲームセンターまで歩いた。足下を抜ける風は相変わらず不慣れで、居心地悪かった。
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