第17話

 レティシアとステラはその日の朝も楽しく会話をしていた。


「レティシア様、もうすぐ夏休みですね!」

「ええ、そうね。楽しみだわ」


 学園はあと二週間後、長い休暇を迎える。そう、それが夏休みだ。


 時が経つのは早いもので、二年生になって初めてのテストを受けてから、約二月の時間が流れていた。


 ちなみに、レティシアもステラも全部で三回のテストをクリアする事が出来た。

 ステラは一度目のテストを後日受けたが、いつもよりかなりいい結果を出す事が出来た。

 いつもと違い、Aクラスのギリギリ……などではなく、真ん中くらいの順位を取る事が出来た。これは、フィリップやレティシア、アルフォンス達が教えてくれたからだと大喜びで感謝していた。

 レティシアも、いつもよりいい結果を出す事が出来た。つい最近受けた三度目のテストは、なんと学年で二番目の成績だったのだ。レティシアの家族はその結果を聞いてとても喜んでくれた。父は「流石レティだ」と言ってくれた。兄達は「「流石俺達の妹だ」」と言い、弟は「おねえ様すごいですね!」と言ってくれた。


 今、教室はテストが終わり、もうすぐ夏休みが始まる為、夏休みの空気一色だ。夏休みの予定を友達と立てる者、夏休みはどんな風に過ごすか自慢する者など様々だ。


 レティシア達もその一人だ。今は王都で流行っているカフェに一緒に行こうか、と話し合っている。また、二人ともお互いの領地に遊びに行く約束もしている。


 そんな時、――三度目のテストでレティシアを抜かし、学年一位だった人――フィリップとアルフォンスが登校してきた。

 殆どの人は話をやめ、急いでフィリップとアルフォンスの元に寄る。


 レティシアとステラは構わず話し合っていた。


「挨拶に来てくれないとは冷たいじゃないか、レティシア、ステラ」

「あら、どうせいつも此方に来るのでよろしいかと思いました。申し訳ありません、フィリップ様。ご機嫌よう、アルフォンス様」

「ええ、レティシア様の言う通りですよ。ですが申し訳ありません、フィリップ様。アルフォンス様、ご機嫌よう」

「……まあ、それもそうだな」

「おはようございます、レティシア様、ステラ様」


 レティシアとステラ、フィリップとアルフォンスは、約二月の間ですっかり仲良くなっていた。軽口を叩いても「不敬だ」と言われない程には。


「何の話をしていたんだ?」

「夏休みのご予定についてです」

「はい、何処かに行こうか話していました」


 レティシアとステラは先程まで話していた夏休みについての話題を口にした。すると、フィリップは


「俺も一緒に行ってもいいか?」


と言ってきた。


 レティシアとステラは、本当に馬鹿なんじゃないかこの王子、と思わず同時に言ってしまいそうになった。


 レティシアとステラがフィリップと仲が良いのは、学園内の者にとっては周知の事実。フィリップから話し掛けに言っている事も、ごく僅かにだが、フィリップがレティシアに好意を持っている事も気付いている人がいる。当の本人は全く気付いていないが。


 だが、レティシア達が夏休み中に行くのは学園外の場所だ。事情を知らない者達に何を言われるか分からない。

 特に、ステラやステラの家のアーノルド家は批判を浴びる事間違いなしだ。

 王家の者や公爵家の者にどうやって取り入ったのか、と聞かれる可能性が高い。

 以前ステラの家にお見舞いに行った時も、学園内でかなりの大騒ぎだったのだ。これは、学園が校舎ごとにクラスが違う事で何とかなったが……。

今回の事は前回よりも噂の的になる事間違いなしだ。


 どうやって断ろうかレティシアが考えていると、ステラが口を開いた。


「フィリップ様、ご自分の影響力を甘くみているのですか? 私達と一緒に出掛けると、どんな噂が流れるか。私は家に迷惑を掛けたくないのです」

「む? 迷惑を掛けるだと? むしろ王家の者と仲が良いと思われて良いのではないか?」

「そのように皆考える訳ではありません。もっと良く考えてみて下さい」


 少し前までは、オドオドとしていたステラが今では第一王子に対しても、しっかり意見する事が出来る。――最も、ステラは最初の頃からフィリップにはかなり強気だったが。何故かというと、レティシアが関係しているのだが、レティシアは全くもって気付いていない――


 そんな現状にレティシアは感動し、自分も、物事を客観的に捉える事が出来ないフィリップに意見しようと思い、口を開いたその時だった。 レティシアの視界にありえないものが写っていた。


 「「「え、エドワード第二王子殿下!何故ここにいらっしゃるのですか!?」」」


 Aクラスにいた人達で、フィリップとアルフォンス以外のほぼ全員が叫んだのも、無理ないだろう。


 基本的にセントリアル学園は、Aクラス、Bクラス、Cクラスで校舎が分かれているため、他のクラスの人と関わる機会が学園内では少ない。


 だが、違う学年でも同じAクラスだったりすると、関わる事が出来るのだ。何故か。それは、校舎が同じだから。

 セントリアル学園を創った初代の理事長が決めた事によると、他学年との交流を深める為にそのような造りになったそうだ。同学年の他クラスとの交流は深めなくていいのか、と言う意見もあったそうだが、結局現在の様な造りになったのだから、他クラスとの交流には反対派が多かったのだろう。


 エドワードは一年のAクラスだ。


 その事は、今この場にいる全員が知っている。貴族、特に王族の情報は、皆知っていて当たり前なのだ。上に行けば行くほど情報は秘匿されていると平民の中では思っている者もいるが、実際はその逆だ。上に行けば行くほどプライバシーというものが無くなっていくに等しい。王族なんてその最たるもの。何が好物なのか、何処のクラスなのかなどだけではなく、どのように過ごして来たのかも簡単に調べる事が可能なのだ。


 そんな訳で、フィリップとエドワードがあまり仲良くないのは、有名な話だ。公の場で一緒に行動したり、会話をしている事も少ない。そして、兄弟でそれぞれのクラスに行き来する事も、エドワードが入学して来てから約3ヶ月の間、一度も無かった。


 なのに、何故。


 何故、今この場にいるのか。


 それがこの場にいる殆どの者達の疑問だったが、エドワードは何も知らないような顔をして、兄と良く似た色彩の顔でふわりと微笑んだ。


「こんにちは、皆さん。何故、ですか。確かに私は二年生でないので、疑問に思う方もいらっしゃると思いますけど、私が兄上に用事があるのはおかしいことでしょうか?」


 普通の兄弟であれば、エドワードの言葉に何の疑問も抱く事は無い。

 だが、彼らは『普通』の兄弟ではない。第一王子に第二王子。更に、仲が良くないとも噂されている。そこにいる殆どの人達が疑問に思って仕方がなかった。


 だが、誰も第二王子に反論など出来るはずなく


 「「「いえ!そんな事は御座いません!」」」


の一言で終了してしまった。


 エドワードは周囲の人々に会釈をしながら、フィリップの元へと進んでいく。フィリップもまた、不機嫌な表情を隠そうともせずエドワードの元へ進む。――衆目の集まる中で、一国の王子たる者が分かりやすい程の感情を出していいのか。いや、良くない。


「何の用だ。エドワード」

「おはよう御座います、兄上。実は、本日は父上から早く帰って来るようにと言われましたので、それを伝えに来ました。父上が言っていた時、兄上は既に王宮を出ていたので」

「父上が? 何故だ?」

「用件は帰って来てから伝えると言っていました」

「そうか。……ありがとう」


 周囲は驚きを隠せなかった。フィリップは普段から、誰かに何かをして貰った時『ありがとう』と言う言葉を一度も使った事がない。

 されるのが当然だと思っているし、言うとしても『感謝する』等の言葉ぐらいだ。


 フィリップとエドワードは、実は仲の良い兄弟なのではないか。


 そんな憶測が飛び回る。


 内心、フィリップは嬉しかった。


 エドワードは王宮内、つまり自宅では、ここ数年フィリップに話しかけて来る事がなかった。

 フィリップが話し掛けても、ぎこちない言葉が返ってくるだけで、会話は弾まなかった。


 それが、例え自宅でなくとも、エドワードが外面を被っていても、自分に話し掛けに来てくれたのだ。

 用事を作ってくれた、父である国王にも感謝の言葉を告げたい気分だった。

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