第16話

 ティートルン。


 その国では、‘‘魔法’’という文化が発展している。

国民の殆どが魔法を使える。その為、生活するのには、魔法はなくてはならない存在だ。料理をする為に火を点けたり、洗濯をする為に水を出したり、その洗濯したものを乾かす為に風を起こしたり。


 魔法が使える量には、頭の良さや身体能力のように個人差がある。それは‘‘魔力’’と言うもので表される。ティートルンの国民は、五歳程度まで成長したら、どの位魔力があるのか測る。

 どうやって測るのかと言うと、魔法には魔力が少なくても使えるものから、魔力が沢山必要なものまである。その魔法がどこまで使えるのか調べるのだ。ティートルンでは、貴族や平民などの身分に関係なく、魔力の高さによって入る学校・学園が決まる。つまり、学校・学園内では身分の高さではなく、自分の実力によって上下関係が決まってくる。それは、王族も例に漏れずだ。


 魔力の高い者、魔力の質が良い者、魔力が高くなくとも特別に秀でている所がある者などは、将来魔法を研究する職業に就くことが出来る。そこでは新しい魔法を考えたり、何故ティートルンの者は、魔法が使えるのか調べたりする。


 最近の研究では、基本的に平民よりも貴族、貴族よりも王族の方が魔力が高い事が分かっている。ただ、平民の中でも貴族よりも魔力が高い者が出る事もあるのだ。その者達は皆、何故か黒に近い髪色を持つ者達が多いのだ。黒と魔力、何が関係しているのか今現在調べられている。


――と、ここまでがレティシアがステラの家から帰って来て、家で調べられた事だった。レティシアの家の書斎には、ティートルンの事について、かなり詳しく書かれている本があったのだ。まだ分からないが、図書室を探しても、こんなに詳しく書かれている本は無いとレティシアは思った。 


 以前のレティシアは‘‘魔法’’と言う不思議なものが、この世に存在するとは知らなかったし、知ろうともしなかった。以前のレティシアの中の世界は、家族や友人達、そしてフィリップと‘‘彼女’’だけで満足していた。非常に狭い世界だったのだ。

 今のレティシアは、ステラと友達になり、アルフォンスとも親しくなった。そして、アルフォンスからは様々な――特に女性の就ける仕事についてだが――話を聞かせてもらっている。以前よりも、少しずつレティシアの中の世界は広がっていた。そんなレティシアにとって、魔法と言う不思議であり大変素晴らしいものが、この世に存在するとは非常に興味深い事だった。自分も魔法を使ってみたい。そう思う程に。

 だが、レティシアに魔法は使えない。何故なら、レティシアはルミナーレの国民だからだ。ティートルンの国民では無い。その条件が揃っていないだけで、魔法を使うことは不可能になる。ティートルン以外の民で、魔法を使えた事のある者は、未だかつて存在した事が無いからだ。例え、レティシアの髪色が、夜の中に溶けていってしまうような、深い黒色だったとしても。


 レティシアは魔法について考えるのをやめ、夕食の席へ向かう事にした。

 夕食では、いつものように楽しく賑やかな時間を過ごした。夕食中、テストはどうだったか皆に聞かれたのでレティシアは「まあまあでした」と言う無難な返しをした。


「僕は今日、お庭でたんけんをしました!」


 この弾むような声で今日の報告をしたのは、レティシアの七つ下の弟、ラシュリーだ。ラシュリーは幼い頃、体が弱くあまり外に出られなかった。だが、大きくなるにつれて、徐々に元気になっていったのだ。今はすっかり元気になった為、お庭を走り回ったりシュトラール家の屋敷の中を見て遊んでいる事が多い。教育は必要ないのか、と言うとラシュリーは体が弱かった頃に、散々勉強したり読書をしていたのだ。その為、幼い頃遊べなかった分を今遊んでいるのだろう、と皆大目に見ている。


「ほう。何か発見した事はあったのかい?」

「はい! きれいなバラを見つけました! これです!」


 ラシュリーは手の中にあるバラを皆に見せつけた。食事中も持っていたのだろう。少し萎れてしまっているが、確かに綺麗なバラだった。


「ほう、綺麗なバラを見つけたね。だが、今度からは持ってこないで、お父さんをお庭まで連れて行って、見せて欲しいな」

「どうしてですか?」


 ラシュリーは先程まで誇らしげだったが、今は少し不満そうな顔をしている。自分のした事を咎められたのが、納得いかないのだろう。だが、レティシア達の父にも咎めた理由というのがあるのだ。


「植物はね、土の中でないと生きられないんだ。ラシュリーのように自分でご飯を食べたりする事が出来ないからね。植物は土の中から出されると、栄養がなくなって死んでしまうんだ。つまり、このバラはもう死んでしまってるんだ。父さんは、死んでいるバラより生きているバラが見たいと思ったんだよ」


 レティシア達の父は、無駄に命が無くなる事を嫌う。それは植物だけでなく、人間についてもだ。救える命はどんな手を使っても救う。それがシュトラール家当主であり、この国ルミナーレの宰相でもある父の信条モットーであった。


「そうですか……では、今度から何かはっけんしたらお庭を案内します!」

「うん。そうしてくれると嬉しいよ」


 ラシュリーは、叱られたと思い少し落ち込んでいたが、直ぐに元気のある表情に戻り、空色の瞳をキラキラと輝かせている。レティシア達の父はそれを見て、満足そうに頷く。これが、いつも通りのシュトラール家の会話だった。


 その日の夜、レティシアは夢を見た。それは牢獄の中での夢ではなかった。レティシアの母が出て来た。夢の中でレティシアは五歳位の幼い子供になっていて、母の寝室で話をしていた。


「おかあさま、おかあさま! 今日はししゅうをおそわったのです。かんせいしたらおかあさまにあげますね!」

「まあ、嬉しいわ。お母様、楽しみにしているわね」

「はい! みてください。ここまですすんだんです!」


 夢の中でレティシアは母と楽しく会話をしていた。レティシアも母に似て体が弱い。今は、レティシア専属の医師に沢山薬を貰っているので、学園に通える程になっているが、昔は外で遊ぶ事が出来ず、勉強を教わってばかりだった。今も薬がなければ外に出る事が出来ず、すぐに倒れてしまうだろう、と医師からは言われている。


「まあ、レティシアは刺繍が上手なのね。もうこんなに進んでいるなんて」


 レティシアは母に褒められたのが嬉しくて、つい気付かずに布に刺していた針に、自分の指を刺してしまった。


「いたっ!!」


 レティシアの指の針を刺した部分から、じんわりと血が滲む。幼かったレティシアは、痛くて泣き喚きはしなかったが、涙が出て来てしまった。


「あらあら、レティシア。針が刺さってしまったのね。……手を出してちょうだい」


 レティシアは母に言われた通り針が刺さった方の手を母に見せた。すると、レティシアの母は針が刺さった指をそっと両手で包み込んだ。


 レティシアは何だか暖かい不思議な気持ちになった。母が両手で包んでいる指先からじわじわと暖かくなってくる。

 レティシアの母が両手を放すと、針が刺さった指はすっかり血が止まっていた。それどころか、傷口もすっかり消えていたのだ。


「わあ……おかあさま、すごーい!」

「ふふ、ありがとう……レティシア、お母様が怪我を治した事は皆に内緒ね?」


 レティシアが、黒い瞳をキラキラと輝かせてレティシアの母を見ると、母は困ったような顔で笑った。そして、レティシアの母は人差し指を立てて自分の口元に持っていった。『秘密』と言う仕草だ。


「どうしてないしょなんですか?」

「うーん、それはね……他の人に知られるとお母様は大変な目にあっちゃうの。もしかしたら殺されてしまうかもしれないわ」


 レティシアは、母が何故殺されるのか分からなかったけれど、頷いた。母が死んで欲しくなかったからだ。


「ふふ、じゃあこれは二人だけの秘密ね。」


 そう言って、レティシアの母はにっこり笑う。レティシアも「はい、秘密です!」と言う。そこでレティシアは目が覚めた。


 レティシアが目が覚めた時、周りは真っ暗だった。まだ夜中なのだろう。


 何だろう、今の夢は。


 小さい頃、こんな出来事があったのか。


 だが、レティシアの記憶にそんな思い出はなかった。もしかしたら忘れているのかもしれない。レティシアはそう考える。

 夢の中で母は、レティシアの傷を治していた。これは、魔法の中の一つでは無いだろうか。母は魔法が使えるのか。魔法の種類をもっと詳しく調べてみないといけない。だが、母はティートルンの国の者なのか。それとも、ティートルンの者ではなく、別の方法で魔法を使う事が出来たのか。レティシアは、考える事が沢山ありすぎて、脳が混乱してきた。


 だが、そう考えるとレティシアには一つの可能性が浮かんだ。

 それは、レティシアにも魔法が使えるかもしれない、という可能性だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る