第2話 かわいい探しもの
その日の煮物屋さん営業中、お客さまは壁に貼った数枚のマリンちゃんのちらしを見て「注意して歩いてみるね」などとおっしゃってくださる。
スマートフォンでマリンちゃんの写真を撮られるお客さまもいた。
「ペットの行方不明って心配だよなぁ。うちにも猫がいるからさぁ、気持ち解るぜ」
「うちはハムスターだから基本ゲージから出さないけど、いなくなるって想像しただけで立ち直れないかも」
ペットを飼っておられるお客さまはそんな話で盛り上がっている。飼っておられないお客さまも「私も飼いたいんだけどもね〜難しそう」なんて話をされている。
佳鳴も千隼も幼いころはペットを飼うことに憧れもあったが、大きくなるにつれて飼うことで伴う責任や大変さなどを知り、安易に「ペット飼いたい」とは言わなくなって行った。
そして飲食店を
「それにしても
そんな話も飛び出す。沢渡さんの口から出てくるのは、そのほとんどが浮気・不倫調査の話だからだ。
「張り込みしてたら雨が降って来てさぁ」
こんな感じで個人情報保護に差し障りない程度の世間話である。雨もだが強い風に晒されたりもするだろうし、警察官に職務質問をされたりも珍しく無いらしい。本当に大変なお仕事だ。
「でも沢渡さんは個人経営なんだから、仕事増えた方が良いんじゃ無いか? しかしこの、マリンちゃん? 可愛いなぁ」
そのお客さまは言って、スマートフォンで撮影したばかりのマリンちゃんを見て表情を綻ばせた。
「店長さん、ハヤさん、このマリンちゃん見付けたらどうしたら良いんだ?」
「ちらしの連絡先、沢渡さんの携帯番号に直接掛けて差し上げてください」
「オッケー。しかしこんな風にスマホの番号晒して大丈夫なもんなのかねぇ」
お客さまが首を傾げた時、噂の沢渡さんが来店された。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「おう。今日は開店前に悪かったな」
そして店内に貼ったマリンちゃんのちらしを見て「おお!」と目を開いた。
「1、2、5枚渡した分全部貼ってくれたのか! こりゃありがたい」
「少しでもお客さまの目に触れられる様にと思ったんです。それにマリンちゃん可愛いですからね」
「はは、インテリア代わりか。確かに可愛いよなぁ。早く見付け出してやらないとな。あ、ハイボールちょうだい」
「はい。お待ちくださいね」
料理も同時に用意して行く。
今日のメインは鶏肉とあさりと白菜の煮物だ。あさりを使うのでお出汁は昆布だけ。酒と塩であっさり味に仕立てた。仕上げに彩りも兼ねて青ねぎの小口切りを散らす。
鶏肉は皮目を焼き付けて香ばしさを出した。余分な脂もこの時に除けるので、煮汁はさっぱりしている。
小鉢のひとつはちくわとピーマンのカレー炒めである。縦4等分、横半分に切ったちくわとちくわに合わせて切ったピーマンをオリーブオイルで炒め、味付けはカレー粉と塩こしょう、醤油とみりん。カレーだが和風の一品だ。
もう一品は長芋のごま和えだ。短冊切りにした長芋をお出汁と醤油、白すりごまで和えた。しゃくしゃくと歯ごたえの良い、ごまの香りが良い一品である。
「お待たせしました〜」
先にハイボールを、そしてお料理を提供すると「ありがとうな」と受け取られる。
さっそくハイボールに口を付け、「あ〜旨い!」と口角を上げた。
「今日はあちこち行ってちらし貼ってもらったんだよ。調査の合間にだけどな」
「あら、調査のお仕事も並行してされているんですか?」
「そうなんだよ。そっちの方が先に来てた仕事だからな。だからマリンちゃんの飼い主にもそう言ってある。つっても調査の方は明日までの契約で、追加調査が無かったらマリンちゃん捜索に割けるんだけどな」
「沢渡さん的にはどちらの方が良いですか?」
佳鳴が少しからかう様に訊くと、沢渡さんは「あはは」とおかしそうに笑う。
「正直報酬的には追加調査ありだな。けどペット探しは時間が勝負だって知り合いも言ってたからなぁ。マリンちゃんを早く飼い主の元に返してやりたいしなぁ」
「そうですねぇ。私たちも買い出しの時とか気を付けてみますね。黄色の首輪のミニチュアダックスフンドちゃんですね」
「ああ。悪いけどよろしく頼むな」
沢渡さんは言うと、カレー炒めに箸を伸ばす。
「うまっ、カレー味良いな。でも醤油も入ってるか?」
「はい。和風に仕上げてますよ。うちは和の煮物屋さんなので」
佳鳴がそう言ってにっこりと笑うと、沢渡さんは「ははっ、そりゃそうか」と笑う。
「あーとりあえず明日で調査切り上げて、マリンちゃんの捜索に本腰入れれる様にしないとなぁ。ひとり、いや一匹か、心細いだろうしなぁ」
沢渡さんはそう言い、煮物のあさりを食べて「あ〜沁みるぅ!」と嬉しそうな声を上げた。
「ねぇ沢渡さん」
先ほど携帯電話の番号を晒すことに不安を抱いていたお客さまだ。
「これさぁ、こんな風に番号書いちゃっても大丈夫なもんなのか?」
「ああ、これ、仕事用に格安スマホ別に持ってるんだよ。うちは事務員も雇えない超絶
「へぇ」
お客さまは感心した様に目を開いた。
「凄いなぁ。でも大変そうだ」
「まぁな。でもひとりで気楽とも言えるなぁ。ははは」
沢渡さんは言うと、楽しそうに笑った。
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