第３話 大事な大事な人となり
だが佳鳴は自分の目を信じていない。ちらりと
浦島さんと男性は並んでカウンタに掛ける。男性は千隼が出したおしぼりで手を拭きながらにこにこと店内を見渡した。
「ここが浦島さんのご贔屓にしているお店ですかぁ。良い雰囲気ですねぇー」
のんびりとした口調でそう言われ、佳鳴は「ありがとうございます」と笑顔を浮かべた。
「店長さんハヤさん、こちら
「初めまして。柏木です」
浦島さんの紹介に、柏木さんは笑顔のまま小さく頭を下げる。
「初めまして。こちらの店長の扇木です」
「店長の弟で千隼です。皆さんハヤさんと呼んでくださいます」
「では僕もそう呼ばせてもらいますね。よろしくお願いします。ここの料理がとても美味しいと浦島さんからお聞きしていて。僕食べることが大好きなので楽しみです」
「お口に合うと良いんですが。ご注文はどうされますか？ 柏木さん、このお店のご注文方法は浦島さんからお聞きになられてますか？」
「はい。僕は定食でお願いします。実は
「かしこまりました。浦島さんはどうされます？」
「私はお酒で。ウイスキーのジンジャー割りをお願いします」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
佳鳴がタンブラーを出してウイスキーのジンジャーエール割りとウーロン茶を作り、千隼がご飯と味噌汁の用意をする。
それらを浦島さんと柏木さんに提供し、続けて料理を整える。
今日のメインは鶏もも肉とじゃがいもの旨煮。彩りはたっぷりのグリンピースだ。
小鉢、まずはモロッコいんげんのごま和え。蒸して斜めに細切りしたモロッコいんげんを調味液とたっぷりのすりごまでごま和えにした。
もう一皿はきのこのポン酢炒めである。
それらを柏木さんにお出しすると、柏木さんは「わぁー」と目を輝かせた。
「こういう家庭料理は久しぶりです。嬉しいなぁー。僕はひとり暮らしなんですけど残業が多くて、自炊にまで手が回らないんですよ。でも外で家庭料理とか惣菜とか食べようと思うとやっぱりお酒のお店になるので、飲めないから行きにくくて。スーパーで惣菜を買ったりもするんですけど飽きてきちゃうんですよねぇー。味付けも濃いめですし」
「確かにそうですねぇ。お惣菜はどうしても保存性の問題で少し味が濃くなりがちでしょうからね。定食屋だと小鉢はあるんでしょうけど、メインは揚げ物や魚だったりしますものね。お野菜は少なめでバランスは悪くなりがちでしょうか。好きなお惣菜を取るお店はこのあたりでは郊外にしか無いですしね」
「そうなんですよねぇー。もどかしいです。車も無いですしねぇ。免許は持ってるんですが。さっそくいただいても良いですか？」
「ええ、もちろんです。どうぞ。お口に合うと良いんですが」
柏木さんは「いただきます」と丁寧に手を合わせ、箸を持つ。行儀の良い男性だ。
柏木さんは茶碗を持つと、ほかほかと湯気を上げる白米をはふはふと頬張る。満足げに顔を綻ばすと箸はそのまま旨煮に伸びる。大振りのじゃがいもを綺麗に割って口に運んだ。
「ほくほくですねぇー。でも出汁をしっかり含んでるからかしっとりもしてるんですね。凄く優しい味わいてほっとします」
「ありがとうございます」
千隼がにっこりと言うと柏木さんは嬉しそうに頬を緩ませた。ごま和えとポン酢炒めも口にして「美味しいなぁー。身体に沁み渡る感じがします」と口角を上げる。
「本当に浦島さんが言った通りですねぇ。ここは良いお店ですねぇー」
柏木さんがほっこりと言うと、浦島さんは「そうでしょう？」と破顔した。
「柏木さんにそう言ってもらえて嬉しいです。私もひとり暮らしだし自炊がままならないこともあるしで、ここにはちょくちょくお邪魔していて。今の私の身体はここの美味しいご飯でできてるって言っても過言じゃありません」
「確かにまたすぐに来たくなるお店ですよねぇー。ここなら子ども連れでも安心して来られそうですね」
「そうなんですよ。私は職業柄もあってすぐにそういうこと考えちゃう癖があって」
「保育士さんですもんね。本当に子どもが好きじゃないとできない仕事ですよねぇー」
「人さまのお子さんを預かるんですから責任も大きいです。でも毎日可愛い子どもたちに囲まれているのは本当に幸せなんです」
「浦島さんの天職なんですねぇー」
「だと嬉しいんですけど」
「僕も子どもは大好きですけど、浦島さんには負けるなぁって思います。甥っ子がいて本当に可愛いんですけど、やっぱり親じゃないですからできることにも限度があって。姉の子どもなんですけど、躾とかそういうのは姉や義兄に沿わなきゃいけないですから」
「子どもの個性は皆違いますから、その子に合った育て方をしたいでしょうしね」
浦島さんと柏木さんは自然と子どもの話になる。浦島さんはもちろん柏木さんも相当な子ども好きなのだろう。それは浦島さんが望んでいることなのでそれは良いのだが。
問題は柏木さんの人となりである。以前浦島さんは言っていた。児童の母親に関わることも多いので、たまに井戸端会議に混じって
「私もフルタイムで働いてるのに、夫は家事も育児も何もしないのよね〜」
そういう相手なら、結婚後浦島さんは苦労をするだろう。浦島さんが結婚後も仕事を続けようとしているかどうかは分からないが、どちらにしても夫になる人が非協力的なら、それは浦島さんが望んでいる「良い父親」では無い。
子どもはただ可愛がるだけでは駄目なのだ。悪いことをすれば叱り、教え、躾もしてやらなければならない。
たとえそれで子どもを泣かせてしまうことになっても、親ならば、親だからこそ辛い思いも必要なのだ。親はそうして子どもを抱き締めてやるのである。
浦島さんと和やかに話をする柏木さんは良い人そうに見える。しかし佳鳴は自分の目を信用していないし、何より外で良い人が内でも良いとは限らないのだ。
何とも難しい。佳鳴はつい唸りそうになってしまう。
「姉ちゃん、顔がおかしい」
千隼にぼそりと言われ、佳鳴ははっと慌てる。
「え、私変な顔してた？」
小声で言うと千隼は呆れた様に「おう」と言う。
「変に構えすぎだっての。第一印象で良いって浦島さんも言ってただろ。見極めてくれって言っても俺らじゃそれぐらいしかできないんだからさ。こんな短時間だし」
「そ、そっか、そうだよね。私自分に見る目が無いもんだから」
「大丈夫だよ。それに最終的には浦島さんが決めることなんだからさ」
「うん」
佳鳴は落ち着いてあらためて柏木さんを見てみる。柏木さんは穏やかな表情で浦島さんと会話を楽しんでいる様だった。
こうして普通に見ている限り、はやり柏木さんは良い人そうに見えた。佳鳴はその思ったままを浦島さんに伝えようと思う。それに千隼も見ているのだ。また佳鳴とは違う思いがあるかも知れない。
浦島さんと柏木さんは、柏木さんのスマートフォンに入っている甥っ子さんの写真を見ながら盛り上がっていた。
「お家までお送りしますね」
浦島さんと柏木さんが退店してから十数分後、浦島さんがまた顔を覗かせた。
「アパートまで送っていただいてそのまま、柏木さんの後をつけながら戻って来ました。早く店長さんとハヤさんの印象が聞きたくて」
「お帰りなさい」
佳鳴と千隼はくすりと笑って浦島さんを迎える。
「どうぞお掛けください。お飲み物飲まれますか？」
「そうですね。ウイスキーのジンジャー割りお願いします」
「はい。お待ちください」
飲み物を作って提供すると、浦島さんはごくりと喉を
「ちょっと緊張しました〜。あの、どうでした？ 柏木さんの印象」
浦島さんは恐る恐るといった様子で聞いてくる。佳鳴は思ったままを答えた。
「私にはとても良い方そうに見えたんですが、何せ見る目の無さに自身があって」
最後は苦笑になってしまう。そんな佳鳴に千隼は「はは」と笑う。
「僕にも良さそうな方に見えましたよ。僕もそう人を見る目というものがあるわけじゃ無いんですけど、子ども好きって言うのは本当でしょうし、甥っ子さんのお話をされている時には「ご自分のお子さんが欲しいのかな」って感じがしましたしね」
「そ、そうですか」
浦島さんはほっと安堵した様に表情を和らげた。
「おふたりにそう言ってもらえて良かったです〜。なら安心ですね。まだお付き合いをしているわけじゃ無いんですけど、そうなってもならなくても、自分自身でも柏木さんを拝見して行こうと思います」
「はい。それが良いですね」
佳鳴が微笑んで言うと、浦島さんはにっこりと笑った。
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