3章 嘘から出たまこと

第1話 ひとつの嘘

 この煮物屋さんでは持ち帰りも行なっている。常連の会社員の女性仲間なかまさんは、今日もひょっこりと訪れ、持ち帰り用に用意した料理を手に笑顔で帰って行った。


 今日のメインはおでんだ。具は大根とじゃがいもにこんにゃく、厚揚げと牛すじ。牛すじは箸でも食べやすい様に、爪楊枝に刺してある。


 かつおと昆布をメインにした優しい出汁でじっくりと煮込んだ。


 小鉢は冷や奴。薬味は塩もみしたきゅうりを柚子胡椒で和えたもの。持ち帰り用は薬味を別添えにしてある。


 小鉢のもうひとつは小松菜のマヨネーズポン酢和えである。ポン酢は佳鳴と千隼のお気に入りを入荷している。酸味の柔らかなものだ。


「家で録画した深夜ドラマ見ながら食べるんだ〜」


 そうおっしゃっていたので、きっとお家でゆっくりと楽しまれるのだろう。


 今、深夜ドラマは何を放送しているのだろうか。その時間、佳鳴かなる千隼ちはやは店の片付けをしていたり、風呂に入っていたりで、まぁ見る時間は無い。


 そう言えば、定休日の月曜以外はゴールデンタイムのテレビを見ることも無いので、今流行りの歌やドラマなども良く分からなかった。


 インターネットを漁れば情報などいくらでも入るのだが、特に必要だと思っていない。お客さまとの会話も、佳鳴たちの場合はその方が話が広がりやすいのである。お客さまはご自分の知っていることを、嬉しそうに教えてくれる。


「深夜ドラマ、俺も見てるなぁ。今ね、サスペンスのおもしろいのやってるんですよ」


「平日の遅い時間なんだから、録画して次の日見たらって言ってるのに、リアルタイムにこだわるんですよね〜。次の日仕事だってのに」


 田淵たぶちさんがわくわくした様子で言う隣で、奥さんの沙苗さなえさんが呆れた様に言う。


「だってそんなの待てないって! 次どうなるんだろう、どうなるんだろうって気になって気になって」


「そもそもヨシくん、そんなサスペンスとかって好きだったっけ?」


「いや。同僚に教えてもらったんだよ。会社のさ。原作の小説がおもしろいから楽しみにしてるって言われて、じゃあ俺も見てみるかなって。そしたらはまっちゃってさ〜」


「じゃあもう今から視るんじゃ遅いですね。途中からじゃ解らないんじゃ無いですか?」


 佳鳴が言うと、田淵さんは「いやいや」


「まだ間に合いますよ。前回までのあらすじってのもありますし。興味があったら視てみてください」


 そう言う田淵さんを、沙苗さんが小突く。


「ヨシくん、店長さんたちは多分お忙しい時間帯だよ」


「あはは、そうかも知れませんね」


 佳鳴が笑うと、田淵さんは「あ、そっか」と目を丸くする。


「この店が終わっても、なんやかんやありますかぁ」


「そうですねぇ」


 佳鳴は応えて笑みを浮かべた。




 数日後、また仲間さんが現れる。今回も持ち帰りたいとのこと。


「今日は友だちが来るから、一緒に食べるんだ〜」


 そう言ってふたり分を持って帰った。その日は週末だったので、家飲みでもするのだろうか。それは楽しそうだ。そういうシーンの食事を、この煮物屋さんを選んでくださるのは嬉しい。


 その日のメインは豚の角煮である。卵と大根も一緒に煮込み、盛り付ける時に塩茹でしたちんげん菜をたっぷりと添える。


 小鉢は、ひとつは白菜とかにかまの甘酢和え。もうひとつはほうれん草のごま和えである。




 その翌週末、また仲間さんがやって来た。今度は3人分を持ち帰りたいと言うことだ。


「今週も家飲みだよ〜」


 そう言って仲間さんは笑う。「それは楽しそうで良いですねぇ」、そんなことを言いながら佳鳴と千隼は料理を整えた。


 その日のメインはじゃがいものそぼろ煮。彩りは絹さやにした。


 小鉢、ひとつは卯の花だ。人参に椎茸、水菜とちくわで具だくさんで作った。それもあって今回は小鉢より少し大きめな器に多めに盛り付ける。その分メインが控えめだ。


 もうひとつはシンプルに、きゅうりとわかめの酢の物である。




 さて、その翌日。土曜日である。18時になり、表におしながきを出して開店である。


 千隼が表から戻って来て間も無く、ドアが静かに開かれた。仲間さんだった。


「いらっしゃいませ〜」


「いらっしゃいませ」


 佳鳴たちが出迎えると、仲間さんは憂鬱ゆううつそうな表情で「どうしよう」と呟いた。どうしたことか? 佳鳴と千隼は顔を見合わせた。


 仲間さんはふらりと中に入って来ると、まだ誰もいないカウンタ席の真ん中あたりに腰掛けた。そうして組んだ両手でひたいを支え、「はぁ」と溜め息を吐いた。


「仲間さん?」


 佳鳴が声を掛けると、仲間さんはとろとろと顔を上げる。


「うっとうしくてごめんね。こんばんは」


「こんばんは。どうかされました?」


「自業自得なんだけど、やっちゃったな〜ってね……」


 そうして仲間さんは、また「はぁ」と溜め息を吐いた。


「どうしよう……」


 そう呟いて、また溜め息をひとつ。注文を聞ける様な雰囲気では無かった。どうしたものかと佳鳴と千隼はまた顔を見合わせる。


「あの、仲間さん……?」


 千隼がそっと声を掛けると、仲間さんは「ん〜」と唸る。


「店長さんとハヤさんにお嫁に来て欲しい……」


 切実そうにそう言われ、佳鳴たちは思わず「は?」と声を上げてしまった。


「私、彼氏がいるんだけどね……」


 仲間さんはそうぽつりと口を開く。


「あら、そうなんですね。それはお幸せですねぇ」


 佳鳴が言うと、仲間さんは「そうだよねぇ〜」と机に突っ伏してしまう。


「ほら、最近料理持ち帰りにさせてもらってたでしょ。それ、その彼氏と、昨日は彼氏の妹さんも一緒に食べたんだけど」


「はい」


「私、自分で作ったって言っちゃって〜……」


 仲間さんは突っ伏したまま、悲鳴の様な声を上げた。


 ああ、それは確かに良く無いかも知れない。佳鳴たちは仲間さんの料理の腕前は知らない。しかしそうしてしまうと言うことは、自信が無いのかも知れない。


 佳鳴たちはまなじりを下げ、無音で「ああ……」と口を開いた。


「彼氏と結婚したくて、胃袋つかみたかったの〜……。彼氏のお母さんがお料理上手だって聞いて、負けたく無いって思っちゃって〜……。でもね!」


 仲間さんはがばっと顔を上げる。


「料理が出来ないって訳じゃ無いの! ただ、味がなんか微妙で、こうお店で食べるご飯の様にならないって言うか、私の母みたいにもならないって言うか」


「普段はお料理されるんですか?」


 佳鳴が聞くと、仲間さんは「たまに」と応える。


「平日仕事の時は疲れてるからなかなか出来ないんだけど、彼氏と会わない週末に作り置き作ってみたり。でもなんかいまいちなんだよなぁ」


 そう言って眉をしかめて首を傾げる。


「レシピとか見てますか?」


「うん、見てる。母からは料理の基本しか教わらなかったから、家を出る時に何冊か持たされた。野菜炒めの味付けなんかもそれで知ったぐらい」


「なら、問題無く美味しいものが出来ると思うんですが」


「だよねぇ。なのに微妙なものしか出来上がらないの。なんでかなぁ」


 仲間さんはしょんぼりとうな垂れてしまった。


 千隼が佳鳴を見て、何かを問う様に首を数回縦に振る。すると佳鳴がそれに応える様に、1度大きく頷いた。


「あの、仲間さん、もしよろしければなんですが、明日午後からお時間があったら、僕たちの仕込みをご覧になりますか?」


「え、良いの?」


 千隼の申し出に、仲間さんははっと目を見開く。


「はい。仕込む量が多いのでどこまでご参考になるかは判りませんが、もしかしたら何かお伝え出来たりすることもあるかも知れませんし」


「うわぁ、それは助かる! 嬉しい! いろいろ質問とかしちゃうかも!」


「はい。私たちでお応え出来ることならなんでも」


 佳鳴が笑顔で言うと、仲間さんは「やったぁ!」と小さくガッツポーズを作った。


「本当にありがとう! ああ、安心したらお腹空いて来ちゃった。店長さん、お酒でお願い」


 仲間さんは心底安心したと言う様に息を吐き、ようやく注文をするに至った。


「かしこまりました」


 今日のメインは豚肉と水菜のみぞれ煮。小鉢はトマトサラダと、ペンネと玉ねぎの明太クリーム和えである。


 仲間さんは用意されたそれらにさっそく箸を伸ばし、「はぁ〜」と嬉しそうな息を吐いた。


「みぞれ煮美味しいなぁ〜。あっさりしてるのに優しい〜。私も明日でこんな美味しいの作れる様になれたら良いなぁ〜」


 そう言いながら、仲間さんは日本酒のソーダ割りをぐいとあおった。

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