保育園看護師だけど保育士さんが怖いです。

保育室にて

 保育室には鬼がいる。

 今日もまた、泣く子を脅す鬼がでた。


「あー!もう!泣いてもいいからおきてろ!」

若い女の鬼は床に寝そべる男児を乱暴に抱き抱えると、それまで自分が座っていた隣の椅子に座らせた。

 ウトウトと気持ちよく眠りにつこうとしていた、幼子は突然の出来事に驚き怯え、大きな泣き声を上げはじめた。


 女の鬼は、その泣き声も聞こえていないかのように元いた自分の椅子に座ると、やはりまだ幼い女児に食事を与え始める。

女児は先ほどの男児よりは数ヶ月は先に産まれたのか身体は少し大きく、椅子に座る姿勢もしっかりしている。男児の泣き叫ぶ声も既に聞き慣れたものなのか、ただ黙々と鬼の与える食べ物を咀嚼している。


 若い女の鬼のむこうにはもうひと組、少し歳をとった女の鬼が幼い男児に食事を与えている。こちらの男児はまだ幼く乳児と言ってもいいかもしれない。歳をとった鬼の膝に座らされ、柔らかく潰された食べ物を口に運ばれている。

 歳をとった方の鬼は泣き叫び始めた男児を横目でチラと見ると一瞬口元に笑みを浮かべ、そして再び何事もなかったように膝のうえの幼い男児に食事を与え始めた。


 鬼のいる保育室は15畳ほどの広さで、そこには先ほどの3人の乳幼児の他にも5人の乳幼児がいた。数ヶ月の差はあるが、だいたい生後半年から1歳半前後といった乳児幼児達だ。 8つのベビーベットの周りをよちよち歩きやハイハイをし、時に色鮮やかな壁飾りを見つめ時に沢山のオモチャが収納された棚に手を伸ばしている。

 そして、その児ら全体を視界に入れられる部屋の隅に女がひとりすわっている。はたして彼女は鬼なのか人なのか。

 女は動きまわる乳幼児たちをニコニコとながめていたが、ウトウトとし始めた男児を若い鬼がさらうと僅かに顔を歪めた。

 泣き続ける男児を見て、隣の若い鬼に視線をうつし、何かを言おうと口を開ける。

 「あ…あの…」

"先生"と続けて話しかけようとした口は、結局は発する事ができず、最初の呼びかけも泣き声にかき消され鬼には届かなかった。

 女は怯えていた。"先生"と声をかけようとした相手の鬼が怖かったのだ。

 泣き続ける男児を思うと胸が苦しく鼓動が速くなるのを感じるのだが、それでも鬼の恐ろしさに何もできないでいるのだ。


 フローリングの床に横座りで、じっと自らの速い鼓動を感じていた女は、ふと腕に重みを感じる。見ると最近になってつかまり立ちを覚えた女児が女の腕を頼りに立ち上がるところであった。

「クララちゃんかぁ…頑張ってたっちしたねー」

 かろうじて何も感じてないふりで声をだし、自らの鼓動と気持ちも誤魔化して腕に捕まる女児を自分と向かい合う形で座らせる。

 棚から横の棚から女児のお気に入りの玩具を出してやると女児は機嫌よく遊びはじめた。


 女は次第に小さくなっていく泣き声をなんとか意識の外におこうと目の前の女児と、周りの乳幼児の様子を見守る事に集中することに努力を注いだ。

 

 ''私は鬼の部下なのか仲間なのか、鬼の行動に疑問を持ちつつ何も言えない自分も鬼と同じではないか"と湧き上がる情けない気持ちを抑えた。

 

 女の職業は保育園看護師。

 保育士2人と共に0歳児のクラスを担当している。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る