第49話 さよならの為に
1563年4月末 姫路
黒田隆鳳
「くそ……ウチの内政方が優秀すぎて涙が出てくるぜ」
積み上げられた書類より背が低いと言った奴はぶっとばす、黒田隆鳳だよー。
この仕事の量は急成長を遂げた黒田家の歪さの表れだろうか。慣例などが無い事をいい事に、戦国時代には無い概念や制度を取り入れてしまった事もこの書類の量なのだろう。なんだかんだで俺達は旗揚げから数年も経っていない。この殺人的な仕事量は変革の痛み、そして成長痛だと思って諦めるしかないのだろう。
……ところで俺の身体の成長期はいつなんだろうか。
「やっぱ肉が足りんのか……」
身体を作る上で、タンパク質は重要だ。にもかかわらず俺は基本、鳥以外の肉食をしない。ペタペタと身体を触っても、とてもじゃないが人をぶっ飛ばせる力が秘められているとは思えない。武兵衛やカンキチのような筋肉は要らんがもう少しなんとかしたいものだが……。
「なにしとるん?
「誰がトッキーやねん。つーか、お前まだおったんか?顕如」
「ド阿呆!一度帰ってまた来たんや!」
「威張って言う事か……」
現実逃避から、自分の身体について本気出して考えていると、いつの間にか俺の執務室に顕如がいた。相変わらず艶のいい……それによくよく見ればコイツも背が低い割には手足が長くてスラッとしてるな。
俺だって……俺だって、足の長さは負けるが、足の速さなら負けねぇ!
「そういえば、一向宗は肉食出来るんだっけか……」
「何や突然。まあ、せやけど……あ、トッキーは肉は食わんのやったっけ?」
「鳥は食う。四足は食わん。そもそも肉よりは魚の人間だし」
宗教的な理由で肉食を避けている訳じゃない。俺の場合は単なる好き嫌いだ。
特に今の日本にまともな牛肉や豚肉が手に入るはずも無く、調理次第で化けるがクセの強い猪や、基本淡泊だけど、やはり違和感が残る鹿はどうしても苦手意識が残る。料理は得意だが、日本ではプロでもないと使わない食材を、バイト程度の調理の腕で何を期待する。それに
牛や豚なら喜んで食べるんだけどなぁ。でもせめて胡椒が無いと嫌かも。
そういえば……但馬牛の先祖らしきものはいるらしいんだよな。けど、基本は農耕用だから、食肉用に市場に流すには時間がかかりそうだな。戦国神戸ビーフってちょっとそそられるけど……。
「あ……それをウチに言うって事は、もしかして、肉を食わん理由って、そういう理由なん?」
「いや、ボチボチ流行ってきた十字教もそうだが、宗教はあまり気にしない。ただ……まあ、親が敬虔だったから、その名残は多少あるかな。俺は基本、自分が幸せになりたいと願うんじゃなくて、それは自分で何とかするから他人には幸せになって欲しいって人間なんだろうよ」
「なんやこの聖人……思わず拝んでまうわ。せやけど、親が敬虔でなんで時告げの鶏や卵は食べるんや……」
「メスしか食わんし」
「そう言われるとなんか意味が違って聞こえてくるな……」
しかし、実の所を言うと、俺が四足を避けるのは、ただ単に嫌いというだけでなく、そういった親との思い出もあるからなのだろうと思う。それと、転生初期にそういうガチガチな人と一緒に居たから「あ、この時代はそういうものなのか」という思い込みがあった事も多少は影響しているだろう。
その意地を通した結果がこの身体なのだろうけど……こうも成長期無く大人になっていくと少し心が揺れる。
お残しはゆるしまへんでぇ~とは良く言ったものだ。
「せやけど、親の教え、か。ウチも親父との記憶はロクなモンが残っとらんが、そのロクでも無い時間でも戻らんと解ると……まあ、大事やな」
「けど、お陰で背は伸びなかった……」
「あ、そういう趣旨の話なんやね……んで、食べとるもんで背が決まるんやったら、ウチはなんなん?」
「…………すまん、顕如」
「謝らんといて!?惨めやないか!」
新説:食べ物は背丈とは関係ない。そのうち一向宗の教義になりそうだ。
……今、自分で最後の望みを断った気がするぞ。
否!親父はそこそこ背が高かったんだ!おふくろは小っちゃかったけど!俺の中に眠る親父の遺伝子、頼む、俺にワンチャンくれ!
「……ま、トッキーはお仲間やから、これぐらいで勘弁しといてやる。んでな、本題なんやけど、ちょいと気になった話があってん」
「なんだ?」
っと、真面目な話か。また少し厄介そうだが、三好との講和の事か?それとも朝廷への対応?公方は……ねぇな。西……かな。
「いや、先日な、細川右京兆が死んだんやって」
「ああ……そういやそんな話を赤松次郎(赤松義祐)から聞いたな。あそこの嫁はまさにその娘だし」
「トッキーにとっても伯父なんやろ?どないするんか思て」
「どうもこうも……正直言うと、以前接触しなかったとは言わんが、他人の褌で相撲をとろうって野郎に近寄りたくはねぇなぁ……ま、死んじまったなら、代わりに経ぐらいはあげておいてやってくれ」
「ああ、それぐらいの認識で良かったんか。いやなに、これを機にまた三好と事を構えるんかと思て、少し気になっとったんや。なんせ、今回仕掛けとる西の戦、ホンマ珍しい事にトッキーは出とらんやろ?」
そういう事か。しかし、書状で済む話をわざわざ姫路まで来て直接見極めようとするとは……ずいぶん心配されたもんだ。まあ、それほど重視されているという事か。
実際、俺の動き次第で畿内に動乱の嵐が巻き起こる。畿内の人間からすれば気が気じゃないだろう。
「西は……今、官兵衛が現地で支度をしている。俺もこの仕事が終わり次第、機会を見計らって向かうつもりだ。ただ単に、今回は舅の宇喜多直家の顔を立てているだけで、別段三好とはどうこうするって気はないな」
「ふーん……それはホンマみたいやな。せやけど、引っかかるんや。トッキーが―――“あの”黒田左少将が仕事ぐらいで、戦になんで出ーへんのや、と。ましてや、本命の浦上は親の仇なんやろ?」
「よく知っているな」
おそらく情報の出どころは御近所の三木か。そして痛い所を容赦なく突いてくれる。思わず顔が歪んだのが自分でもわかった。
「……らしくないで。ダチに何ぞ悪い事でもあったんかと思て、気になるやないか」
「何バカ言ってやがる。これが滞ればお前たちだって大変なんだぞ」
「まあ……それはそうなんやろうけど」
今、俺が手掛けている仕事は全て未来に繋がるものだ。黒田家という組織の、そしてこの姫路、領地に住まう人間すべての未来だ。
死んでしまった人の為と、これから訪れる未来の事、どちらを選ぶかと問われると、未来を選ぶ人間でありたいのだ。思い出は大切だ。両親も大切な人だった。けど、だからこそ、選べと言われたらこちらを選ぶ。そこに後悔などは微塵にも感じていねぇ。
人任せに出来る事ではない。訪れるであろう未来はこの脳漿にしか存在しないのだから。
いずれ生まれてくるであろう子や孫が、俺や宇喜多直家のような人間にならないよう、全てはこの時代を終わらせるため――。
「……ま、気遣いは心底ありがてぇとは思うよ。ありがとな」
「んー……ならええねんけど」
いずれにせよ、今回の戦で因縁は終わる。それはつまり、俺が父や母に、改めてさよならを告げる時だ。浦上を討ち、因縁を終わらせれば、両親との思い出に対し、懐かしさ以外の感情を乗せる事は無くなるだろう。そして、俺は振り返る事はあっても、立ち止まる事無く、前へ前へと進んでいく。死にゆくその時まで戦い続ける覚悟で臨んでいるつもりだ。
まともな今生の別れじゃ無かった。まともにさよならも出来なかった。その事を死ぬほど悔やんだし、絶望する程泣いた。
けど、俺は先に進むよ。だから、今度こそ……さよなら、なんだ。
もう一度、鬼になる覚悟はできている。
◆
先行する黒田官兵衛と宇喜多直家の二大謀将。
その奮闘と段取りの裏で、本隊は播州で粛々とその時を待つ。
大将 黒田隆鳳。
同じく因縁を晴らす為に隠居状態から臨時に復帰した赤松晴政。
先陣、赤松弥三郎。物資采配の従軍内政官、小寺藤兵衛
彼らは待つ間、それぞれ過去を振り返る。先に逝った者へ手を振り前に進む為に。
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