第43話 熱戦・烈戦・超激戦!

 姫路 黒田官兵衛


 「んで、なんでまた2人とも棄権しようと言い出したんだ?」

 「殴りすぎて拳が痛い」

 「同じく」


 一応は布で何重にも巻いて保護しているものの、流石に何度もホイホイと殴れば拳が痛い。特に武兵衛の硬さと言ったら……アイツはもはや人外だな。まだ隆鳳の方が殴り易い。彼奴は彼奴で硬さよりも、殴れば殴る程殴り返す威力が跳ね上がっていく精神力が人外だが。


 尚、細川兵部が拳を痛めた件については聞かぬが花という奴だろう。どれだけ恨み込めて殴ったんだ、とか言ったら多分お祭りじゃ済まなくなる気がする。細川兵部程の人材は欲しいが、無為に幕府との間に波風を立てる必要も無かろう。


 ……隆鳳が公方をぶん殴ってる時点ですでに手遅れか。皿洗いにした件は俺はなにも見ていないので不問に処す。


 「細川殿はどれだけ恨みを込めて殴ったんだ」

 「それはもう……色々、ね?」


 結論として別に問題はないと判断して、思い切って口に出してみると、細川兵部は陰が残る含み笑いをした。この様子だと、日頃の恨み辛みじゃなくて、もしかすると嗜虐的な嗜好でも隠し持っているのかもしれない。どちらにしても藪蛇だったか。


 見るからに傷だらけなのに余程覆面男の正体を知られたくないのか、賓客としてシレッと隆鳳の横に座っていた公方が怯え始めていた。


 隆鳳は俺たちの率直な意見にはぁーと深くため息をついた。まあ、すんなりと棄権が通るわけが無いとは思っている。


 「おめーら、殴り合う事前提の大会じゃねぇんだぞ。相撲だぞ?相撲」

 「何を今更」


 別に得物を持ちこんでいる訳じゃないし、何も間違っていないと思うんだが。


 「……うん。なんかごめん。色々とごめん。国技ごめん。夕方の中継を待っていたおっさんたちごめん。デーモ○閣下ごめん」


 何故か隆鳳は少しだけ憂鬱そうに小さく呟いて、面倒くさげに頭を掻いた。頭を掻くのは困った事があった時のコイツの癖だ。


 「話はわかった。なら、規定を変えるぞ。場外に出たり、腰から上に土を付けたら負け。それでいいだろ?」

 「随分と簡略化したな」

 「これが本当の規定なんだけどな……昔、どこぞの負けず嫌いの馬鹿野郎が負けを認めなかったから、徹底的に潰し合うようになっただけだし」


 武兵衛……やはり彼奴の所為か。彼奴もいつか徹底的にぶん殴る必要があるな……ああ、ついさっきやったばかりか。


 「ただし、だ。わざと負けるのは駄目だ。全力で戦って観客を沸かせろ」


 ちらりと向けられた隆鳳の視線を受け、決勝の行司を行う左京殿が神妙な面持ちで頷いた。鉄砲撃ちだけあって彼は目が良い。それを買われての行司だが……隆鳳は土俵の上に思惑は持ち込まず、彼に全てを任せるという事なのだろう。


 「それでいいな?」

 「「………………………………」」


 俺と細川兵部はお互い困ったように視線をぶつけ合い、そしてあきらめたようにため息をついた。そんな俺たちの様子でとりあえず了承したものだと隆鳳は判断し、話は終わったと両手をパンと叩き合わせた。


 「んじゃ、話が纏まった所で――おい、公方。どっちが勝つか賭けねぇか?」

 「なぜここで余にそんな話を振る!?」


  ……おい、のっぴきならないことが聞こえた気がするんだが?見ろよ。よりにもよって公方に話を振ったから、細川兵部も流石にカチッと来た顔をしたぞ、今。これで公方が細川兵部を推さなかったらどうなると思ってんだ。


 「いやぁ、決勝が俺んトコの参謀と、そっちの腹心になったわけだろ?だからさ」

 「そう言って余から巻き上げようとする腹積もりだろう!?」

 「固いなー。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ」

 「う、うむ……そうなんだが。ちなみに、そちはどちらに?」

 「決まってるだろう?官兵衛が勝てるわけねーよ。細川閣下だ」


 カチッと音がした。 


 「いやしかしだな……先の試合を見た感じでは、兵部では荷が重いのではないか?」


 細川兵部の表情が完全に消えた。


 「いやいやいや。閣下は武芸をキチンと納めているだろう?官兵衛はさ、いかにも知恵者ですってすまし顔をしているけど、結局は本能ばかりの野生児だ。うまく転がされて完封される姿がよく見えるぜ」

 「兵部は移り気な性格がな……こういう戦いには向かぬ気がするな。余は官兵衛を推そう」

 「お、見事にわかれたな。んじゃ決まりだ」


 にぃっと隆鳳が笑いかけてくる。思わずその場でぶん殴ってやろうかと思ったが何とかこらえた。落ち着け……落ち着け。こんな事は何度も何度も体験している。挑発は奴の常套手段だ。公方の阿呆はものの見事に巻き添えになっただけ。


 だがな。目の前で勝敗を語られ、「わかった」と言って引きさがる様な男がこの世に居ると思うなよ?


 「やるか。細川殿」

 「そうですね」


 殴ってやる。ぶん殴ってやる。目の前の男では無く貴様らだ。

 思いっきり殴るためのいい口実ができたと、俺と細川兵部は頷き合って土俵の上へと上がっていった。


 ◆


 「さっさと終わらせよう」


 俺が声をかけると、細川兵部は頷いた。丁度その頭のあった場所に俺の左拳が通り過ぎる。同時に被せるように振り回すように迫ってきた細川兵部の右拳を軽く引いて避ける。

 お互い怒りを殺した様な声。だが、お互い相手に怒りは向いていない。淡々とした言葉と共に拳を交わす。


 「流石に痛い思いしながら新年を迎えるのは嫌ですしね」

 「まったくだ」


 そんなことを言いつつも、お互い被弾するつもりなどさらさらない。土俵の上で何度も拳が飛び交い、それをすべてお互いが捌き切っている。今度は細川兵部の左に被せて右。首を捻って避けられると体勢を崩した隙を狙って短く突き上げられた右をとっさに捌く。つい先ほどまでお互い拳が痛いと言い合っていた者同士の戦いとは思えないほど拳が飛び交っている。


 「……チッ。正攻法だと当たる気がしないな」


 だが、何度も何度も拳を繰り出そうとも、まったくと言ってもいいほどこちらの拳が当たる気配が感じられなかった。それに、間違いなく細川兵部の方が力が強い。一発貰ったらすぐ崩れるかもしれない、と危機感を憶えていた。


 ただ、武兵衛や隆鳳と比べると、細川兵部の動きは極端に速いというわけではない。だが、捌き方、身体の動かし方に関しては間違いなく奴らより上だ。


 ……もっとも、あいつらが技術的に劣っているというわけではなく、ただ単に奴らの動き方はその化け物じみた身体能力を十二分に活かすために最適化されているだけだ。その点、細川兵部の戦い方は、むしろ俺に近い動きをしている。


 ただ、決定的に俺と細川兵部が違う点は、俺は肉を切らせて骨を断つ為に迎撃に比重を置いているのに対して、細川兵部はまず受け流してそれから崩していくという動き方の違いだ。そのような相手に一撃決着というのは確かに分が悪い。


 「2人ともあれだけゴネた挙句、なんで真正面から殴りあってんですかねぇ……?」

 「裸で男と絡む趣味は無い」

 「しかしかり」


 行司をしつつも、こっそりと声を掛けてきた左京殿がはぁ、とため息を吐いたのが分かった。確かに言いたいことはわかるのだが、行司としてそれは駄目だろう。


 しかし……とは言われてもな。趣味は無くとも、力自慢ならばそう言った戦い方も十分にあるのだが……いかんせん、俺と細川兵部の力比べを誰も見たいとは思わないだろう。俺もそうだが、細川兵部も戦いの専門職という訳でもない。どちらかと言えば後方から人を使う人間だ。そんな人間が出来る限りの戦い方をしているだけの話だ。土俵端から隆鳳が凄まじく怒鳴りつけてきているが……ただそれだけの話だ。


 「ふと思ったんだが、前蹴りで上半身に土つけたら勝ちか?」

 「なわけねぇよ!!」


 左京殿から未だかつてない勢いで怒られた。流石にそれは詭弁が過ぎたか。


 その隙を狙って目の前の細川兵部が右拳を振りかぶりながら飛び込んでくる。当然のように俺もそれに応じ、再び拳が交錯。腕へと伝わる衝撃の中、全体重をかけるように思い切り振り抜くと、細川兵部が体勢を崩した姿が目に映った。


 ◆

 黒田隆鳳


 メインイベントも盛り上がりの中、無事終わり、大歓声が降り注いでいる。まあ、言いだしっぺは俺なんだけれど、まさかもうすぐ年が変わるって時間なのに、ここまで盛り上がるとは予想外だ。灘の喧嘩祭りといい、姫路の民たちは中々血気盛んだ。


 だけどまあ、それよりも予想外なのは官兵衛が勝ちぬいた事や、まともな相撲が一切なかったという所だろうか。正直、官兵衛とか馬鹿じゃねーの。何で最後の最後まで殴りあいしてんだよ。


 とはいうものの、細川兵部との高度な攻防戦の末に、力任せの一振りで押し勝ち、リスクを恐れずに思いっきり踏み込んで体勢を崩した細川兵部を殴り倒した事は一定の評価をしたいと思う。


 なまじっか頭がいい、というより目端が利きすぎると勝負所で力を振り絞るって事はまずやらなくなるからな。


 男にはなりふり構わずに戦わなければならない時があるんだぜ、って事で、それを見事に成し遂げた辺りは評価。勝負所を逃さない参謀は心強い……はずだ。多分。焚き付けたから大分頭にキてるだろうけどな。


 というわけで、無事に終わったわけだけど、そろそろ俺の出番かね。


 「な、何か不穏な気配が!?」


 意外と勘がいいのか俺の様子から何かを勘付いた様子の公方に、真新しいマスクを放り投げて「被れ」とジェスチャーをすると、その顔が真っ青になっていった。


 そりゃあねぇ?こんな馬鹿みたいな熱気に当てられちゃぁ、お約束の乱入をするしかないっしょ?幸い、共に土俵に立っているのはお互いの身内な訳だし、戦う事は禁止されても、相手が官兵衛なら問題は無いわけだし。


 さて、いきますよ。謎のマスクマン1号。目指すは力の1号、力技の2号だ。


 っと。その前に、いつものアレをやっとかないとな。ここんところトンとご無沙汰だったわけだし。なーんか、影が薄くなった気もするし、これをやらないと俺が誰だかわかんねぇじゃん……これからマスク被るけど。


 いいか?いくぞ?


 「黒田隆鳳さまだよー!」


 宣言と共にスポッと頭からマスクを被り、嫌がりつつもきちんとマスクを被った公方を引きづりながら、未だ興奮冷めやらない土俵の上へと駆け昇って行った。


 よっしゃ、延長戦!延長戦!


 年が変わる前に一年の清算は終わらせんとな!


 「勝負だ!官兵衛!!2対2で勝負付けようじゃねぇか!」


 ◆

 オマケ

 殴りあった後の飲み会の様子。


左京 「武兵衛殿が倒れたー!?」


官兵衛 「猪口一杯で倒れるとか、彼奴はホントに弱いな!?今の内山にでも捨てて来い、与四郎」


与四郎 「酷いな、官兵衛。ところで殿は?」


弥三郎 「聡明丸……殿なら、早速、奥方に捕まってる。触れん方がいいぞ、与四郎」


藤兵衛 「美濃守の、ちょっといいトコ見てみたい♪」


おやっさん「いや、ちょっ……待て!この1樽飲めやれと!?」


→この辺で既に公方がくたばっている。

→酒を飲みながら、その公方の顔に閣下がイタズラ書きをしている。

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