第42話 二兵衛激突!
姫路
黒田官兵衛
「さて……盛り上がっている所悪いが、俺は棄権する」
「あー俺も」
少しの休憩を挟み、次の戦いか、といった所で突然武兵衛と与四郎が言い出した。何故だと問うまでもなく、視線を向けると奴らは申し訳なさそうに頭を軽く下げた。
「思った以上にやられちまった。これ以上の負傷は馬廻りの任務に支障が出る」
「俺もだ。カンキチとやりあった時に肩を外しちまった。即座に入れなおしたけど、戦ならばともかく、流石にこれ以上はやだな」
「あー……しゃーねぇか。特に与四郎は欠員が出ていきなり参加だったしな。余興で怪我したら元も子もなんねぇもんな」
二人の申し入れに、隆鳳は面倒くさげに頭を掻きながらも意外とすんなりと受け入れた。ふと、同じく取り残された細川兵部の表情を伺ってみたが、さもありなんという顔をしている。それにしても、怪我云々という点に関しては今さらだろう、とは思うのだが。
「あとでやっぱ賞金云々ぬかしても答えらんねぇぞ」
「んなはした金に執着があったらとっくに領土貰ってらぁ。俺はお前が天下獲った後百万石貰った方が余程いい」
「「「いや、お前「貴様」「武兵衛」に百万石の経営無理だから!!」」」
見栄を切ったつもりなのだろうけど、流石にそれは止めさせてもらおう。貴様は簡単に言うがな、今の黒田家が実質高で百万石ぐらいだ。4×4が17と言ってるような輩が経営できるわけが無いだろう。
「ないわー。いずれ領地を持ってもらわな困るけど、武兵衛に百万石はさすがにないわー」
「武兵衛、お前領主舐めてんだろ?やってみっか?俺が出石でどれだけ苦労しているかわかってっか?陰が薄くなるほど頑張っても、気長にやるしかねぇんだぞ?」
「執務を沼田に丸投げしている輩が何を……まあ、ともかくだ。俺だって大身になったとしても、俺だけで領地経営するなら10万石がいいところだろう」
「嘘付け」
「貴様は黙れ、小動物」
何を根拠に言う、隆鳳。それにたとえ俺に領地経営が出来たとしても、俺を軍から離して適当な所の百万石与えたら反逆するぞ。どうせ近い将来寄越すとしたらすぐに動ける場所で10万石程にしろ。父上達のように苦しむさまは御免だ。
「まさかこんなにも言われることになるとは……」
「ともかくだ、実際に、百万石の経営に携わっている身としてはそう思う。もっとも、貴様とその配下がこの家中に匹敵する働きが出来るならば話は別だが」
「お、おう……なんか、すまん」
ああ、また話が変な方向に暴走した。まったく、なんでこいつらといるとそうなるんだろうか。
「話は纏まりましたか?」
「見ての通りバラバラだ。閣下。とりあえず、武兵衛の棄権は却下の方向で」
「なんでだよ!?今、どう見てもそんな流れじゃなかっただろ!?」
隆鳳の裁可に俺も少しは驚いたが、武兵衛からの必死の抗議を受けた本人は複雑そうな表情で頭を掻いていた。
「んー……まあ、身体が大事だって事はわかる。勝ったとはいえ、あのツンツル天の親父に相当痛めつけられたこともな。けどな、不戦敗じゃ示しがつかねぇんだ」
「馬廻りに、か?」
「酷な事言ってるとは自分でも思うけどな。この程度の負傷で退く奴に守られているのか、と観客も納得しねぇし……幸い相手は官兵衛だ。適当に見せ場見せて負けて来い」
この野郎……申し訳なさげな表情を繕っているが、口元が笑っていやがる。焚き付けやがったな、と恨み言を口にしようとしたとき、武兵衛の峻烈な視線が突き刺さったのを感じた。
負けず嫌いの男だ。わざと負けろなどと言われたらどうなるかなど、とうの昔にわかりきっている。
「真剣勝負だ!官兵衛!」
……あぁ、もう。七面倒臭い。
◆
そう頻繁にとは言えないが、武兵衛とは何度も手合わせをした事がある。
結論を言うならば、総じてお互い相性が悪い。
正面から四つに組めば、俺が力負けをする。搦め手を使っていくと、武兵衛は対応が出来なくなっていく。つまり、武兵衛との試合は主導権の奪い合いが勝負を分ける。
開始早々猫騙しからの足を取っての寝技先行。そこまでは見事にハマったが、どれもこれも馬鹿力で抜けられた。
そして、立ち技になると、
「ウラァッ!」
「ぐっ……」
その膂力の差を見事に使われ、腹にめがけてぶちかましを喰らうと、そのまま持ち上げて地面へと叩きつけられた。そのあまりの力に叩きつけられた瞬間、背中が一度弾んで宙に浮く。息が止まりそうな程の衝撃に怯む間もなく、咄嗟に首を捻って顔を背けると、その至近距離に弾丸の様な勢いで武兵衛の拳が通り過ぎて行った。ドスンと土俵が綺麗に凹むその拳にひるむことなく、引きずりこもうと腕を取ろうとすると、武兵衛は冷静にも距離を取る。
野郎、馬鹿なのは相変わらずだが色々と強くなってやがる。
「厄介な奴、だっ!」
距離を取ったとは言え、武兵衛ならば一足飛びで詰められる距離だ。即座に立ち上がり、咄嗟にかがむと顔めがけて放たれてきた剛腕が髪を焼く様に掠って唸った。即座に突き上げるように掌底を放って返すが、同じく空を斬る。その後、飛び交うであろう次の2手、3手を読みあって結局お互い手を出すことなく飛び下がった。
「打撃の応酬ならばまだ渡り合える、か」
「いや、
呆れたように飛び交う言葉も武兵衛の駆け引きだったらしい。言葉と同時に再び俺の腹めがけてぶちかまそうと頭から突っ込んできたが、
「予想通りだっ!」
「ガッ……!?」
間合いを見計らっていた俺が合わせるように右膝で蹴り上げると、武兵衛の顎に完璧に入り、その身体がそのまま地面へと倒れ伏した。
打撃の間合いだと万が一が起こりうるから、至近距離に詰めたいという気持ちはよくわかる。実際、開始から何度同じ手で主導権を握られたかわかったもんじゃない。だが、流石に見せすぎだ。
「おぉぉっ!?武兵衛、マジでお前やられてんじゃねぇか!」
「そこの小動物は黙れ。貴様の所為だぞ……こんな面倒な事になったのは」
土俵の際で興奮したように叫ぶ隆鳳に向けてため息を一つ。相手の両肩を土に付けて3つ数えて決着だが、打撃で沈めた場合は10数える。今まさに行司が数えている最中だが、流石に勝っただろう。倒れた武兵衛から視線を外して――
「……嘘だろ、貴様」
「今のは、キいた」
急遽湧き上がった大歓声に、ふと感じた嫌な予感に慌てて再び武兵衛に視線を向けると、奴はフラフラになりながらも立ち上がっていた。あの勢いで顔面に膝が突き刺さって気を失わないばかりか、10数える間に立ち上がるのか、此奴は。
「へへっ……負けらんねぇんだよ!」
「くっ……」
まるで先ほどの事が無かったかのように、即座に距離を詰められ慌てて足を狙う。蹴りが避けられると眼前を拳が通り過ぎていき、いつも俺が頭に巻いている布が掠ったのか、解けた気配がした。同時に何故か武兵衛が動揺したように眼を逸らす。
「あ、悪ぃ……マズっ!?」
一撃。動揺の隙を逃さず抜き打ちのように短く顎。綺麗に入ってたたらを踏む武兵衛に右、左、右と獰猛に追撃の拳を叩きこむ。だが、武兵衛はそれでも倒れず、辛うじて堪える。
ああ、コイツはなんだ。難攻不落の城か。三の丸は陥落したのか。二の丸は、虎口は。
ああ、もう……なんだっていい。全部俺が陥落させてやる。
上下散らして、下段の蹴りから顔を狙って拳を叩きこむが間一髪で避けられる。それでも反撃の余地は与えたくない。後退する武兵衛の拳を掻い潜って追いかける。あともう少しで――。
「止め!」
俺が武兵衛を殴ろうとした瞬間、声と共に横から不意に放たれた強烈な一撃で殴り倒された。上から振り下ろされる様な武兵衛の拳じゃ無い。下から突き上げるいつも喰らい慣れているような……というか、こんな真似出来るのは一人だ。
「――っ!隆鳳!貴様何をする!」
「悪ぃな。勝負ありだったから止めさせてもらった」
何故、と声を上げようとしながら、隆鳳が顎でしゃくって示した先を見れば武兵衛が拳を突き出した体勢のまま意識を飛ばしていた。流石の武兵衛も二度意識を飛ばした後は保つのが難しかったか。
しかし、戦いながら意識を飛ばすとは……退かず知らずの馬廻り筆頭の面目躍如、だな。
「……成程。確かに勝負ありだ」
「だろ?立ちながら意識失うとか武蔵坊かよ」
「その武蔵坊由来の薙刀を太刀として戦場で使っている貴様が言うか」
「俺は牛若だろ?どう見ても」
「体格だけはな」
挑発気味に軽口を叩いても、隆鳳は肩を竦めるだけで、俺に丸めた布を投げて寄越した。
「その向こう傷を隠しておけよ。付けた側からすれば、良心が痛んでしかたねぇ」
「随分と身勝手な良心があったものだ」
顔をしかめる隆鳳を余所に、俺は受け取った布を頭に巻き、古傷を隠す。俺が普段から布を頭に巻いている理由は額に酷い傷があるからだ。かつて家に引き取られたばかりの頃の隆鳳がつけ、そして俺や武兵衛と因縁が出来た傷だ。今となってはいい思い出だが……まあ、見栄えも悪いしな。
「さて、んじゃあ俺はコイツを回収してくわ」
隆鳳は無造作に意識を失った武兵衛を肩に担いで、俺に背を向けた。おい、意識を失った相手を丁寧に扱えとは言わないが、貴様その持ち方だと……。
「あ、ヤベっ!?」
隆鳳が土俵から降りた瞬間、背中側にぶら下がっていた武兵衛の頭が思いっきり土俵に叩きつけられる様子を見て俺は深くため息をつきながら座り込んだ。
貴様は自分の背の高さを自覚していないからそうなるんだ。
「……ったく。未来の百万石を大事にしろよ」
◆
なお決戦の模様
官「俺、棄権する」
閣下「私も棄権する」
左京「戦って!?」
隆鳳「泣くな、左京」
次回決勝。
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