閑話集 大乱闘黒田ブラザーズ

第40話 パァッとやろうぜ

 三好侵攻前

 姫路 黒田官兵衛


 「年越し相撲をやろう」


 ある日突然馬鹿が言い始めた。下手に判断するよりも早く、首を締めあげ、吐かせた事を要約すると以下の通りだ。


 身分出自にこだわらず、腕自慢を集めてお祭りがしたい。


 目的は、まだ見ぬ逸材を見出す為と、仕えている連中の一年の集大成を見る為と、派手に騒ぐことで姫路の住人らに播州内乱の終結を知らせる為。また、一新された経済活動の起爆剤(言葉の意味はわからんが字面からなんとなく想像できる)としての期待も籠っているという。


 その為、厳かな雰囲気の催しでは無く、観客を集めて派手にやりたいとの事。それに伴って、新たな産業を発掘する為に、集客用に様々な食べ物の屋台などを用意して興行としての雛型を作りたいとの事だ。


 なんともまあ、隆鳳バカらしい突飛な発想だとは思ったが、実際に吟味してみると割と悪くは無い。ただ問題は開催に掛かる諸経費だろうと思う。


 なので、もう一声と締めあげて、奴から引き出した新たな条件は以下の通りだ。


 ・隆鳳バカが参加すると祭りじゃ無くなるので選手としての参加禁止。


 ・予算を編成してから金額は変わるが、ある一定の割合以上の予算と勝ち抜いた者への褒美は公費では無く、馬鹿の私費から出す事。


 二番目の条件については大分渋られたが、出資額に応じた利益の分配を条件に呑ませた。父上と藤兵衛様から泣いて感謝されたから、息がとまる寸前まで締めあげた甲斐があったのだろう。


 秋の収穫が終わったばかりだというのに、そこまでギリギリのやりくりをしているのか……あの2人は。あの馬鹿が但馬のついでに因幡まで奪ってきた反動で大分稼いでいたはずなのだが……聞けば、予算組んでも突飛な追加が多過ぎて、かなり多めに見積もっとかないと後々死ぬ思いをするんだという。まあ、然もありなん。というか、追加については素直に御免なさいと言うしかない。


 ともあれ、話が決まったとなれば、すぐに動き始めなければ間に合わない。現在は10月。年末まであと2月も無い。不本意だが、キリキリと働くとしよう。


 まずは大枠。


 「まさかとは思うが、夜にやるつもりか?隆鳳」

 「おう、篝火を焚いて、な。やっぱ非日常感って大事だろ?」

 「広めの会場を用意ー」


 会議の最中だというのに、父上の呼びかけに反応して担当の者たちが走っていく辺りは流石だ。動きが軽快過ぎて、日々の苦労が偲ばれる。今行ったのは文官と職人と工兵か。技術的な事は任せても大丈夫そうだ。


 あとはなんだ、取り決めと、告知か?


 「屋台は自己申告制にしねぇとな。管理は――」

 「一般から募るのであらば、適役は街中の商工役場だろうな。という訳で、藤兵衛殿」

 「えー……あっ、ちょっ、待っ」


 ズルズルと引き摺られていく藤兵衛様。引き摺っていったのが、昔からの家臣と言う……あの扱い。あんな調子ならば小寺家は安泰だな。


 「アイツにはついでに中央市場の件を任せよう……どうせ財政についてはアイツの管轄なんだ」

 「鬼だな。貴様」

 「後追いで藤兵衛殿に指令書を送っておけ―」


 父上……自分が担当しなくて済むとわかったからか、軽いな。中央市場――卸売による市場管理については、父上と藤兵衛様の間で、どちらが試験運用を担当するかについて、酷く醜い押し付け合いをしていたからな。藤兵衛様もまさかこんな形で決着するとは思わなかっただろう。


 さて、俺も火中の栗を拾う前に適当な仕事を選んでおくか。


 「俺は参加人員の整理で良いか?」

 「そうだな、軍から出る人間が多そうだし」

 「日程は?」

 「一カ月以内に予選会を開催。それから本ちゃんやな」

 「また駆けこむな」

 「しゃーない。俺らは動ける時間も少ないんだから、出来る時に一気にやってしまわんと」

 「本選の人数は?」

 「参加人数によるが、力量に応じた階級性にしようと思ってる。事故防止の為、武兵衛とかオカシイ奴らを予選免除の上で一纏めにしといて、それ以外が10から20ぐらいだな」


 おい、オカシイ奴筆頭が何か言ってるぞ。


 しかし、そうなると、馬廻りはほとんど免除にしないといけないんじゃないだろうか?それだけで枠が埋まってしまいそうなんだが……基準を少し考えるか。小兵衛殿と砥堀山のハゲ……休夢叔父上辺りに相談でもすればなんとかなるだろう。


 「わかった。急ぎ考えてみよう」

 「おう。俺は広告だとか、賞金だとか、催しそのものの枠組みをもう少し詰めないとならんから、頼んだぜー」


 隆鳳も俺が何故自ら進んで仕事を選んだのかがわかったのか、いつもみたいな悪戯めいた笑みを浮かべながら、俺へと頷き、父上に視線を向けた。


 「な?頑張ろうな、おやっさん」

 「……えっ?」


 父上。残り全ての厄介な仕事、頑張れ。なにせ、運営責任者として色々と統括しなければならない事が山積みだろう?器用に立ち廻ろうとすると天罰が下るのはいつもの事じゃないか……。


 物事須く適材適所だ。


 大みそか 黒田官兵衛


 相変わらず、と言っていいのか姫路の街は朝から活気に満ち溢れている。昔からこの街を知る俺からすれば、以前は田舎もいい所だったが、俺達の旗上げからはにぎわいが日常になりつつある。悪い事ではない。


 通りを歩けば、辺りにはいい匂いが渾然と混ざり合い、物珍しさに引かれて少なくない人が出回っていた。街の外も、新たに導入した馬車便が忙しなく発着し、近隣の人間らも足を伸ばしてやってきたのだろう。時折思うのだが、「金を取って人とモノを運ぶ馬車をやろう」と言い出した隆鳳の発想には時折驚かされる。そしてそれをものの一か月もたたずに形にしてしまう、その取り巻き共の執念も、だが。


 とりあえず、大みそか特別屋台街の方は成功のようだ。藤兵衛様は大分やつれていたがな。


 「はぁー……いきなり出石から呼び出されて普請三昧だったからしみ渡るぜ」

 「ご苦労だったな、与四郎」


 俺はというと、視察を適当に済ませて、従兄弟の明石与四郎と揃って屋台で麺を手繰っていた。北但馬を任されているコイツはどういう訳か、普請関連に強い。今回の催しに際して会場設営や姫路近隣の街道整備と、その配下ともども八面六臂の活躍をしていた。


 屋台でしみじみと麺を手繰るその姿は、精強無比の初代黒田馬廻りにして北但馬の領主というよりは、土方の棟梁にしか見えない。実際、出石でも『ずっと現場に出ずっぱりで政務をしやがらねぇ!』と沼田が愚痴ってたしな。その分、但馬の交易、防衛拠点としての出石の開発が滞りなく進んでいる所を見ると、はたして褒めるべきなのか、怒るべきなのか……。


 「出石は大丈夫か?」

 「ああ、どうせ年が明けたら姫路に挨拶に出向くつもりだったんだ。それに、ウチの子分どもも姫路の職人らと交流も出来ていい刺激だったろうし、今は目一杯この雰囲気を満喫しているだろうしよ」 

 「それはよかった、と言いたい所だが、貴様は家には帰らんのか?」

 「……帰ると結婚しろって五月蠅くてな」


 結婚しろと言われるのが嫌とは、遊びの味を覚えたのだろうか?ざっくばらんな性格をしている割には古風で一本気な男だからそれは無いか。そもそも、俺も遊んでいないのに結婚しろと五月蠅く言われている身だしな……。


 「それは同情する。だが、貴様は明石の跡取りだろう?何か懸念でもあるのか?」

 「あん?ただ、今請け負ってる仕事がある程度の型になるまでは、うつつに抜かしている場合じゃねぇってだけだ」

 「同感だな」

 「どうにかならんもんかねぇ……親戚がド偉くなっちまったもんだから、良縁には恵まれてるんだろうけど、またその分忙しいしなぁ」


 不器用なのか、軽薄なのか判断に困る事をぬかしながら、与四郎はごくごくと海鮮系の出汁がギュッと詰まった汁を一気に飲み干して息をついた。


 「はー、うめぇ。久し振りに海のもん食った気がする。殿、おかわりいいですか?」

 「あいよー……あと、俺は似てるけど、殿じゃないヨ。左近さんと呼びなさい」

 「そりゃ無理があるでしょ……俺だって元はアンタの馬廻りですよ?左近将監様。あいや、失敬。今は左少将様でしたか」

 「与四郎!テメェ!」 


 視察を適当に終わらせ、俺達が何故この屋台で麺を手繰っているかと言うと、調理しながら必死にごまかそうとする小動物と、手伝いながら苦笑いを浮かべるその嫁の姿を見つけたからだ。そもそも、隆鳳たちに気がつかなかった頃から、客層が石川兄妹や宇喜多直家と、一際異彩を放っていたが。


 石川兄妹はともかく、宇喜多は年末年始に自分の家に居なくていいのだろうか……?


 まあ、隆鳳も大概だが、先ほどは元播磨守護の赤松次郎様も屋台でおこわの様なものを炊いている所を見たし、村上海軍が海鮮焼きをやっている所を見たし、ハゲと千宗易殿が茶屋を開いていたし、武兵衛と山名のせがれが馬廻り訓練の御馳走、猪鍋をやっていたし、この屋台街に来ている奴らは作っている人間が誰か心して食った方が良いと思う。


 あと、武兵衛。『しし鍋だから4×4で一杯17文!』と満面の笑みでぬかしていたが、貴様計算間違えてるからな。屋台の裏で猪を〆ていた小兵衛貴様のオヤジ殿にもういっぺん〆てもらえ。


 重鎮が朝から一斉にいなくなった事で、仕事を押し付けられた父上と藤兵衛様が皆を必死に探しているのを知らないだろうな……まあ、俺も与四郎も巡回を口実に逃げたきたクチなんだが。


 「いやーしかし、盛況っすねぇ。なんだったら手伝いますよ?官兵衛が」

 「おい」


 与四郎。貴様相変わらずいい性格してやがるな。


 「いやだってさ、昼過ぎには相撲のアレコレが始まるんだろう?殿がいないと困るだろう?」

 「んにゃ。小夜も手伝ってくれているし、小一郎とかもいるし、更には調理方にもすげー心強い味方がいてな」


 隆鳳の視線を追えば、別口で端正な男が堂々と包丁を奮って素材を切り分けていた。


 ……なんだ、ただの細川兵部か。


 奴も料理が好きだとは飲み会で聞いたが、流石の風流人というべきか。俺には真似できない。まあ、外交問題にならなければ俺も文句を言うつもりはない。


 尚、後々聞いた所、屋台の裏では公方がせっせと皿を洗っていたという。


 オマケ

 特別屋台「左近屋」スタッフ


 シェフ 黒田隆鳳

 スーシェフ 細川兵部

 調理補佐 小夜

 配膳 黒田小一郎

 看板娘 春&虎

 皿洗い 足利義輝

 仕入れ&レジ 今井宗久


 

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