第39話 丹波平定

 1563年2月


 姫路 黒田隆鳳


 「っし、これでよし、と」

 「ありがとう、お兄様」


 三つ編みでも、気分は戦国時代のカリスマヘアスタイリスト、黒田隆鳳さまだよー。


 俺と嫁さんと、妹2人と計4人分ですよ……少し手が疲れた。ショートからミディアムぐらいまで髪が伸びてきた小夜の髪でサイドの編み込みを作ってあげている所を、遊びに来た春ちゃん虎ちゃんに見られたのが運のつきだった。髪の長い春ちゃん、虎ちゃんは編み込みで冠の様に仕上げた……なんつったっけ、確かハーフクラウンとかいう髪型にしました。今度はお団子でも作ってあげようかな……。


 俺、別に本職という訳では無いですが、意外とこういうの得意なんです。女心の柔らかい所を擽る器用さが女性と仲良くなるコツだよ、官兵衛君、武兵衛君。


 ……大抵「いい人」評価で終わるけどね! 


 「春ちゃん、虎ちゃん可愛い」

 「お姉さまもきれー」

 「ふふふ、ありがとう。でも……」


 ん?視線を感じる。2人揃って何故こっちを見るんだぜ?眼の見えない春ちゃんはその髪の質感をこれでもかって感じに楽しんでいるけどさ。


 「髪を解いてお姉さまとお揃いにしたお兄様も美人さんだよね……」

 「そうね……簪でも付けますか?隆鳳さま」

 「いや、流石にそれは……」


 ただでさえ女顔をネタに、たまに朝起きると俺の着物を女物にすり替えられるとか色々やられてんだから。ちなみに俺と小夜のサイド編み込みは片側のみだ。自分の顔はどうでもいいが、ハッキリと横顔が見える小夜は……うむ。凛々しさも加わってアリだな!元々少し大人びた感じだったけど、グッとその印象が強くなる。


 「どう?春ちゃん。結構緩めにやったから大丈夫だと思うけど、きつくない?」

 「大丈夫です。なんか……不思議な感じですけど」

 「お兄様に習ったからいつでも編めるよ!」


 三つ編みなんかは自分一人で結えるしね……まあ、編んでいる最中、興味を持った女中さんらが仕事を中断してぞろっと並んでその編んでいる所を見ていたし、いざとなったら彼女らに任せれば大丈夫だろう。


 「ん?」

 「どうした春ちゃん」

 「足音がします。お兄さんと……もう1人、ですね」


 生まれつき眼が見えなかったからか、春ちゃんの耳は俺よりもいい。指摘されて意識を外に向けて初めて足音が俺にも聴きとれた。だが、官兵衛の足音だって全然わからなかった……何で聞き分けられるんだろう。


 だが、突然ドタッと何かが倒れる音がしたかと思ったら、くっくっくと堪え切れず漏れてきた笑い声は確かに官兵衛だ。


 ……ああ、ついでにもう一人が誰かわかっちまった。何も躓く物が無い廊下でコケる奴なんて一人しか思い浮かばねぇ……そういえば、姫路まで呼んだんだった。


 奴と共に官兵衛がわざわざ休暇中の俺の屋敷まで来る……その事が意味する事を感じ取ると、ふと小夜と視線があった。そして軽く肩を竦めておどけて見せる。


 「隆鳳さまがお帰りになるまで、この髪でいましょうか?」

 「それほど長く留守するつもりはねぇが、編み込みは放置すると臭くなりやすいからやめときな」


 編み込みならまだいいけど、ドレットとかもうね……最終的にはぶった切るしかねぇもん、アレ。


 ん?ああ、今のはもしかして、遠まわしに日を跨いで留守にするかどうかの確認って事?まんまと引っ掛かったな……俺。


 「あ、ああ、今日明日は出ないから別にその髪型でもいいぜ。近日中……かな。また数日留守にする」

 「戦……ですか?」

 「かもしれない、って所だ。だから、何も無い方が帰ってくるのが遅いかもしれん」

 「それは……ちょっと複雑ですね。わかりました、いつでも立てるように支度を始めましょう」


 いつもより凛とした表情で小夜が告げると、先ほどまでここで三つ編みのやり方を見学していた女中たちが一斉に動き始めた。


 ……ウチの奥さん、こう見えて統率力凄いな。いや、戦場には連れて行かないけど。


 「おゆはんはいかがします?」

 「今日は打ち合わせが終わり次第戻ってくるよ」

 「じゃあ、私たちが作るー!」

 「は、はは……楽しみだな」 


 やべぇ、どんどん首がしまっていく気がする。今日は絶対早く帰ってこねぇと……。


 3人に笑顔で手を振り、振り返った瞬間、笑みを収めて廊下に繋がる襖から出ると、官兵衛ともう一人がちょうどそこにいた。どうも顔からやったらしく、鼻血が少し垂れている。それを見て、浮かび上がってきた笑みは自分でもわかる程、先ほどの物とは違う――俺にとってこちらの方が馴染んでいる陰惨なそれだ。


 「お、お久しぶりです……殿」

 「よぉ、十兵衛。戦とか政務とか、あけましておめでとうとか、色々積もる話もあるんだが……とりあえず鼻血でも拭いたら?」


 ◆

 丹波 荻野悪右衛門


 機会を窺う中で、野心がずっと灰の中で燻っていた。熱を持ち、ひとたび掘り起こすと燃え上がるはずのそれはずっと押し殺してきた物だった。


 叔父を殺し、城を奪い、三好と抗い、その中で兄貴を殺されてからは一族を率いて――それでも燻ったままだった。この国を俺の物にする。名を立てる。そう願いながら、ずっと現実の前に足を止めてきた。


 そうして得た、播州での三好の大敗という好機。この機を見逃すつもりなど無かった。三好を難なく撃退した黒田からの誘いも何度も来ていたが、俺の願いはそんな事では無い。この機会に丹波を我が物とするつもりだった。


 だが、丹波は山に囲まれた土地。どうしても独り立ちするには資源が居る。眼を付けたのは生野銀山だった。


 通常では武名轟く黒田家を相手取る事など正気の沙汰ではない。アレは三好と格が違う。そう半ば諦めていた頃だった。


 ――領地再編により、我らを阻んできた竹田城主、赤松下野守が本来の拠点である播州龍野城に戻る事になり、また但馬各地の防備もかなり薄くなっている、という報を掴んできたのは。


 最初は誘いかと思い、慎重に物見を放って確認をしたが、確かに但馬の防備は薄くなっていた。更に言えば三好は先の大敗で反乱が起きても浮足立っている。連動するように波多野らも蜂起したからだ。この千載一遇の好機を見逃す手は無かった。


 一気に竹田城、生野銀山を制圧。しかるのち、生野銀山を餌に黒田を脅すなり、その土地の富を奪いきるなり対応はできる。この侵攻をずっと狙い、念入りに調査を済ませた事で山岳地帯は我らの庭だ。引き込めばまだ勝機はある。


 ……はずだった。


 「チクショウッ!生野に向かった甥も連れ戻せ!誘い出された!」


 真っ先に届いたのは先駆けが鉄砲によりやられたという報告だった。攻め込んだ途端に囲まれて一気に殲滅されたという。鉄砲は貴重。三好という大敵と戦っているにも関わらず、後方であるはずの竹田城に先駆けが壊滅するほど配備されている訳が無い。だが、間違いなく鉄砲の射撃による殲滅だという。


 困惑に考えがまとまらずにいると、目の前の竹田城に翻る旗が目に入った。そして一気に血の気が引いて行くのがわかった。何故先に気が付かない。何故……。


 藤巴は黒田の旗。それと共にある二つ引きに三つ巴は赤松の旗。そして、見憶えの無い桔梗の旗と――黒田左少将直轄を示す十五文銭。


 城の外から見ても、報告通り大軍が居る訳ではない。多少は増えたかと思う程度だがそれでも2千程。隙を狙えば落とせない数では無い。


 だが、待ち構えているその兵が悪名高い黒田馬廻りだとしたら――むしろ、


 「殿!敵が城から打って出ます!」

 「チィッ!騎馬か!?」

 「いえ!足軽です!ただ……」

 「なんだぁっ!言えッ!!」


 かつて但馬を席巻した母里武兵衛の風神衆ではない、と?だが、そこはかとない不安が押し寄せる。

 その不安の真ん中を貫く様に、目の前には信じたくない光景が待っていた。


 城から飛び出てきた一騎。まるで味方など必要ないと言わんばかりに、ただ一人、血染めの乱髪兜を翻して後ろを顧みることなく向かってくる。


 漆黒の馬。天高く煌めく大太刀。羽ばたくように翻る深紅の南蛮マント。


 報告の悲鳴のような声が響く。


 「て、敵将一騎駆け――黒の乱髪兜に大太刀、黒田左少将ですっ!!」

 「クソッ!やってくれる!……道を開けぃっ!奴を討ちとってくれる!」

 「殿っ!?」

 「貴様らは先に退け!」


 播磨の小鬼如きが……戦は負けだ。だが、火が付いた以上俺は退けない。退きたくない!俺達の頭上を征く、その羽ごと落としてくれる!


 赤鬼と謳われし我が激情。見せるは今ぞ!


 「“赤鬼”荻野悪右衛門!参るッ!」


 黒田隆鳳


 「こちらに靡かない荻野、赤井を誘き寄せ、それを口実に丹波を制圧する」


 最近やけに大人しいと思っていたら、官兵衛が急にそんな事を言いだした。聞けば、三好と丹波の件でやり取りをしているその内に、「丹波は面倒な土地だ」と三好に思わせ、手放させる事が一番の理由だという。それに加えて、丹波で2番目の勢力であり、靡かない奴らを潰すいい機会だという事らしい。


 餌は官兵衛が交渉中していた頃から荻野がずっと狙っていたという生野銀山。そしてちょうど『アヤメの頃』の下準備として、弥三郎おじさんを龍野城に戻す決定をした所だったので、誘き寄せる機会としてはこれ以上無い物になった。


 しかも、この戦の後の丹波制圧軍の将にあろうことか明智十兵衛光秀を抜擢し、呼び寄せるというオマケ付き。歴史が変わっても縁という物は馬鹿に出来ないようだ。


 問題は本当に竹田城に攻めてくるのかという所だったが、まさか本当にあの野郎の筋書き通りになるとは……俺には絶対に描けない筋書きだ。最近は鉄拳制裁系参謀だと思ってすまんかったな……官兵衛。


 荻野の反乱を俺の手引きだと勘違いして波多野らが連動するように挙兵した事は予想外だったが。


 ……この国に十兵衛で本当に大丈夫なのか?うっかりとおっちょこちょいばかりで、どんな化学反応が起きる事やら……。


 まあいい。今は正念場だ。


 参謀がこれ以上無い程の活躍を魅せた。あとは――、


 「押し通る!道を開けろ!」

 「クソォッ!」


 俺の一騎駆けに呼応するように飛び出してきた敵将、荻野……いや、丹波の赤鬼、赤井直正との一騎討ちを制する事。今までの戦場ではほぼ一撃で終わらせてきた首を狙った一撃は、棍のように重たい槍にいなされ、辛うじて奴が繰り出す槍が腕を掠めていく。


 ああ、これで何合目だ?こんなにしぶとい敵は久し振りだ。殺すにはもったいなさ過ぎて……思わず笑みが零れてくる。手綱から手を離し、ただ足での締め付けとバランス操作だけで馬が動く。お互いが極限状態での人馬一体だ。気分が良くならない訳が無い。


 「テメェ、何笑ってんだ。黒田隆鳳」

 「そういうアンタも笑ってるぜ。赤井直正」

 「……俺のは、苦笑い、だッ!化物ッ!」


 俺の死角になる左側にすり抜け様放たれた豪快な横薙ぎ。それを右腕一本、野太刀で擦り上げるように捌き――。


 「――俺の勝ちだ」


 飛び付くように空いた左腕をブン回し、豪快に首を刈る様に当て、そのまま地面まで身体ごと叩きつけた。当然俺も勢い余って馬から落ちた形だが、咄嗟に受け身をとって落とした野太刀の代わりに長光を抜き払うが、どうも様子を見る限り失神したみたいだ。念の為、奴の槍を遠くに蹴り飛ばし、その腰の刀を全部奪い、そして担ぎあげる。


 くそ……コイツ、ガタイいいから重たいな。熊担いでるみたいだ。


 「殿っ!お怪我は!」

 「おー、十兵衛。今回はお前が何も仕出かさなかったから無傷だ」

 「あ、ははは……」


 馬から降りて俺に駆けようとしたのを視線で止めながら軽口を飛ばすと、馬上で遠い目をしながら十兵衛がから笑いをする。そんな仕草を呆れながらも、拳を出すと十兵衛がコツンと軽くそれに拳を合わせた。


 「俺はコイツ連れて戻る。黒井城……とっとと落として来い」

 「しかるのち、三好勢が撤退した後、丹波全土を――ですね?」

 「ああ。因幡で慣れた所悪いが……他に都に近い所を任せられそうな者がいなくてな。そのまましばらく留まって貰うぜ」

 「いえ、鳥取には信頼のおける一族の者を留守に置きましたので。彼はしばらく井出様の下で働かせていたので、連携も十分かと。あ、それと、生野銀山は黒田官兵衛殿と母里教官が難なく撃退したと、先ほど」

 「そっか」


 生野銀山は要所なのに久方ぶりに前線に出る小兵衛が「良い実戦訓練」とのたまってたからな。

 ……赤井直正がそっちに行っていたら危なかったな。被害は出ないだろうが、俺みたいに捕まえる事はまず無理だ。後々面倒になりそうだから、逃げられずによかった……。


 あ、でもあっちの部隊に小兵衛いるわ。それに、公式では各地に睨みを利かせる為に姫路で留守番しているはずの武兵衛もこっそり参戦してるし。まあ、あの極道親子が不覚をとるとは思えないな。


 「聡明―――……殿!」

 「おう、おじさん。とっ捕まえてきたぜ」

 「我ももう若く無い。単騎駆けの挙句、一騎討ちなど、あまり人の肝を冷やさんでくれ……」

 「ははは、いや。もったいなくってな。殺さずに捕まえようと思ったらちょっと手間取った」


 野太刀を拾って差し出された鞘に戻し、ノびたままの赤井直正の身体を馬にひっかけるように載せ、曳かれてきた馬に跨りながら笑うと、弥三郎おじさんは少しだけ考え込むように手を顎に当てた。


 「……荻野悪右衛門か。大人しく降るか?」

 「さあね。ただ殺すにはもったいない。従わないっていうなら、従うまで何度でも撃ち負かして捕まえるだけさ」

 「成程。では、とりあえず牢を用意しよう」

 「その前に薬師の手配だな。背中から落ちた気がするけど、頭も少なからず打ってるから」

 「承知した。すぐ手配しよう」


 即座に馬を駆って、伴った部下に赤井直正の身柄を預けながら戻る弥三郎おじさんの背中を見て一伸び。


 あー……畜生。馬上じゃ無くて、馬から降りてやるんだった。これほどの奴ならば馬上なんてもったいなくて仕方がねぇ。大太刀はたとえ切れ味抜群でも基本横っぱらを叩かれると脆い。俺は乱戦でも使うけど、本来はまさにこういう一騎討ちにお誂え向けの得物だというのに。


 「さて、俺も行くかね。残党狩りと追撃、頼むぜ」

 「ハッ!」


 1563年2月 明智十兵衛光秀を指揮官とした黒田勢、丹波掌握完了。


 ◆オマケ

 官兵衛さんから一言


官兵衛「幸いバレなかったようだが、極秘行動なのに自分の旗印を城に立てた馬鹿が2人もいるらしい」

隆&十「「ギクッ……」」

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