第22話 麒麟がきた

1562年 9月―――鳥取落城から半月後


 但馬 竹田城近隣 ???


 「急げ!兵站の確保が急務だ!」


 私の声に応じて、隊列のあちらこちらから声が上がる。不測の事態には備えていたが、因幡陥落の報ほど衝撃を受けたこともなかっただろう。

 だが、私たちは身を挺してもこの物資を拡大する最前線まで届けなければならない。道なき道を切り開き、討伐終了直後の不穏な空気の中、最前線まで物資を守り抜かなければならない。それはまさに苦難の道だ。


 何でもこなす自信はあるが、最前線への従軍ではなく、後方配備の輸送隊に配属されたことに不満を憶えたことは無い。

 この黒田家は将兵の強さが神髄ではない。以前、同輩から聞くには、殿は「俺たちの軍が最強かは論ずることはできないが、斥候などの戦場での情報収集力と兵站と行軍の速さに限っては日ノ本一であると自慢する」と言ったという。


 その言葉に象徴されるよう、この家ほど情報と兵站を重要視する家はない。諸国万遍なく回ったことがあるが、この新興の家に身を寄せたのは偏に、その先見性に魅かれたからに他ならない。だから、新参の私が後方に回されたのは、信頼されていないのではなく、抜擢されたのだと誇りに思う。


 不思議な家だと思う。


 身分に構わず人を集め、そして出来れば思い出したくないほど鍛え上げられ、無邪気なまでに信頼を寄せられる。昔は、人より抜きん出た才能があると自負していたが、この家中では時折その自信が揺らぐことがある。


 鉄砲に関しては櫛橋左京殿。武勇ならば母里武兵衛殿とその父、母里小兵衛教官。戦略に関しては黒田官兵衛殿。内政に関しては小寺藤兵衛殿と黒田美濃守様。


 まだまだ学ぶことが多いと彼らを見ると思わされる。


 それでいながら、越前に家族を残したままだ、と正直に私が言っても、それを聞いた誰もが不審に思わない。むしろ、いずれ呼び寄せられたらいいな、と協力援助の申し出をしてくれる方も少なくない。機会を逸して殿にはまだお会いしたことも無いが、気安い方だと聞き及んでいるから、恐らくその影響なのだろう。


 その殿にしても、たぐい稀だと思うほど先見性に富みながら、若さゆえなのか、この度のように思いもよらない事を多々起こす。解き放たれたら最後。まさに災害の様な方だ。


 この進む先では殿が待っている。初めてお会いする機会だ。


 彼の御方は私の事をどのように評価してくれるだろうか。望むらくは、家族を呼び寄せる決心が出来るほど買ってくれるとありがたい。


 故郷を追われてから長い旅を続けてきた。


 その間に、毛利殿など名君と誉れ高き方々ともお会いしたが、私を買ってくれる人はいなかった。長く時間を費やした分、この家中に身を寄せるという判断が間違っていなかった事を心より望む。


 その為には、この大任。確実にこなさなければ。


 急げ、と声がこだまする。


 1562年 9月―――鳥取落城から半月と少し

 鳥取城 黒田隆鳳


 土間から失礼いたします。黒田隆鳳、でございます。此度こたびのケジメにセルフ土間メシ、やらせていただいております。

 やらかした事に気が付いてからの混乱、ようやく立ち直りかけました。夢から覚めても事態は全然立ち直っていません。マジかー……夢だったらまだいいのに。


 あれだけ格好付けて戦略立てたんですよ。それをまんまとお釈迦にした訳ですよ。力及ばず、ならばまだいいけどが、オーバーランって……そりゃねぇよ、俺。訊いた話では官兵衛は珍しく呆然とし、武兵衛は笑い転げ、おやっさんは倒れたという……帰りたくねぇ。

 幸い、別所の先代が倒れたのがマジだと情報が確定し、挙句、今回の俺たちの戦に驚きまくって内部が荒れていると聞いたから少しは時間がある。


 それに、急に2国も抱える事態に陥って、やらなければならない事は数えきれないほど出来た。


 そのひとつが戦後処理。


 特に俺が無我夢中で進み続けた所為か、当家の要となる兵站線がかなり弱い。国を奪い取ったとはいえ、完全勝利を収めたとは言えない状態で、反発する国人衆も少なくない。そんな中、内政専門の人間も、頼れる軍師もいない状態でただ一人こなさなければならないこの辛さ。自業自得は錯乱して腹を切ろうとして止められたほど、身に染みて理解している。戦勝に浮かれる余裕さえ浮かばない。


 官兵衛は但馬の統治に専念してしまっている。これは俺への宛て付けという訳ではなく、当然の判断だ。1国を奪うという事は、その統治を始めるという事。統治とは戦のようにはっきりと勝ち負けが分かるものではない。

 人材雇用に始まり、租税の調整。統治地域の把握に、国人衆への対応。所領安堵に防衛の手筈。但馬、因幡ともに敵地だった場所だ。ゼロからではなく、マイナスからのスタートになる。


 人材雇用に関しては、但馬は特に複雑だと聞いている。当主の山名祐豊は軍門に下ったが、俺たちが容赦無く攻めたてたせいか、反抗する国人衆が多く、一筋縄ではいかないのが現状だ。彼らが他勢力を引き入れないとも限らない。

 それはこの因幡も同じ事。ただ、因幡を牛耳っていた鳥取城主、武田高信はこの城の陥落時に俺が討ち取った。だが、その与党、係累は西へと逃げている。彼らの行方を追った者たちによれば、毛利を頼ったとの事だ。

 幸いにして、陥落時但馬に追われていた因幡山名家の山名元豊はこちら側に恭順。それと、この一帯の山岳に詳しい、但馬芦屋城城主の塩冶周防守も味方になり、多少ながらも改善の兆しが見えてきている。今、両名にはこちらに向かい、手を貸してもらう手筈になっている。


 人材関連に関しては細々とした事を言うととんでもない長さになるので割愛するが、俺はまさに寝る間もないほど追われている事態だ。まず、この城を任せる人間が―――俺が姫路に戻った後、この新領地を纏めるに、地元の人間ばかりではすぐ離反されるのが目に見えている。その為にも、この城を任せられる人材を呼ばなければいけないのだが、とにかくそこまで手が回らない。


 だが、問題は人材関連だけではない。他にも並行して進めないといけない事がたくさんある。


 たとえば、兵糧の問題。米の刈り入れ直前という事もあり、孤立した状況下での兵糧が心もとない。

 ここが鳥取城という事を考えると、セルフ飢え殺しという冗談も浮かぶが、余り笑えない。くっ……これが官兵衛の策か。なんと恐ろしい……。


 ……いかんな、本当にテンションがおかしくなってきた。この様な事態を招いた戒めと、眠気防止の為と、伝令への迅速な対応の為にずっと土間で仕事をしているが、もう何が何だか良く分からん。そう言えば最後に寝たのはいつだろうか……?


 「左近将監様!」


 意識がもうろうとし始める中、取次の為に戸の外にいた者が飛び込んできた。

 その背後には30代ぐらいの背の高い男が立っている。戸を開けてすぐそこに俺が座っていた事に気が付き、驚いたように目を見開いたが、すぐさま真摯な表情に戻ってその場に膝をついて頭を垂れた。


 「明智十兵衛以下、100名。姫路より物資を守り、ただいま到着致しました」

 「姫路からの……物資、だと」

 「はっ、兵糧、弾薬――そして人材。急ぎかき集めて参りました。途上、道を確保してきたので、遅くなりました。申し訳ございません」

 「そうか……助かる。長い行程を、わざわざ有難う」

 「いえ、それより、すぐさま私たちも仕事に取り掛かりましょう」

 「……悪い。仔細はそこの机に、」

 「承知いたしました。殿は――」


 声が遠くなる。なんつった、今。


 俺、休んでもいいのか?十兵衛。つーか、なんでウチには「兵衛」って付くやつが多いんだよ、いっそ兵衛’zベエズとでも名乗れよお前らウルトラソゥッ!


 あ、やばい……。


 「殿?殿!?」

 「……俺は、限界だ。悪い、少し……寝かせてくれ」


 迂闊にも安心してしまった所為なのか、意識が、揺らぐ、おちる。


…………ん?明智十兵衛?


 直前でそんな疑問を抱きながら、俺は人生3度目の失神を経験することになった。 


 ◆

 隆鳳「お前がメシアか」

 

 いいえ、ユダでした。

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