第21話 迷走デスマーチ
1562 8月下旬
はい、現場の黒田隆鳳さまですよー。
前哨戦の決着はあっさりと付いた。
早朝に攻撃を仕掛けてから置塩城を落とすまで、一刻も掛からなかったと思う。
降伏してきた守護の赤松義祐は許し、当家で実権を失いながら仕えるか、縁故を頼って一族諸共落ちのびるか勝手にしろと言ってある。
置塩城そのものは暫定的に小兵衛にその管理を任せた。即座に前線基地として、銀山奪取の為の補給拠点にするよう手配してある。
だが、それよりも、正直俺としては、その戦の最中に、村上水軍の調略と、今井宗久との実りある商談を行った事の方が重要だったと思う。これからの時代は山より海。土より金だ。
今回の村上水軍の参加で交易路の安全確保に大分目処が立った。もちろん、これから先に起こるであろう水陸両面作戦のめどが立った事も大きい。ぶきっつぁんには、既に妻鹿城と室山城を水軍拠点とする姫路軍港化への準備を始めてくれと伝えてある。
そして、置塩城を手に入れた事で、山の資源の販路も確保が出来た。播州北部の材木を利用した造船所の設営も推し進めていかなければならない。帰ったらやらなければならない事が山積みだ。
俺達は貧乏ではあるが、軍備とインフラには金を惜しんでいない。そこに今井宗久を通じた堺との繋がりも出来た事で、雇用の門戸も拓け、徐々に経済状況は改善に向かっていくだろうと踏んでいる。
その仕上げが生野銀山の奪取。口八丁で今井宗久の余計な介入は阻止したから、遠慮する事無く俺の物にする事が出来る。
俺達は、置塩城を落としたその日の内に既に出立し、蝉ががなり立てる音の中、軍はどんどんと山道を進んでいく。川沿いを抜けている所為か、時折吹く風が心地よい。平和な時期ならば、小夜と水場で避暑と洒落込みたいものだが、そうも言ってられない。
「官兵衛」
「なんだ?」
「銀山奪取の後、但馬はどうするつもりでいる」
「時間次第だ……と言いたい所だが。俺達が国を出た事で、別所は必ず動く。どれぐらいで動くかが読めん」
「先代が倒れたんだっけ」
「……誓ってもいいが俺たちは何もしていないぞ」
「はいはい」
実際、先の会議で宇喜多の義父が暗殺を仄めかしたが撤回させている。元々そういう姦計が好きではないというのもあるが、さあこれから、という時に『倒れた』という怪情報が流れたのだ。これがブラフなのか、真実なのかでも大分変ってくる。
「遠征するにしても10日で終わらせたい」
「また無茶言いやがるな、官兵衛。余裕の無い戦略は破綻したら死ぬぞ」
「情報の精査が終わるのが10日という事だ」
「優秀だこと……」
まだ播州一国の制圧も出来ていない俺達が、たった10日で一国を制圧して、かつ即座に引き返して別所と決戦を行うか。流石に無理だな。それならば、先に別所と決戦してから落ち着いて攻略した方が安全だ。
但馬の守護は山名氏。細川氏とは応仁の乱を二分した勢力だったが、この戦国時代の例にもれず力を失って没落している。それでも今回率いている3000で制圧、鎮圧、事後処理、そして他勢力からの防衛をする事を考えると、難しいだろう。
「もし時間をかけるとしたら――」
「おう」
「この但馬はかなり雪が深いと聞く。今は夏だが、時間をかける為に一度退き、その間防衛する事を考えれば、あまり深入りしたくない。比較的近い生野。そうだな……行ったとしても竹田城までだな」
おお、天空の城。日本のまちゅぴちゅ(うまく言えへん……)竹田。
俺、てっきり岡山とか広島とかもっと西の方だと思ってた。現代で言えば兵庫県なのか。
「竹田を但馬、及び、丹波制圧の拠点にするのか?」
「生野だろうな。姫路から生野でも雪が怖い。おそらく別所と戦ったらすぐ冬だ」
「むぅ……時間をかけるのも危険だな」
今年の冬は雪が降らないように、ちっと、天気の神様ぶん殴ってくるか。
取捨択一が難しい。少なからず被害が出る事を考えると、確かに速戦が望ましい、
「やはり俺の考えとしては」
「んゆ?」
すげーヤな予感がする。なんか、背中の辺りがムズムズしてきた。
その予感を裏付けるように、官兵衛は少し悪辣に笑った。
「貴様らには嫌が応にでも一気に攻め込んでもらう」
「何日でどこまでやるつもりだよ?」
「10日から15日以内で平定すれば、支障は無い。但馬は播州と違ってそれほど大きくは無い上に、重要拠点も限られている」
「……つまり、今回は俺が暴れるんじゃ無くて、兵を分散させて複数路から攻め込ませろ、という事か」
「察しが良くて助かるな。そう言う事だ」
何もおかしい所は無いな。うん、間違いない。
ただ一点、気がかりな所がある。10日程度で一国を平定する事を良しとして、じゃあ、どう統治するのか、だ。内政にも人員が居る以上、負担が大き過ぎる。
だが、それでも官兵衛はやれと言う。
それは、今後こういった総力戦が多くなっていくからだ。その前にこの但馬を軍としての試金石にしろと言う事なのだろう。
問われているのは、今後勝ち抜いていく為の、俺の将としての器量と勢力の底力
だ。
……仕方ない。どの道、苦労はする羽目になるんだ。どうせ苦労するならば、苦労するタイミングが重なってこないようにするのがせめてもの務め。
つまり、それは、結局、
「……大変だ、こりゃ」
デスマーチ・イン・但馬―――開幕。
◆
遠征初日 生野銀山
「いっちょまえに城塞構えていたが……弱ぇな。但馬」
「凋落してもなお、山名家が勢力を保っていられる様な土地だ。想定内だ、隆鳳」
はい、というわけで、あっさりと銀山を取りました。
また投げ槍?馬鹿言え。補給線も伸び、数に限りがあるのにそんな真似ができるか。正攻法だ。
正面から本隊が引き付け、背後の山に迂回した左京の鉄砲隊が狙撃と一斉射撃を敢行し、狙撃隊に同行していた弥三郎おじさんが奇襲をかけたらあっさりと落ちたわ。狙撃ルートなんかは、先行した新設の特務部隊が丸裸にしていたから、あっさりだわ。
特務部隊は新設だった為、今回の戦が試金石だったが、ウチ……忍びいらねぇな。本当に。忍びより優秀だもん。
元忍びらしき奴はちょいちょい流れて、そして馬廻り選抜訓練経由で創設された特務部隊の中核を担っているから、黒田忍軍と言えないことも無いけど、彼らは武士待遇です。
頭にダブルオーが付く公務員ですよ。
それに加えて、この作戦を可能にした機動力のある鉄砲隊。左京も大分良い感じにナマモノ化しているわ。最近、家中でも野戦随一、騎馬隊率いる武兵衛を「風神」。鉄砲隊を率いる左京を「雷神」と呼ぶ奴が増えてきてるんだが、それもさもありなん。
本人たちはその大仰すぎる名前に、顔を真っ赤にするほど恥ずかしがっているんだが、面白いからそれでいいや。
だが、いまだに俺にはそういうポジティブな異名が付かんのは何故かなぁ?なあ、そこの君ぃ?
「今後の事だが、」
「うぃうぃ」
「俺はここに留まって、生野の守りを固め、丹波を含めた周辺を調略しつつ、後方から指示を飛ばす」
「あー、誰にすっかなと思っていたが、ここならば、アレか。播州の動きも手に入れやすいか」
「そういうことだ」
サッカーでいうならば、官兵衛はレジスタ。バスケならポイントガード。野球ならばキャッチャーだろうか。後方からの舵取りに徹するつもりだな。
それに、官兵衛が後ろに控えるという事は、ここでの戦いは、官兵衛が策を出すほどの必要性があまり無いってことだ。
「何人置いて行けば足りる?」
「200でいい」
「あいよ」
「あと、だ。善助」
「はっ」
そう言って官兵衛が近くにいた、俺たちより若い少年を呼び付けると、彼は紙の束を持ってきた。
行軍中、戦闘中にはいなかったのだが……そういえば、見たことない奴だな。官兵衛が独自に雇ったんだろうか。
「お前、小姓でも雇ったのか?」
「一人では捌き切れなくなってきたからな。馬廻りの選抜訓練を見た時に拾ってきた。若すぎて弾かれていたが、見所はある」
「官兵衛が素直に人を褒めるたぁ、珍しい事があるもんだ。名は?」
「く、栗山村のぜ、善助と申します!」
ガチガチに緊張しているけど、俺ってそんな怖い?俺は官兵衛の方がよっぽど怖い。油断していたらぶん殴ってきやがるからな。
「栗山村かぁ。俺が昔住んでいた所からは遠いから、多分会った事無いな。いくつ?」
「じ、12になります!」
おい、官兵衛。若過ぎないか?つーか、馬廻りの選抜は年齢制限設けてなかったか……?俺達は12で初陣踏んだ気もするけどさ。
「病気の母の為に志願しましたが、若すぎると断られてしまった所、官兵衛様に拾っていただきました!このご恩は決して忘れません!」
「……ええ子やな。家族は大事にするもんだぜ、坊主」
「はっ!ありがとうございます!」
しかしあれだな、ベタな話ではあるが、どうも前世で一人死んで、また生まれ変わったこの戦国時代でも、両親が死んじまってるから、どうもこのテの話には弱くてな。
降将も滅多に殺さないし、たとえ殺しても、その係累に手を出したことも無いのは、多分、俺の甘さなんだよなぁ。官兵衛は多分、俺のその弱点を見越してこんな作戦を立てたのだろう。速さが求められる時、甘えは弱点になる。
「話がずれたな。それでその紙束はなんだ?」
「先行した部隊が纏めた、但馬の城の概要、兵力、武将、弱点。それと、それを元に俺が立てた作戦」
「……お前、それを先に出せよ」
「情報には確証が必要だろ?だが、今回の戦でほぼ調査通りだと結論が出た。敵は弱い、無茶でも進める」
そんなにひどいのかよ、但馬。
しゃーねぇ。やるとすっか。
◆
但馬遠征5日目 出石近郊
母里武兵衛
やれやれ、流石にこれは骨が折れる。
山を駆けあがっては、敵を叩き伏せ、山を下っては敵を突き飛ばし、城を落としては、次の城へと向かい、城を落としては、それに釣られてやってきた後詰を粉砕し、その繰り返し。とはいっても、俺は城攻めというより、後詰を蹴散らす役が多かったので、主に野戦だったが。
「お互い苦労するな、左京殿」
「まったく、一生分の城を落とした気がするよ」
「いくつ落とした?」
「私は8つ。ほとんどが砦のような支城だが」
「一生で落とすには多い様な、少ない様な……まずいな。大分毒されてきている」
確かに、と左京殿が笑い声を挙げると、それに周りの兵たちも皆笑い声を挙げた。
時折不思議に思う事もあるが、一番上があの阿呆だからか、この家中は上から下まで仲が良い。勿論、最低限のケジメはつけるが。
それは多分、共に同じような苦労をしながら、訓練に、実戦に、任務にと勤しんでいるからだろう。共に苦労を乗り越えてきた、という、この共通意識は悪くない。
2日目に但馬の要所、竹田城を落としてから、俺達は軍を分け、隆鳳、左京殿組は西側を、俺、弥三郎殿組は東側から北上してきた。そして、ここで合流したわけだが、思ったよりも余裕はありそうだ。
それにしても、1日2城か。鉄砲が主力なのに弾薬がよく持つな。後方の官兵衛が手配し、迅速に行われる補給の賜物か。
「そちらもだいぶ落としたと聞く」
「主に弥三郎殿だがな」
「だが、その代り、幾度となく敵軍の主力を押さえ、分断を行ったのだろう?」
「ま、な。野戦で活躍されたら俺たちの存在意義が霞んじまう」
対野戦、対決戦用部隊。それこそが俺が求められる役割だからな。
敵の総大将、山名祐豊率いる主力とは二回ほどあたったが、共に敵将を逃してしまったことにだけは悔いが残る。おかげで余計な犠牲も出てしまった。
隆鳳はあれでいて、自分の配下の死に敏感だからなぁ……ま、だからこそ、アレを下の者は慕っているわけだが。
「下野守殿は?」
「官兵衛の作戦書が届いて途中で別れた。予定通りならば、丹後との境へと向かってるはずだ」
「そうか……しかし、下野守殿はやはり、汚名を雪ぐという意味でも、今回の戦にかける意気込みが違うだろうな。私も生野の時に共に進んだが、あの方の用兵は色々とためになる」
「色々と学ばせてもらえた事は確かだな。経験が違う」
本人は敗将と言うこともあって、謙遜していたが、播州でもひとかどの勢力として存在していた事は伊達では無い。特に、俺達には無い経験がある事は確かだ。
勝った経験。率いた経験。そして負けた経験。
共に戦って思ったのだが、よくあの豪胆かつ堅実な采配が出来る人が難なく俺達に屈した物だと時折信じたくなくなる。率いる兵の練度が違うと言ってしまえばそれまでだが、あの人が本気で守勢に入ったら、ウチの騎馬隊で抜くのも苦労するだろう。
「ところで、大将の阿呆はどこまで行きやがった?」
「それが……こちらも途中で別れたんだ。因幡も山名家の領域だから、おそらく援兵阻止の為だろう」
「珍しい事があるもんだ」
そう言って俺は目の前にある山名氏の本拠、此隅山城を仰ぎ見た。今までの城とは違い、かなり堅牢に作られた城だが、既にこの周辺ではこの城以外に味方が存在しない。堅牢な重要拠点は一度据え置き、弱い所を一気に突破して後方をかき乱してから、対峙しているからだ。
隆鳳はこの作戦を『電撃戦』と呼んだ。迅さが求められる戦いで、時間のかかる拠点を後回しにするこの作戦は理に適っている。
だが、常に敵の一番強い所と当たる事を望む隆鳳にしては珍しく、この場は完全に俺達二人に任せるつもりのようだ。
ま、確かにいつまでもアイツにおんぶにだっこと言う訳にもいかねぇ。
「とりあえずだ。任されたはいいが、どうするよ?左京殿」
「この夏場に駆け通しだったから、一度息を入れてそれから……かな。攻撃の前に一度降伏勧告も行うべきか」
まあ、妥当だな。山の中の平野だからか、すげー暑い。鍛え上げているとはいえ、人間のする事だ。ここいらで一息必要だろう。長期戦のつもりはないから、拠点の設営の必要性は無く、陣を構える程度でいい。
それに、山名祐豊にしても、散々打ち破られた挙句、孤立している以上、降伏に応じる可能性は高い。
問題は、その降伏の条件だ。
ただで丸ごと赦す無血開城の要求なのか、当主の切腹による他の将兵の助命処分なのか。はたまた、城主の追放による乗っ取りなのか。
俺達から提案する以上、条件の設定は必要だ。
「……無血開城、だろうな」
「大将が赦すか?」
「赦すさ。左近将監様ならば」
「赦してどうするのかね?山名祐豊を」
「案外共に轡を並べてたりしてね」
案外そうかもしれないな、と思いつつも、俺は一伸び。さて、少し周辺の偵察を出して、交代で休憩させるか。
此隅山城が降伏勧告に応じたのはそれから2日後の事だった。
◆
8日目 ???
黒田隆鳳
「虎口は抜いた!本丸へ進めっ!」
混乱する敵を蹴散らし、突き進んでいくと俺に追従している者たちが一斉に駆け始める。その無駄のない統率がとれた軍勢は面白いように敵兵を切り裂いていく。
それにしても官兵衛から貰ったデータに無い城だったが、中々堅牢な城だった。特に、あえて正攻法で挑んだせいか、城門をこじ開けるまでが大変だった。駆けあがり、飛び込んでしまえばなんて事無い。
馬上から親父の形見の野太刀で敵兵を斬りつけ、足で蹴飛ばし、そして再び刃を空へと掲げる。最難関の虎口と思しき要衝は抜いた。あと一息だ。
余計な手間をとったが、これで終わりだ。
全ては途中、武田なんとかって奴が行軍する俺達にちょっかいを出してきた事からだ。そいつをシバキたおし、途中、他の城を落としつつ追いかけて、ようやくだ。正直どこまで来てしまったのか俺にもわからん。
この何日間、本当に働きづめだった。流石に疲労感がヤバい。城の名前も全然覚えていねぇ。なんつったっけ?この城。トリ城?
疲れているのは配下も同じだ。流石にいろんなミスが起きている。確か、一番酷かったのが、この城の先に砂だらけの土地があったという報告だった。
但馬にそんな土地ねぇよ。暑さでやられて幻を見たとしたら、本当にマズいよな……早く終わらせねぇと。
「クソッ!官兵衛の奴……覚えていやがれっ!」
落としたその城の名を知ったのは翌日。
天下に名高い堅城 因幡 鳥取城陥落。
播州 姫路黒田家。沈黙を破り但馬に電撃侵攻。
約10日間で、但馬、ついでに因幡制圧。
◆
オマケ
隆鳳 「おっ、風神雷神そろい踏みで但馬制圧かぁ。フゥー!格好良ぃー!」
官兵衛「黙れ子鬼。誤魔化したって無駄だぞ」
左京 「ついにこの人ついでに一国落としたよ……」
武&官「「泣くな!左京!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます