更に闘う者たち

第19話 野心の鼓動

1562年 8月 姫路城

 

 黒田隆鳳さまだよー。

 さて、真面目な話だ。前回の戦から半年以上が経つ。ようやくと言うべきだろうか、西播はほぼ完全に掌握した。


 だが、事態はあまり芳しくない。


 中国地方の勢力争いと言えば、毛利と尼子。尼子の当主だった尼子晴久が先年死んでいたとの報せがようやく入った。おそらく情報封鎖をしていたのだろう。だが、この一件で毛利尼子の戦いに決着がつきつつある。つまり、中国地方は毛利一強の時代だ。


 もう一つの懸念の材料である織田信長の動向。近隣の勢力ではないので、官兵衛は不思議な顔をしていたが、これを注視している限り、まだ奴は美濃攻めの真っ最中。昨年、墨俣一夜城の噂を聞いた。まだ、竹中半兵衛の話は聞かないが、甘く見てもあと数年と言う所だろう。


 その事を踏まえて我が身を振り返ってみる。


 まだ、一国の支配もなっていない。播州は大国とはいえ、まだ半分。現代で言えば、兵庫県の4分の1程度だ。同盟相手である宇喜多直家と合わせてようやく一国分ぐらいになる。

 だからと言って闇雲に兵を出すわけにはいかない。馬廻りなど、少しだけ兵農分離を行ったが、メインとなる兵のほとんどが半分は別の仕事との兼任だ。優秀な者は平時は役人などをやっているが、ほとんどが農民。つまり、農繁期――農業が忙しい時期に兵を起こすわけにはいかない。

 だが、この状態で農閑期まで待てるのか……正直焦る。焦っても仕方ないのだが、焦る物は焦る。史実通り流されて家族を殺された俺にとって史実通り動くつもりなどサラサラない。


 兵卒は育ってきた。量を増やす事よりも、質を高める事で精強無比の軍が揃いつつある。

 軍備はまだ途上だ。おやっさんと小寺藤兵衛が尽力し、各地から揃えている事に加え、ようやく庇護した職人らからの生産も始まったばかりだ。

 将に関しては……出たとこ勝負な所が多い。兵の錬度だけでなく、軍備が整っているかという事だけでなく、軍を率いるとなると、その将が信頼できるかどうかも掛かっている。


 安心して兵を預けられるのは、官兵衛、武兵衛の二兵衛。おやっさん、休夢のハゲ親父、友にぃといった一門衆。他には兵の教育、監督役を一手に任せている鬼軍曹、母里小兵衛。龍野城攻めで功を上げ、最近は俺の股肱の臣となりつつある櫛橋左京。家中にて信頼を勝ちとるべく、黙々と任務に励む赤松弥三郎おじさん。宇喜多直家はまだ他勢力の為、そう簡単には手を貸してもらえない。


 これから小競り合いでは無く大勢力同士の争いになっていく上で、これだけの将兵で足りるのかどうか……足りねぇよ。


 着実に育ててはいるつもりだ。おやっさんの縁戚に当たる神吉の息子など若手が伸びてきている。また、かつては山陰で一勢力を誇っていたが流浪の身になった南條など、俺たちが名を上げた事により頼ろうと浪人が加わって来ている。


 だが、実戦経験が足りない。特に黒田家ウチはやや形態が特殊だ。

 だから、これから先は単なる訓練だけでなく、度重なる実戦を踏まえるしかないだろう。それは、先の戦いで武功一位に輝いた櫛橋左京の例からも言える事だ。それまでは二軍扱いだった奴は確実にあの一戦で覚醒した。


 立ち止まるわけにはいかない。


 「じゃあ、軍議を始めよう」


 俺の一言で、集まった人間らの表情に緊張が走った。定例の会議の場であるが、俺は今回、会議、ではなく、軍議、と言った。それだけで察した人間が多いようだ。


 メンツは他の城を任せているハゲと友にぃ以外は揃っている。その代わり、現場の部隊長格の人間と、外部から宇喜多直家と又七郎殿が加わっている。2人に関しては、押し掛けられた訳でなく、彼らと共同戦線を張る為に、惜しみなく手の内を晒すつもりで俺が呼んだ。


 「まず、俺達は出来れば年内には播州統一を目指したい。現状の敵は、」

 「置塩城の守護赤松とそれに与力する上月城の赤松一族、東の別所氏の同盟軍。あと、彼奴らとは関係ないが、浦上」


 俺の視線を受けて官兵衛が言葉を紡ぐ。宇喜多直家が居ようが、その主家である浦上に対しての方針はもはや決定的だ。

 一応、宇喜多を介して同盟を組んでいる相手であるが、俺達としては宇喜多と同盟しているに過ぎない。


 「義父オヤジは?」

 「今更隠す事でも無いが、私は浦上と手を切るつもりでいる。それ以外に敵対する相手と言えば、同じ備前の中で尼子に与力する松田氏。その更に西、備中の三村氏も毛利方とは言え幾度となく戦火を交えている。播州こちら程ではないけど、あちらも中々混迷しているのが現状だね」

 「ですが尼子弱体化により状況が変わりつつあります。当面は、即座に浦上とは手を切らず、某らは松田氏を落とすつもりです」

 「昨年、松田方の穝所さいしょ元常を殺し、その居城である龍ノ口城を奪取した。これを西への足がかりにする予定だよ」

 「去年……婚礼の前か?」

 「ええ」


 そんなバタバタした状況で婚礼をよくやる気になった物だ。

 ……ブーメランが飛んできた。


 「攻略、というか謀殺したので、さほど手は掛かって無いよ」

 「当家の長船又三郎の進言により、男色に目が無い奴に美麗な小姓を送り込んで暗殺しました。被害は最小限ですな」

 「お、おう」


 ……やべー。なんつーハニートラップだ。見た目は年齢不詳の優男なのに、エグい手を打ちやがる。まるで宇喜多直家みたいだ。

 そして、殺す為に男に抱かれろと言われ、見事遂行する執念。やはりコイツら敵に回したくねぇな。


 「実は、婿殿と会う前は、松田氏に小夜を嫁がせ、講和し、その後に殺す腹積もりだった。だが、気が変わった」


 ……多分、その時小夜も諸共に殺す腹積もりだったのだろうな。結果として彼女は俺の嫁となったけど、それで彼女も救われたと思えば、何も問題は無い。直家に殺される様な君主で無ければと、兜の緒を締める心地だ。


 「義父オヤジ殿の忌憚のない言葉、忝し」

 「いえ、こちらこそ」

 「それでは、宇喜多勢はこれから西に向かうつもりだと?」

 「ええ、そのつもりです。官兵衛殿。黒田家という頼もしい味方を得た以上、浦上と手を切る時もそう遠くはありますまい。ただ、その前に某らも地盤を固めたいと思います」


 俺が直家に頭を下げている内に、官兵衛が飛ばした質問に又七郎殿が丁寧に答える。確かに今の所、宇喜多氏は大勢力だという訳ではない。これから下剋上を成し遂げていく上で、地盤を固める事は重要だ。

 なにせ、浦上は凋落気味とはいえ、過去に2万も動員した事もある。俺が総動員して1万に届くかどうかという事を考えると、もう少し力が欲しい。


 「その事なんだが、義父殿。守護を討つ上で足並みをそろえてもらい、見返りに上月城をくれようと思うのだが、兵を分ける事はできるか?」

 「願っても無い申し出ですが、何故?」

 「先の戦いで俺達は室山城を獲っちまった。その補充という意味合いと、今後の版図拡大に向けた餞だ」


 話の俎上に上がった上月城は播州の北西部にある要衝の城だ。史実では山中鹿之助らが見殺しにされて最後を遂げた城として俺も知っている。やや険しい山間になるが、上月城からならば、美作に侵攻する事も、その先の日本海側に抜ける事も容易くなる。

 これを譲るという事は、かなり戦略的な部分を放棄する事になるが、その分、贈り物としてはこれ以上無い物のはずだ。


 「いいのですか?上月城の城主は婿殿の叔父御のはずですが……」

 「突然湧いてきた親族なんて知らねぇよ。使える人材ならば使えばいいし、使えねぇなら煮るなり焼くなりすりゃぁいいさ。俺ぁ、目の前に居る、共に手を取るに足る身内を優先する」

 「それに、俺達が今上月城を奪うと、必然的に浦上との関係が本格的に焦げ付き始める。それは和泉守(宇喜多直家)にとってもあまり嬉しくない事態のはずだ」


 この件については既に官兵衛とは殴り合いの末に話がついている。官兵衛は大分渋ったが、まだ浦上と事を構えるには早急だという結論と、二方面作戦の難しさを先の戦いで感じた今は、別所に集中したいという事で落ち着いた。


 しかし……慣れたとはいえ、前回のように鎧を付けていなかったから、今回の説得は痛かったぜ。官兵衛の奴、レバーを集中して叩いて来やがったからな。


 「成程……わかりました。年内と言いましたが、時期はいつ頃を?」

 「定石を踏まえると、農閑期まで待つつもりなのだが……おやっさん、兵糧は?」

 「まあ、もたない事は無い。ただ、これから稲刈りの時期に人を取る以上、次の年が厳しくなるな」


 くっ……全て貧乏が悪いんや。


 「えー、その事なのですが、一つ提案が」

 「珍しい。なんだ、藤兵衛」


 軍を動かす以上、どうしても兵糧軍費の事は欠かせない。その為、内政官の親玉としてこの軍議に参加していた小寺藤兵衛が手を挙げると、皆が驚いた様な表情をした。ただ、そのぼんやりとした感じが何故か頼もしい。


 「既に姫路城下の再開発が始まり、また、殿が細川と赤松の係累という噂など、当家の噂を聞きつけ、堺の商人らからの献金、援助の申し出が相次いでおりましてな。深いつながりが出来始めております。えー、そこでですが、今年の年貢を緩和する事で凌げないかと」

 「……成程な。それは、内政に携わる者としての計算に基づいたものか?」

 「無論。あとは許可さえ頂けたら、いくらでも捻出しましょう」


 つまり、生産だけではなく、売買で凌げと。


 米転がしとか、ここに来て藤兵衛が覚醒しやがった……!褒美に南蛮商人から眼鏡でも手に入れて贈ってやろうか。

 その兆候は黙々とそろばん弾いていた頃からあったが、これはありがたい傾向だ。だが、この様子だと二番底があると思うんだが。


 「……話はそれだけか?」

 「いえ。あと二つ。一つは海賊衆の懐柔。塩飽衆、それと村上水軍。これを引き込めば水上戦力の増強と念願の海上交易路の確保が叶います」

 「塩飽はともかく、村上は毛利の傘下だろう?」

 「いえ、調査によると、村上水軍は能島、来島、因島の三つの勢力に分かれます。その内、村上武吉率いる能島村上のみ毛利とはまだ距離を置いてます。なんでも、村上武吉の家督相続の際に揉めたとか。故に、彼らに新たな本拠地を提供する事で引き込めるかと」

 「……勝算は?」

 「報酬次第ですかなー」


 毛利水軍の代名詞、村上のぶきっつぁんだぜ。安くはねぇな。

 これは、俺自身が行くべきか……報酬は、


 「妻鹿めが城。市川の河口にある、水軍創設の為に、俺の直轄にしていたあの城。それに加え、これから広がる版図も加え、この一帯海域の艘別銭つうこうりょう徴収の権利だ」

 「大胆な報酬を出すな。特に妻鹿城は儂ら黒田家が姫路を貰う前に居城にしていた城だぞ?」

 「それで村上武吉が味方になるならば……間違いなく安い。一族一党率いてこっちに来てもらう事になる以上、報酬は妥協できねぇ。藤兵衛、一度渡りを付けられるか?会いたいと言ってくれ」

 「塩飽より、村上を優先で?」

 「構わない」

 「えー、では、その件については、馬廻りの内、何人か使者としてお借りします。あと、一筆いただきたく」

 「わかった。用意しておこう」


 妻鹿城はおやっさんのお袋、つまり官兵衛のお婆さんの一族が治めていた城だ。この姫路の近くを流れる市川の河口にあり、海に近い。

 俺の挙兵の時には黒田の御隠居が居たのだが、御着崩れのあとぐらいに、こちらに帰順し、今は妻鹿城を明け渡して、この姫路の近くでのんびりと暮している。

 実はあの妖怪爺、まだ生きていやがるんだよな……時折、ひっそりと俺の所に来ては子はまだか、と言ったり、官兵衛に早く嫁をとれ、と言ってきたりしてきているが。まあ、商人の身から立身出世を成した激動の半生だ。余生をゆっくりすればいいさ。


 「水軍の件はこれでいいな?次はなんだ」

 「はい。置塩城を陥落させた後、但馬への侵攻を進言します」

 「但馬……山名か。その心は」

 「えー、はい、この姫路から、市川に沿って北上すると―――」

 「生野銀山か」


 弾かれたように声を挙げるおやっさんに向け、藤兵衛はコクリ、と頷いた。

 俺たちの領地は砂鉄こそ豊富に取れるが、基本は鉱山の類が無い平野部、沿岸部だ。だから鉱山という発想はやや思い付きにくい。


 「最近接触してきた堺の今井宗久。そこから話が来ています。銀山経営に対しての利権を見返りに、当家への援助という話が。堺の商人からの話ではこれが一番魅力的かなーと」


 一つの商家に全てを任す事はリスクが高いので、少し条件面での調整が必要になりそうだが……とんでもねぇ物ブッ込んで来やがった。

 今井宗久か。油断したら後ろから刺されそうだが、確かに魅力的にも映る。銀山に限らず、鉱山のある無しというのはかなりでかい。

 ウチが貧乏ながらもやりくりできているのは、この播州が砂鉄の産地であると共に、西日本随一の穀倉地帯だからだ。地勢の影響というのは馬鹿に出来ない。


 しかし、藤兵衛……そんだけ優秀なのに、なんで、たった二人に屈したんだ、お前。


 「……官兵衛」

 「なんだ?」

 「戦略、能うるか?」

 「貴様もこの眉唾物の話に乗る気か。面白い」


 俺「も」ってなんだよ。お前も乗る気じゃねぇかよ、と思ったが黙って頷いておこう。

 実に俺達向きの無茶苦茶な状況だ。一国を抑えていないのに、別の国の最重要資源を奪えという。敵に背を向け、新しい敵に自分から喧嘩を売りに行く様な物だ。


 「宇喜多と同調して置塩を落とす。その後、軍を分ける――それしかないだろう」

 「だよなぁ。結局軍を分けるのか……」

 「隆鳳。お前なら生野から但馬か丹波を獲れるか?」

 「年内で!?しかも但馬はともかく丹波だと?!」

 「但馬は実入りが薄い。そして丹波は細川の代々の領国だ」

 「だからを気にすんなって」

 「ただの名目にすぎん。だが、名目は名目だ」

 「敵がでかすぎるぜ……比べ物にならねぇよ」


 馬鹿だ、馬鹿がここに居る。目が銀でくらんじまってやがる。但馬は山名の領国。丹波は三好だ。しかも三好は丹波を獲られても、まだまだ余力は残る。更にもう一つ敵を増やせと言うのか……。


 銀山奪取ついでに丹波平定とか、鬼か!?ところで大江山って丹波だっけ?丹後だっけ?


 「ただ、どちらかは奪っておきたい」

 「待て待て待て!待て!官兵衛!」

 「無論、一気に全部獲れとは言わん。だが、別所と構えている最中に横から銀山を獲られても困る。名目もある。だから、潰せる奴は潰せ」

 「それで、別所と浦上の押さえはどうすんだよ」

 「その件だが、もしよければ、私が消そうか?」

 「…………………………………」


 ……その言葉は洒落にならねぇっす。宇喜多の直家さん。

 消すってアレですよね?アレ。


 「毒殺でよければ」

 「ですよねーっ?!」

 「浦上は婿殿の所には、浦上政宗の子がいるしね。だから彼を寄越してくれれば、名分も立つ。別所は先代さえ殺ればしばらく大人しくなる。ただ、毒殺した後、間違いなく報復されるから、即座に助けに来てくれたら嬉しいな」


 あざとい……素なんだろうけど、その言い方はあざといぜ、義父殿。


 あれ……おかしいな。最初の戦略はもっとまともだったんだ。それがどうしてこんなカオスになった?頭がいい奴らが悉く手のひらクルーッて回してやがる。

 大体が藤兵衛の投下した燃料の所為だけど、藤兵衛の提案自体は間違っていねぇしなぁ。


「別所をお願いできないか?宇喜多殿」

「だから官兵衛ーっ!?」

「うん。じゃあお願いされようか」

「……ああ、もうコイツらヤダ」


 その燃料が投下されたなれの果てが、村上水軍調略して、生野銀山奪って、丹波侵攻して、別所と事構えて、下手したら宇喜多救出?あ、赤松守護家を攻めるのもあっとわ。いずれにせよ、まともじゃない。おかしいぜ……ヒートアップする2人以外、タイト過ぎる行程に青ざめている理由がよくわかる。


 「嫁と離れたくなくて臆したか、隆鳳」

 「……あ?」


 今なんつった?官兵衛。


 「まともな戦略じゃ、貴様には似つかわしくないと考えたが、所帯を持って腑抜けたか?」

 「……言ってくれるじゃねぇか!官兵衛っ!!」

 「俺達は天下を目指すんだろう?貴様は、夢を夢で終わらすか。西播で終わらせるか」


 激高した俺に胸倉を掴まれながらも、官兵衛の言葉は止まらない。


 「先ほども俺は言ったが、全てを一気にやれとは言わない。半年とも言っていない。だが、遅れてやってきた俺達は神速をもって天下に覇を挙げるべきだ。無茶でもいい。笑われてもいい。だが、足を止めたら終わりだ。貴様だってわかっているはずだ―――隆鳳」

 「…………上等じゃねぇか。そこまで言うなら、どんな死地だろうと、俺が先陣切ってテメェら丸ごと天下まで連れて行ってやる。だがな、提案するならせめて時系列に順序を立てろ」

 「ああ。いくらでも戦略を立ててやる。だから貴様が先陣切って進め。定石などぶち壊せ。貴様が先陣を切らないと、俺の軍略も、俺達の夢は燻ったままだ」


 無茶苦茶だ。無茶苦茶なのはわかるが、賭に出る価値もある。生野銀山、丹波。そこを足掛かりに、但馬、丹後、因幡、伯耆、出雲、石見―――山陰道を毛利に奪われる前に奪いに行ける。そして何より京。最善の道を行けば、直接毛利とぶち当たる前に、有利な戦略が描ける。


 途方も無い夢物語だ。


 また、たとえうまくいったとしても、デメリットも存在する。それは先ほどから俺が懸念している丹波を狙う事で三好と事を構える事と、広げた領地の統治に時間がかかる事だ。


 西に毛利、東に三好。最悪、三好の支配圏は信長にくれてやる。だが、それまでに挟まれても十分持つ程の国力を蓄えなければならない。統治に能う人材が育つのを待つのか、人が来るのを願うのか。どちらにしても不確定過ぎる。


 対毛利戦を念頭に置くと、リミットは甘く見て2年。信長が上洛するまで大体4、5年といった所か。戦い続けなければならない。


 だが、誰よりも信頼を置く参謀にここまで尻を蹴りあげられて、黙っていられるか?

 現状に満足していないのは俺だけじゃ無い。


 「……もう一度訊く。戦略、能うるか?」

 「貴様が望むならば、意地でもやってやる」

 「……上等。ただしだ、俺から一つ注文をつけさせてもらう」

 「なんだ?」

 「お前は既に同じ事考えてるんだろうが、丹波は後回しだ。丹波を獲るという事は、三好と事を構えるという事だ。銀山獲ったら、余裕を見て但馬。但馬に時間がかかると判断すれば、但馬に深入りせずに先に一気に別所を潰す。別所を潰し、三好の横っ腹に刃を付きつけてから、三好と対峙する。時間との戦いになるが、忍耐と神速を是とする俺の黒田武士にできねぇとは言わせねぇ」

 「……上等だ」


 コクリ、と官兵衛が頷くのを見て俺は官兵衛の胸倉から手を離し、そして一発だけドテッ腹に拳をぶち込んだ。

 別に俺の事をどうと言おうとかまいやしねぇが、小夜の事をダシにした事だけはいただけねぇ。


 周囲の人間はむせながら這いつくばる官兵衛の様子を見て動揺するが、官兵衛自身はそれがわかっているのか今回は何も言わない。いつもならば、躊躇い無く殴り返してくる官兵衛が、だ。

 ……全部わかっていて焚きつけやがったな。いいさ、そこまで見込まれちゃこっちも黙ってらんねぇ。


 「ふむ……となると、私らもうかうかしてられまい。さしあたっては上月城。その後が大変だ」

 「ですな。某らもなりふり構わず、備前を纏めに掛からなければ。ああ、上月城を手に入れれば掩護に行く事も容易いですな」

 「悪いな、付き合わせちまって。ただ、あまり無理はしないでくれよ?」

 「孫を抱くまでは死ねません」

 「いや、アンタはその前に嫡子を作れよ。娘婿の俺が言う事じゃねぇのかもしれねぇけど、嫁さんの件はわかるけど……嫡子がいねぇんじゃ困るぜ」

 「……善処します」


 一番早く頭を切り替えた宇喜多主従に声を掛け、そして苦笑いする宇喜多直家に笑いかける。男の子がいないんじゃ……宇喜多秀家ってまだ生まれてねぇんだよな。後妻が誰だか知らねぇけどさ。


 「おやっさん」

 「……わかっておる。背後は任せい」

 「藤兵衛には先に事を進めてもらう。しばらくおやっさんの負担が大きいが、頼む」

 「うむ」


 おやっさんの前で頭を下げると、頭をガシガシと撫でられる。小僧扱いするのは勘弁してほしいな。

 さて、腹は固まったか。


 「聴け!ともがらよ!このままゆっくりと侵攻すれば、播州は必ず手に入るだろう――だが、お前たちに問う!お前らは播州で満足するか!燻ったまま死ぬか!」

 「否だ、大将!」


 黙って推移を見守っていた武兵衛が真っ先に声を挙げ、それに同調するように、この場に居る者たちから怒涛のように武兵衛に同調する声が挙がる。

 熱気を伴った声が、うねりを挙げる。


 「天下を獲る為に無茶をする覚悟はあるか!別所を、浦上を、毛利を、三好を、将軍を――悉く食い散らかす覚悟は出来しゅったいしたか!唯只管ただひたすら前に進む覚悟はあるか!」

 「「「「「応ッ!!!」」」」」

 「我が方、寡兵、劣勢!西は大国、毛利、東は三好。撤退は許されない―――状況は最高。我ら黒田武士―――これより不可能を覆す!」

 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


 武兵衛が、小兵衛が、左京が、弥三郎が、そしてその場にいる重臣や馬廻りらすべての人間が圧力を伴った声を挙げる。それがひとしきりおさまった後、軽く手を挙げ、不敵に笑いかけた。


 「――陣触れを出せ。くだらねぇ事で悩むのは止めだ。『可能』か『不可能』か、じゃねぇ。道は官兵衛が指し示す。道は俺が先陣切ってこじ開ける。時代への反逆――『やる』か『やらねぇ』か、だ」


 ◆

 オマケ


 宇喜多「じゃあ、殺ろう」

 隆鳳 「だーかーら!」

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