第18話 殿様のブランチ

 1562年3月中旬 ある日の朝 姫路


 「お、あったあった」


 こんにちは、こんばんわ、おはようございます。一応大名家の当主をやっております、黒田隆鳳さまだよー。今は何と言うか、城の敷地内で丹精込めて育てた鶏から卵を収穫中でございます。


 この日本ひろしといえども、政務の傍ら、食材を城で育ててる奴ってあんまりいなんじゃないでしょうか?


 ……最近、親父の件やらお袋の件やら、ぽこじゃかと余計な情報が出てくる物だから、ちょっとはここで元農民らしい所を見せとかな……と言う冗談はさておき、今日は休暇を頂いたので、久しぶりに料理でもしようかと思い、やってきました。


 「あなた、こちらに5つ、ありましたよ」

 「んー……2つあれば俺達の分は足りるんだけど、どうすっかな」

 「長持ちはしませんか?」

 「あまりな。けど、卵を放置しても駄目になるだけだし、一応回収しておくか」

 「はい。あ、ここにも」


 しかし、意外だったのは小夜がこういった事に慣れていた事だ。今では清楚なお姫様と言った感じなんだが、平気で鶏小屋までついてきて、平気な顔で卵を回収してくれている。


 なんでも、彼女は小さい頃、貧乏だった宇喜多直家と一緒に稲作や畑仕事もした事があるらしい。


 宇喜多直家ポイズンマスターが作った米……事故米ですかね?興味があるけど、食べたい様な、食べたら致命傷になりそうな……。


 それはともかく、ガチガチの姫様じゃ無くて良かったと心底思う。俺達の収穫の様子を見て、世話人の爺さんや、お付きの女房衆らがほっこりとした顔をしているから、良かったんだろうと思う。

 ただ、正直言うと、まだ少し距離感が掴めていないかな……二人の時には「隆鳳さま」と呼んでくれる彼女も人前だと遠慮してこうだ。


 俺も、こういった時でないと、何でか巧く言葉が出てこない。出てきても、後で自己嫌悪する様なバカっぽい事しか話せない。俺って……うん、モテない類の人間だわ。


 官兵衛に相談でもしてみようか……いや、やっぱ笑われるだけだから止めておこう。


 「うーん、結構ありましたね」

 「合計で10個か……付け合わせでも作るか」

 「あ、いい事思い付きました」

 「ほう、聞かせてもらうではないか」

 「他の皆さんにも振舞ってあげたらどうでしょう?お義父さまとか、官兵衛さんとか春ちゃんとか虎ちゃんとか」

 「……………………………」


 なんで?なんでそう、夫が眼を逸らそうとしている事を妻から踏み込んでくるの?いや、別にいいけどさ。あいつら俺の料理を残した事無いクセに、味付けに文句言うんだぜ?もっと濃い味にしろだとか、確かにこの時代、濃い味わいが武将には喜ばれるだろうけど、折角仕上げた味がさ……わかってもらえないと。

 俺が作る物を喜んで食べてくれる春ちゃん虎ちゃんは別にいいけど。


 そして忘れられる黒田家の次男、小一郎……ちょうど8歳ぐらいだから、そろそろアイツ食べ盛りになるのに。俺、実は一番可愛がってんだぜ?兄弟いねぇから。


 官兵衛?アイツと兄弟なんて冗談じゃねぇ。


 それはともかく、これで7人前か。後は、おやっさんの後妻さん入れて家族は8人。彼女はまだ授乳期だから微妙かなぁ……卵を使って別メニューでも作ってあげるか。どうせ今日作ろうと思っていた味は、どっちかというとおやっさん達寄りの味だし。


 「小夜も一緒に作ってみるか?」

 「ええ。是非」


 よし、じゃあ始めよう、黒田隆鳳の3分間耐えてみろクッキング。本日の助手は我が愛妻、小夜さんです。


 ◆


 もし戦国時代に行ったら、という話題は歴史好きの人間ならば一度はする事かも知れない。

 現代知識で内政チートだー、と言うかもしれない。

 けど、実際に戦国時代に来てみて思う。俺、そんなに戦国時代に詳しくない。専門知識もそんな無い。

 どこそこに小さい頃の誰彼が居て、このフラグを右に曲がったらこうだとかわかる訳も無い。かといって、現代知識で錬金術をしようと思っても―――たとえば、この近隣ならば塩田か。この度、室山城を落とした事によりその先にある赤穂も手に入った。当然塩を作ろうとする。


 塩ってどうやって作るの……?


 塩田はわかる。小学生の頃、図書館にあったマンガ日本の歴史で読んだ。ただ、どうすれば効率のいい、そして近代的な塩の造り方がわからへん。


 そんなクリティカルな知識を持って来れたら……前世の俺に、今から勉強してこいと殴り飛ばしてでも言いつけたい。時空を超えて意地でもJTに就職して来いと言う。採用面接時に、志望動機に「戦国時代に行って活用したいので」と言ってやるよ。


 まあ、それはともかく、現地の技術者と協力して、現状で出来る塩田を作るとしよう。


 ……メッチャ金掛かる。いや、設備だー、なんだー、と作っていたら初期投資額が笑えない金額になる。それこそ、領民から借金したいぐらいだが、戦国時代でそんなことしてしまったら下剋上まっしぐらだ。


 つまり何が言いたいか。


 役立たずで御免なさい。


 生まれてきて済みません……。


 だがしかーし、そんな俺でも出来る事がある。


 その中の一つが実は料理。前世は実はよくメシ屋でバイトしてました。材料、この時代あんま無いけどね。何より玉ねぎ、トマト、ジャガイモが無いという事と、肉食があまり奨励されないという環境が痛い。食べる奴は食べるけど、食べない奴は本当にストイックに食べない。俺の両親が後者だった。まあ、元々あんま俺お肉好きじゃ無かったが、いざ料理をしようとなる時にちょっと困る。


 それに加えて、実はタブー視されてきた食材も多々ある。その代表例が今回回収してきた鶏卵。この時代、ニワトリは「時を告げる鳥」として神聖視されているので、ニワトリを食べる事も、その卵を食べる事も実はNGなのだ。

 コレを食べるようにするにはちょっとOHANASHIが大変だった。『メスは鳴かんやろ?』から始まり、『メスだけで卵産ませて孵化するか見てみろや』と実例を見せて、養鶏のお許しが出たのだ。食べてみたら美味かったからなのか、割とこの辺りでは既に広まっているからその掌の返しように笑う。


 そんなこんなで、回収して来ました食材を使い、食い意地と嫁の為に頑張りましょう戦国クッキング。


 用意した物はこの時代では雑穀扱いされていた小麦を挽いた物と、先ほど入手した卵。ちょっと多いけど、小麦粉で土手を作って卵を7個投入。それを体重を掛けながらしっかりと練り込んで、引っ張ってはおり込んではを繰り返して、生地を作っていく。

 そうして一度生地をボール状にした後、布巾を掛けてほんの少し寝かせ、一休憩。


 その間に、他の食材を揃えておく。今日は……そうだな緑色が欲しいので、蕪の葉っぱを軽く下茹で。蕪そのものも茹でて少ししんなりとさせておく。あとは、旬の菜の花と明日葉かな。ちょっと苦みが強くなるので少なめにしておこう。


 今日のメインの具材は、頂き物のハマグリとアサリ。これはもう事前に砂抜きを済ませてある。


 あと、重要なのは、


 「臭いです……」


 小房を潰し、皮を剥きながら小夜が顔をしかめるニンニク。そして、切るだけでヒリヒリする乾燥させておいた唐辛子。

 今日のメニューは手打ち生パスタを使ったヴォンゴレだ。本当は女性向きに自作の鶏ハムと卵でカルボナーラを作りたかったが、いかんせん胡椒が高い。唐辛子も大概だけど、唐辛子ならまだ栽培できるからな。


 なぜ和食じゃないのかって?醤油が、ね。あるにはあるんだけど、まだ量産とは言えない年代らしい。


 それに、こうして新しい料理を作る事で、領民らにも小麦など新しい食材と調理法を公開して、食糧事情を徐々に改善しようという狙いもある。当然、主食は米なわけだが、米だけ作って冷害喰らって揃って爆死とかマジ勘弁なんです。


 また、こういう料理を作る事で新しい生産技術も生まれるので万々歳だ。たとえば、今回イタリアンを作るために、肝心のオリーブオイルが無いのが、それを補う為に自作の菜種油と大豆油を混ぜたサラダ油を生産開始した。

 ちなみにこの時代の油と言えば荏胡麻油。それも専売権を持つ油座がメチャクチャ暴利なのか高い。その点、この新作の油は税の対象外だという事が一番の肝だ。何せ安い。

 それでも使用料寄越せとか言ってきたんで襟首掴んで空から城の外に出てもらったこともあるのだが、こういうのを相手すると、信長が楽市楽座を敢行した理由がよくわかる。


 さて、指示も終わって小夜が頑張ってくれている内に麺を打っちまおう。


 台の上に小麦粉を撒いて、その上に、7等分した生地をそれぞれ、麺棒で長方形状に薄く広げた後、それを細長く巻き挙げる。そして包丁で細く等間隔に切り分け、切り終えたら小麦粉を再びまぶしながら軽くほぐして麺の出来上がり。


 「小夜、できた?」

 「はい、できました。葉物はざるに入れてあります」

 「よっしゃ、んじゃ本番だ」


 下ごしらえの終わった食材の内、まずは油。職人に特注させたフライパンの上に大目にひいて、そこにニンニクを投入。焦げないようにフライパンを傾け、揚げるようにニンニクの香りを油に移し、そして鷹の爪を少々。今回は二種類。味が濃い物や、辛い物が好きな官兵衛、おやっさん用の激辛版と、小さい子も大丈夫にしたニンニクと唐辛子控えめ版だ。

 激辛版は小夜に任せるとして、俺は量の多い辛さ控えめ版を担当する。


 「小夜、アサリとハマグリを入れちゃって」

 「えっと、この熱した鍋の上にですか?」

 「そう。あと下茹でした蕪も」

 「葉っぱはまだですか?」

 「貝が開いてから入れるから後で」

 「わかりました」


 油で炒められたニンニクが香ばしくなってきたら他の具材も一緒に入れ、

 

 「お酒……ですか?」

 「そ、酒で蒸し上げる」


 そして取り出したるはおやっさん秘蔵の銘酒。残念だったな、小麦粉を探しに行った時、俺に見つかったのが運の尽きだと思え。

 少し味見しながら、おしみなく振り掛けると、ジューッと凄まじい音を立てながら蒸気がモクモクとあがる。後はそれに蓋をして、貝が開くまで待つのみだ。その間に、別の大きな鍋で沸騰させておいたお湯に塩を少々加えて、麺を投入。

 本当はもう少し麺を寝かせた方が個人的には好きだけど、生麺のモチモチ感っていいよね。生麺の場合、茹で時間は約2,3分。さて、こっから手際よくな。


 「貝が開きました」

 「よし、じゃあ葉物を入れちゃって」


 葉物を投入した後は、軽く塩。フライパンをゆすって、麺の茹で汁を少々。味が整ったら、茹であがった麺をそのまま和えて出来上がり。


 あとは、別口で温めておいた、鶏ガラじゃなくて丸鶏からとったブイヨン・ド・ヴォライユ……っぽいものにとき卵を落としてスープも完成。後妻さんには米を入れて雑炊風に。


 「こっちも出来ました」

 「んじゃ、さっさと分けて食べるか」


 ではでは、実食といこうか。



 「急に呼び出された挙句、待たされたから何かと思ったわい」

 「おう、早いな」


 出来上がった料理の皿を膳に乗せて、奥まったプライベートスペースに向かうと、おやっさん達は既に待っていた。おやっさんに官兵衛に春ちゃん虎ちゃん小一郎、後妻のぬいさんも子供を連れて座っている。


いい光景だよな……家族で飯を食うって言うのは。


 「いい匂いだな。酒が欲しくなるわい」

 「まだ仕事があるから控えろ、父上」

 「ああ、まあ、なんだ食ってくれ。ああ、ちょっと辛いものだから義母ぬいさんには別の物を用意しておいたから」

 「ありがとうございます」


 それぞれの前に膳を置き、そわそわしだした小一郎を小突いて俺と小夜も席へと座る。


 「んじゃ、食おう―――いただきます」

 「「「「いただきまーす」」」


 箸で麺を手繰り、貝から肉厚な身を取り出し絡めて食べると、食欲を掻き立てるニンニクの香りと貝の磯の味が口いっぱいに広がる。久しぶりに食ったが美味い。貝とニンニクと酒、最高の組み合わせだよなぁ。そこに蕪の甘みと、菜の花などの葉物のほろ苦さ、旬の物はやっぱ相性が良いよなぁ。おやっさんじゃないけど、酒が欲しいかも。


 「辛くは無いか?」

 「ええ、大丈夫です。おいしいですね」


 行儀よく少しづつ麺を口に運ぶ小夜の笑顔に頷き返し、スープを一口。麺がちょっと刺激的だから、優しい味に仕上げた鶏のうまみが溶け込んだシンプルながらも深い味が何とも言えない。


 見れば、子供たちも大丈夫そうで、それぞれあーだこーだと言葉を交わしながらも笑顔で食べている。


 こういう時、作った甲斐があったなと思う。


 「麺など、よく考えつく物だ」

 「食糧事情って考えるとなぁ。米ばっかりには頼ってられんし、ま、考えた結果だよ」

 「材料は小麦か。貴様が力を入れていた雑穀だったな」

 「作り方は厨房方に教えてあるから、希望すりゃこれから食えるぞ」


 つっても、教えたのは麺の作り方と、今回のヴォンゴレのルセットだけだけど。後はどんな魔改造されるか……案外、納豆スパ辺りが出てくる日も近いかもしれない。


 「ふむ、食とはやはり重要だからなぁ」

 「そうだな。今作ってる街にも色々と普及しようかと思うんだが、どう思う?おやっさん」

 「それは姫路の城下町にメシ屋を作るって事か?ふむ……悪くないな。ただ、」

 「金を払って食を求める事が出来る程度に、領民らの生活を改善する事が急務だな」


 材料の安定的な供給。そして領民の懐事情の向上。官兵衛たちの言う通り、やはり少し課題が残るか。


 けどまあ、せめてこれぐらいならば不可能ではないと思うんだ。

 俺なりに、徐々に、この世界が変わっていけばいいと思う。

 この団欒が笑顔で満ちているように。



 その頃城内では。


「何か急に腹減ったな……」

「いい匂いがする……」


仏教上あまり推奨されない食材だけど、ニンニクの香りは武将の胃袋を掴みそう。隆鳳、小夜、子供たち用の分は結構控え目な分量で作ってます。


現代では玉ねぎ加えると美味しいですよ。

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